20XX年 第十三話 プレゼンバトル

 四日目は、バイテクチームが作り上げたバイテクウサギと、ロボテクチームが作り上げたAIロボットの、格闘試合だった。これには、ハイブリッドではない、ただのバイテク製品とロボテク製品の格闘であることが、予め決められていた。

 ロープなしリングなしの会場の中央で、バイテクウサギとAIロボットが対峙している。レフリーはいない。

 バイテクチームのバイテクウサギは、ウサギをゲノム操作している為、見た目はウサギだ。だから、か弱そうに見える。だが、ヒト以外のあらゆる動物の有用な優れた遺伝子が組み込まれているので、見た目以上に強い。

 ロボテクチームのAIロボットは、ヒト形だが目や口や鼻や耳といったものはない。だが、目や耳に劣らない視覚や聴覚、それ以上のものが外構の内部に備えられている。また、球体頭部の中にはAIが搭載されていて、全身の表面は白金色でつるつるしていて、大きさはバイテクウサギと同じで、ヒト形ロボットとしてはかなり小さい。

 「始めて下さい」

 場内にデジタル的な音声が流れたが、バイテクウサギもAIロボットも動かない。

 ――俺様をノックアウトできる力があるのか?

 バイテクウサギはなめた目付きでAIロボットを見た後、その背後に見えるロボテクチームのリーダーである、丸眼鏡を掛けた和也を、からかうようにちらりと見遣った。その時だった。よそ見を見逃さなかったAIロボットが、バイテクウサギに襲いかかった。AIロボットの右手がバイテクウサギの左頬を殴った。

 ――重いパンチだぜ。

 バイテクウサギの口元から血が滴った。だが、この傷は数分もすれば完治する。強靱な肉体の上に、凄まじい再生能力を持っているからだ。

 ――やるじゃないか。俺様の四肢がふらついたぜ。

 まだ余裕顔のバイテクウサギだが、気を引き締めるように、四肢に力を入れた。

 ――深層学習のAIにとって、ウサギは知っていても、俺様は初めてだよな。そんなおまえが俺様を倒せるのか?

 バイテクウサギは後足で床を蹴った。

 ――俺様はおまえの弱点を知っている。

 目にも留まらぬ速さでバイテクウサギの前足が、AIロボットの膝関節を殴った。だが、AIロボットが自らの手で庇った。

 ――なかなか速いな。それに、白金色のつるつるにも高い強度がある。

 バイテクウサギは後足でAIロボットの膝関節を蹴った。だが、するりと躱された上に、白金色のつるつるによって後足が滑った。体を捻って床に着地し、姿勢を直して、素早く床を蹴り上げ、前足でAIロボットの首関節を狙う。だが、AIロボットの手で庇われた。その手の肘関節を、もう一方の前足で殴った。

 ――当たった。

 にやりと口を歪めたバイテクウサギだが、たちまちその口が一文字に結ばれた。打撃を与えられなかったからだ。

 ――くそ。

 バイテクウサギは目にも留まらぬ速さで、前足と後足でAIロボットの全ての関節を殴ったり蹴ったりしていく。だが、AIロボットはもう手で庇うことはなかった。バイテクウサギのパンチやキックでは、かすり傷さえつかないということを学習したからだ。

 バイテクウサギは床を蹴って空中でバク転をすると、間合いが取れる場所に着地した。

 ――やるじゃないか。

 バイテクウサギは、注視するように長い耳をAIロボットに向けたまま、和也を見た。

 ――こんなにも関節の強度を高くしたとは、褒めてやるぜ。

 バイテクウサギはにやりとした後、和也からAIロボットに視線を戻した。

 ――本気でいくぜ。

 バイテクウサギが後足で床を蹴った直後、ソニックブーム。

 AIロボットが床に倒れていた。バイテクウサギの前足が、AIロボットの顔を殴ったからだ。

 カウントを数えるデジタル的な音声が場内に流れる。

 ――カメラで捉えたものをスローモーションで見たとしても、俺様の動きは捉えられないだろうな。

 長い耳でAIロボットを捉えたまま、バイテクウサギはカメラを見遣った。その直後、長い耳が立ち上がったAIロボットを捉え、視線を戻す。

 ――パワーを増した俺様のパンチを浴びたくせに、ひびも入っていない。つるつるのままだ。予想以上の強度だな。

 殴ったAIロボットの顔を見たバイテクウサギは、皮肉っぽい目付きになった。

 ソニックブーム。

 爆音がバイテクウサギの長い耳に届いた時には、AIロボットに殴られ、バイテクウサギは床に倒れていた。だが、すぐに立ち上がった。

 ソニックブーム。

 バイテクウサギは再び床に倒れていた。AIロボットに再び殴られたからだ。

 ――俺様と同じスピードが出せるみたいだな。

 バイテクウサギは苦々しく口元を歪めた。

 ソニックブーム。

 AIロボットが床に倒れていた。襲ってきたAIロボットの足を、バイテクウサギの長い耳が薙ぎ払ったからだ。

 ソニックブーム。

 立ち上がろうとするAIロボットを、バイテクウサギが前足で踏みつけていた。

 ソニックブーム。

 バイテクウサギが床に倒れていた。AIロボットがバイテクウサギの前足を掴み、投げ飛ばしたからだ。

 ソニックブーム。

 蹴ってきたバイテクウサギの後足を、AIロボットの手が掴んでいた。

 ソニックブーム。

 AIロボットが床に倒れていた。バイテクウサギが、AIロボットに掴まれていた手を長い耳に巻き付け、取り払うようにして投げ飛ばしたからだ。

 ソニックブーム。

 互いに何度も床に倒れても、カウントを数えるデジタル的な音声は流れない。それほどのスピードで展開しているからだ。

 ソニックブーム。

 バイテクウサギが床に倒れていた。AIロボットが長い耳を掴んで、バイテクウサギを高速で振り回して投げたからだ。

 ソニックブーム。

 互いに間合いを取って対峙していた。バイテクウサギの蹴りとAIロボットの蹴りが、互いの腹に当たって離れるようにして飛ばされたからだ。

 ――俺様と互角のパワーだな。だが、俺様のしなやかな四肢や柔らかい関節は、床にくぼみは作らない。

 バイテクウサギはAIロボットが着地した部分の床が、大きくへこんでいるのを見て、AIロボットの質量を見て取った。

 AIロボットがバイテクウサギの周りを回り始めた。徐々に目が回るほどの速さで、ぐるぐると駆け回る。バイテクウサギは長い耳や目や鼻だけでなく、髭も使って感知していく。

 ――以前、鬱陶しく俺様にまとわりついたハエを、やっつけるのは簡単だったがな。

 バイテクウサギは苦笑した。

 ソニックブーム。

 倒れたバイテクウサギの上に、AIロボットが乗って抑え込んでいた。

 ようやく、カウントを数えるデジタル的な音声が場内に流れた。

 ――全ての格闘技を完璧にマスターしてやがる。そのAIと完璧に連動する強固な胴体に手足。だが、俺様はヒトではない。ウサギだ!

 ソニックブーム。

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