20XX年 第十五話 プレゼンバトル

 バイテクウサギの右後足の爪先が、AIロボットの首の付け根にある継ぎ目に食い込んでいた。AIロボットはミリ秒の違いで躱そうとしたのだが、間に合わなかったのだ。

 ソニックブーム。

 AIロボットの頭部が床に転がっていた。

 頭部のないAIロボットの体は突っ立っていたが、間もなく床の上に倒れた。それと同時に、カウントを数えるデジタル的な音声が場内に流れる。

 倒れまいと四肢を立てて踏ん張るバイテクウサギは、千切れた両耳から流れ出る血によって、全身の毛を赤色に染めていた。

 バイテクウサギは、AIロボットの首の付け根にある継ぎ目に、深く爪先を食い込ませ、L字型の右後足の踵を固定し、一気に音速のスピードでバク転をするように仰け反り、AIロボットの頭部を引っこ抜いたのだ。

 ――てこの原理を利用した。

 顎を持ち上げたバイテクウサギが凛然と、AIロボットの頭部を見遣った。

 強靱なバイテクウサギの体だからこそできた荒業だった。だが、バールにした右後足は複雑骨折し、爪先を抜こうとするAIロボットの両手を封じ込めた長い耳は犠牲になった。だが、負荷のかかった背骨は、ひび割れだけですんでいた。

 ――今はかなりの痛みだが、数十分もすれば、元通りに再生する。

 バイテクウサギはにやりとするように口元を歪めたが、激痛と疲弊で、その口元は震えている。

 「……十カウント。バイテクチームの勝利です」

 場内にデジタル的な音声が流れた。

 ――AIの深層学習。次に戦う時は、もっともっと苦戦するだろうな。

 やれやれといった感じで鼻から空気を吐いたバイテクウサギは、安堵感で気が抜け、その場に倒れた。そんなバイテクウサギのそばに、二日目のテーマだったペット関連分野で発表された、ペットでありお手伝いさんでもある家政婦バイテクペットが、凄まじい勢いで駆け付けた。家政婦バイテクペットは、クマをゲノム操作したバイテク製品だ。だから、見た目はクマだ。

 実は、バイテクウサギもペット関連分野で開発されたバイテク製品で、ペットでありボディガードにもなる護衛バイテクペットだ。また、万能バイテクペットも二日目のプレゼンバトルで発表されていて、バイテクペットは皆、オリジナルの兎兎の遺伝子が組み込まれている。

 家政婦バイテクペットは、バイテクウサギを抱きかかえた。いつものバイテクウサギならば、嫌がって抱き上げる腕を振り払って逃げていたはずだが、腕を振り払うだけの力はもう残っていなかった。

 ――ありがとな。

 バイテクウサギは家政婦バイテクペットに身を任せて目を瞑った。

 ベンチに戻った家政婦バイテクペットは椅子に腰掛け、バイテクウサギを膝の上で寝かせた。

 「お疲れ様」

 丸い顔の綾が、丸っこい目を細くして、バイテクウサギに向かって声を掛けた。だが既に、バイテクウサギは深い眠りについていた。

 「修復する凄まじい再生能力があったとしても、出血など、見た目があまりにも凄惨である為、消費者に受け入れがたいと思われる」

 いきなり、投資家ムサシの声が場内に響いた。

 「よって、バイテクチームの勝利を撤回し、ロボテクチームの勝利とする」

 投資家ムサシの鶴の一声で勝敗は覆った。

 「痛々しいからこそ、争いという悲劇の連鎖を防ぐことができます。争いにロボットを使えば、戦いが正当化されやすく、争いというものが益々助長されてしまいます」

 狼狽した綾だったが、ベンチから大声で主張しながら、会場の中央まで歩み出た。

 「四日目のプレゼンバトルは終了です」

 場内にデジタル的な音声が流れた。

 綾はそのまま一台のカメラに凛然と向かって突っ立ったまま、四日目は終了した。

 五日目のテーマは移動手段となる乗り物関連分野。六日目のテーマはインフラ関連分野。最終となる七日目のテーマはレスキュー関連分野で、とんでもない欠陥が明るみに出る。

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