20XX年 第十六話 プレゼンバトル

 七日目の会場には、災害で倒壊した建物や瓦礫などに埋もれた道路などが再現されていた。倒壊した建物の下には、ヒトと同じように生体反応がある人形が二体埋まっている。そのうちの一体を、逸速く救助できたチームが勝利となる。

 バイテクチームのレスキュー製品は、ゲノム操作した蔓草にバイテクコンピュータを組み込んだ、ハイブリッドのバイテク蔓草だ。ロボテクチームのレスキュー製品は、ヘビみたいに細長いが電車のように小箱形が連なった、視覚と触覚と嗅覚システムを持ったハイブリッドのAIレスキューロボットだ。その触覚と嗅覚のセンサーには生物の有用な細胞が使用されている。

 偶然にも、バイテク式折り紙とロボテク式折り紙の対決となった。

 「始めて下さい」

 場内にデジタル的な音声が流れた。

 バイテクチームは、瓦礫などに埋もれた道路の隅に鉢を置き、ジョウロで鉢の中の土に水を掛けた。見る間に発芽したバイテク蔓草は、これまた見る間に茎を伸ばしていく。バイテク蔓草の蔓の先には、ヒト以外の鋭い感知をする有能な遺伝子が組み込まれている。また、鉢の土中にあるバイテク蔓草の根には、バイテクコンピュータが組み込まれている。

 バイテク蔓草の茎はぐんぐん伸び、道路を覆う瓦礫などの上空を伸び進み、倒壊した建物に到着した。

 ロボテクチームのAIレスキューロボットは、道路を覆う瓦礫などの隙間をヘビのようににょろにょろ、するするとスムーズに擦り抜け、倒壊した建物に到着した。だが、バイテクチームの到着よりも遅れての到着だった。

 バイテク蔓草もAIレスキューロボットも、それぞれの感知機能で埋もれている人形を探し出していく。

 先に人形を探し出したのはバイテク蔓草だった。バイテク蔓草は茎から伸ばした蔓に葉を付けると、その葉を見る間に小型カメラに分化させた。こういった分化が、バイテク式折り紙だ。折り紙ソフトを利用して作られた分化プログラムによって、遺伝子発現がコントロールされ、目的の形状へとバイテクカルスが分化するのだ。

 綾は小型カメラから送られてきた映像に見入った。その画面は、鉢から伸びる茎についた葉が十インチの画面に分化したものだ。

 「蔓草。触手を出してヒトを救助せよ」

 瓦礫に右足を挟まれている人形の様子を画面で確認した綾は、画面の端から伸びる蔓先に向かって指示を出した。それに応えたバイテク蔓草は、茎から髭に似た細長い突起を何本も生やしていった。それは触手で、ヒト以外の有能な感覚細胞の遺伝子が組み込まれている。

 かなり遅れて、AIレスキューロボットが人形を探し出した。視覚でもあるカメラで捉えた映像を送る。

 瓦礫に左足を挟まれた人形の映像を受け取った和也は、急いで指示を出す。

 「レスキューロボット。ヒトの救助を開始せよ」

 指示に応え、AIレスキューロボットの連なっている複数の小箱が、各正方形に展開され、折り紙のように折られて変形し、手の形になった。このような変形が、ロボテク式折り紙だ。無数のセンサーでヒトを感知しながら、変形した手で人形の左足を挟んでいる瓦礫を持ち上げ、同じように変形した別の手で不安定な瓦礫が崩れないように支えた。

 バイテク蔓草は、触手でヒトを感知しながら、茎から無数の蔓を伸ばして葉を付け、一枚の葉は人形の右足を挟んでいる瓦礫を持ち上げ、その他の葉は人形の周りの瓦礫が崩れないように支えた。次に、蔓を瓦礫に巻き付けてどかしながら通り道を作り上げ、茎から無数の蔓を伸ばして人形に巻き付け、抱きかかえるようにして通り道を抜けて地上へと運び出した。ロボテクチームよりもかなり早い運び出しだった。だが、これで救助完了ではない。安全地帯まで運んで救助完了だ。

