20XX年 第十七話
目を瞑って空想に耽っていた真里菜の長い耳が、事務員から鍵を受け取ったユウを捉えた。目を見開き四肢を立てた真里菜は、体の主であるクローン兎兎の鋭敏な感覚にすっかり慣れている。
ソファから飛び降りた真里菜は、意味深にユウを見上げると、誘導するように応接間から廊下に出た。ユウとクローン兎兎は後を追って階段を上り、二階にある真里菜の執務室に向かった。
真里菜がドア前で座り、意味深にドアノブを見上げた。気付いたユウがドアを開くと、するりと真里菜は中に入った。
執務室にはシャワーやベッドなども備わっていた。真里菜は中央に設置している三人掛けソファの一方に飛び乗り、クッションの上で横になった。クローン兎兎も自分専用のクッションを手に取り、抱きかかえて真里菜の隣でソファにもたれた。
ユウは部屋に置かれているものを珍しそうに見ながらうろついていた。つと、左手首に巻かれている腕時計が、けたたましい音を鳴らした。
「ユウ。電話よ」
真里菜の言葉で、ユウは記憶ゲノムにインプットされた情報を思い起こした。
――双方向での声の通信だ。
慌てたユウは、真里菜に腕時計が見えるように差し出した。
「父が入院している病院からの電話だ」
真里菜がぎくりとした声を上げた。
腕時計の表示板にデジタル表示されていた時刻は消え、そこに白壁病院という文字が表示されていた。
「真里菜、電話に出る。もしもし」
腕時計に向かって話した真里菜は、長い耳を腕時計の端部分に向け、口元は表示板に向けている。ユウは声紋登録されていないのだと気付く。
「はい。私が長女になります」
真里菜は電話をかけてきた病院側と話していた。
「わかりました。伺いますが、その伺いをお手伝いさんに依頼してもよろしいでしょうか? はい……はい……わかりました。よろしくお願いいたします」
話し終えた真里菜が、数秒経ってからまた声を出す。
「真里菜、電話を切る」
真里菜はどうしたらいいものかと考え込んだ。
「病院側はクローン兎兎の声でも大丈夫だけど、お手伝いさんへの連絡は私の声でないと気付かれてしまう。ユウに電話をかけてもらいたいけど、伝えることが多すぎて……」
首を垂らした真里菜は溜息を吐いた。
「真里菜って、風邪をひくと声が変わるよね」
思い出したクローン兎兎がくすくす笑った。
「そうよ。それよ。それでいこう」
思い付いたと大声を上げた真里菜は、早速、風邪を装ってお手伝いさんに電話をかけた。父が開業している歯科医院のスタッフへの連絡から始まり、病院への伺いまで、いろいろと依頼していった。
電話を切った真里菜は、ほっと息を吐いた。
「真里菜の父は大丈夫なのか?」
心配そうな顔付きでユウが、真里菜の顔を覗き込んだ。真里菜はにこりと微笑んだ。
「父は峠を越え、容体は安定しているって」
とても嬉しそうに答えた真里菜は、安心して疲れがどっと出たのか、クッションに横たわるとそのまま眠ってしまった。クローン兎兎も自分専用のクッションを抱き締めたまま眠りについた。ユウも、もう一方の三人掛けソファに横になると、すぐに眠りに落ちた。
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