 「蔓草。救助したヒトを安全地点まで運搬せよ」

 綾が蔓先に向かって指示を出した。

 これでもう救助完了だと、バイテクチームは皆、安堵した。だが、その直後、バイテク蔓草がいきなり、人形に巻き付けていた蔓を解いた。

 持ち上げられていた人形は落下し、瓦礫の上に叩きつけられた。もしヒトだったら、確実にこれで重傷を負ったはずだ。

 綾は血相を変えた。バイテクチームの皆も、顔から血の気が引いた。

 バイテク蔓草の異変は、これで終わらなかった。バイテク蔓草の茎から無数の蔓が伸びて沢山の葉が付き、それらが様々なものに分化していった。ある葉はスコップに分化し、ある葉はハンマーに分化し、ある葉はジャッキに分化し、ある葉はツルハシに分化し、ある葉は……。全て、災害救助の道具だった。それらは蔓についたままの恰好で、くねくね動く茎によって波打ち、あらゆる場所の瓦礫を打った。

 「蔓草が変異した。なぜ変異した? 変異しないようにゲノム操作してあるのに……」

 綾は拳を握った。

 「致命的だ。バイテク製品にとって、これは致命的な大失敗だ」

 頭の中が真っ白になりかけた綾だが、事態の収拾を図る。

 「蔓草。全てアポトーシスせよ」

 怒鳴るようにして指示を出した。この指示は、バイテク蔓草の死を意味する。

 綾は急いでベンチの中へ避難した。綾が避難し、バイテクチーム全員の避難が確認されたところで、ベンチの屋根の突端から、透明な防護シェードが下りた。

 固唾を呑んで見守る綾だが、一向にバイテク蔓草は枯れない。枯れるどころか、益々バイテク蔓草の茎はくねくね動き、瓦礫を打ちまくる。まるで台風が襲ってきたかのように、瓦礫は空中を舞った。

 「指示が効かない」

 綾の顔が絶望的な表情になった。だが、まだデジタル的な音声も、投資家ムサシの声も聞こえてこない。バイテクチームの収拾を見極めているのだ。

 ロボテクチームは救助活動を停止させ、下りた防護シェード内のベンチに座っている。

 はたと綾が、ベンチに座る凜々しいバイテクウサギに目を向けた。

 「バイテクウサギ。根元を噛み切れ」

 バイテクウサギは綾の顔を見て頷くと、天然の土であるベンチの床に、穴を掘ってシェードの外に出た。長い耳をぴんと立て、バイテク蔓草を警戒しながら、つややかな毛並を靡かせて飛び跳ねていった。鉢の縁に手を掛けて飛び込むと、根元あたりの茎を、鋭利な歯と強靭な顎で噛み切った。

 ばたりとバイテク蔓草の茎は倒れ、ぴたりと動きは止まった。

 胸を撫で下ろした綾の頭上、ベンチの屋根から投資家ムサシの声が聞こえてきた。

 「最後のプレゼンバトルは、ロボテクチームの勝利だ。これで、全てのプレゼンバトルは終了する。プレゼンバトルの結果は、ロボテクチームが四つの勝利数、バイテクチームが三つの勝利数で、ロボテクチームの勝利だ。これから、プレゼンバトル以外のことも視野に入れ、あらゆる面で審査員と協議をし、最終結果を発表する」

 綾はベンチの屋根を睨み付けて悔しがった。協議をするといっても、この大失敗では、結果は目に見えているからだ。

 「これでプレゼンバトルの全行程を終了します」

 ベンチの屋根からデジタル的な音声が流れ、ベンチの背後にある奥のドアが開いた。バイテクチームは敗戦ムードで居住施設に帰っていった。

 最終結果の発表は、翌日の夕刻だった。プレゼンバトルと同じ会場で、瓦礫などは撤去されていたが、飛んだ瓦礫によって傷付いた壁や天井などはそのままだった。バイテクチームとロボテクチームは今までと同じようにベンチに座り、これまた同じように審査員は見えず、会場は彼らだけだった。

 「最終結果は……」

 「聞いて下さい」

 投資家ムサシの声を遮って、綾は大声を上げた。ずかずかと会場の中央に歩み出る。

 「昨日の大失敗は、大成功へと導く扉でした。変異したからこそ、この変異を元に、絶対に変異しないバイテク製品を作ることができます。また、この大失敗のおかげで、将来の重大なリスクを取り除くことができます」

 「変異しないバイテク製品を、一年以内で作れるのか?」

 すかさず、投資家ムサシの問いが響いた。

 「はい。必ず作ります」

 毅然と答えた綾は、言葉を継いだ。

 「持続可能な社会を作れるのはバイテクだけです」

 「わかった。バイテクチームの大勝利だ」

 ムサシの鶴の一声が場内に響いた。少々笑みが零れるような声だった。

 「バイテク製品に決定しました」

 デジタル的な音声が流れた。

 この一年後、綾は変異しないバイテク製品を作り上げる。そして、次から次へと消費者の心を掴むバイテク製品を生み出し、市場を支配していくのだ。

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