20XX年 第十話

 「これは……」

 ユウは目を見開き、手に持ったマリモを見詰めた。

 「知っているん?」

 見上げてくる真里菜に、ユウは腰を下ろした。

 「ああ。21XX年にもまだある。万能バイテクペットといって、根強い人気だ」

 「そうなんだ。それは九日前に、私の誕生日祝いとして母から貰ったものなんだ。試作品らしいよ」

 真里菜の言葉に、ユウは興奮する。

 ――初期の万能バイテクペットだ。見た目はマリモだが、絶滅したマリモに似せて作ったものだ。糸状体が集まって出来ているマリモのように、万能バイテクペットはバイテクカルスの集合体に、分子ほどのバイテク量子コンピュータが組み込まれた、ハイブリッドのバイテク製品だ。

 「これが第一号か」

 感慨深げに呟いたユウが、はっとした顔付きになる。

 「真里菜が作ったものではないのか?」

 「私ではなく母よ」

 真里菜の返事に、ユウは当惑した。

 ――俺が教わった歴史では、真里菜が作ったことになっている。どういうことだ?

 「真里菜の母の名前は?」

 「綾よ」

 ユウはこの名前を知っていた。

 ――確かにバイテク製品設計開発所を設立したのは綾だ。綾もゲノム設計士だが、設立で名が残っているだけだ。

 ユウの記憶はこんがらかった。

 ――こんな注目度の高い歴史情報が間違っているだと?

 ありえないといった顔付きになる。

 ――まさか歴史が書き換えられた? 隠されている歴史があるのか?

 「ユウ。どうしたん?」

 真里菜がユウの膝に前足を掛け、顔を覗き込んだ。

 「バイテク薬草救急は……」

 ユウは記憶にある歴史を、確認していくように喋り出した。

 「口頭で体の不調を説明すると、それに合った薬を産生するというバイテク製品で、来年の暮れから発売される。21XX年になっても根強い人気で、真里菜が作ったものだ。また、来年の秋冬ファッションショーで出品される、バイテク万能ブルゾン。これは、バイテク万能ブルゾンの胸ポケットに向かって指示を出せば、袖丈や身丈などの長さが自由に変えられる。寒いと指示を出せば、果実の生長のようにバイテク万能ブルゾンが太くなって体を温かく包み込み、暑いと指示を出せば、バイテク万能ブルゾンは細くなって体を包み込んでくれる。厳寒の時には、指示を出せば、襟元がマフラー、袖口が手袋に分化する。雨が降ってくれば、襟元をフードに分化させればいいし、傘に分化させたっていい。バイテク万能ブルゾンは大注目を集め、爆発的に売れる。これも真里菜が作った」

 真里菜が首を傾げる。

 「私が作った? それはないよ。私はクローニングと一緒に、記憶をクローニングしていく技術を開発しているだけで精一杯だから」

 「真里菜の名言がある。遺伝子は現在と過去を繋ぎ、未来にも繋がっていく。この名言によって、バイテクタイムトラベル装置が作り上げられた」

 「そうなんだ。でもこれは、バイテク製品設計開発所を設立した時の母の言葉で、企業の基本精神になっているよ」

 真里菜は訝ることもなくあっさりと答えている。

 ――歴史が違っている。なぜ? バイテク社会だというのに、なぜバイテクの歴史が違うのだ? そもそも、バイテク社会の基礎を築いた祖は、真里菜じゃなく真里菜の母、綾ということになる。どういうことだ?

 「ユウ。どうしたん?」

 小首を傾げた真里菜に気付いたユウは、混乱する記憶を封じ込めた。

 ――このことよりも、まずは任務だ。

 「俺の21XX年では、万能バイテクペットには、使用する個人の声紋とゲノムが登録されている」

 ユウはマリモを真里菜に見えるようにした。

 「この子には、そんな登録はしていないよ。トティは誰にでも使える。トティから三センチ以内のところで、トティに指示を出せば分化するよ。でも、ユウの体は私で、声紋も私よ」

 「そうだった」

 又もや忘れていたと、ユウは恥じながら、気が付いたことを口にする。

 「この万能バイテクペットは、トティという名か?」

 「そうよ」

 頷いた真里菜が思い出し、慌てて言う。

 「指示を出す時は、トティって呼掛けて」

 「わかった」

 首を縦に振ったユウの頭上から、クローン兎兎の声が聞こえてきた。

 「ユウも真里菜も、早くここから離れようよ」

 思い出したユウは、素早く立ち上がった。

 「行こう」

 真里菜が飛び跳ねた。

 ユウとクローン兎兎は、真里菜を追い掛ける形で自動運転車に着いた。すぐさま乗り込むと、一目散、バイテク製品設計開発所に向かった。

 「ユウ。なぜ兎兎は鞭で打たれたと思う?」

 クローン兎兎の膝の上で丸くなっている真里菜が、ユウの横顔を見上げた。

 「兎兎と言うより、体の主である美咲さんが狙われた、と言う方が自然だな。鞭で打った奴は、美咲さんがまだ生きていると知って、慌てたんだろうな」

 推し量ったユウの言葉に、真里菜が激しく反応した。

 「美咲さんは殺されたって言うん? 殺人だって言うん?」

 真里菜は震えた。

 「ああ。勘だが、美咲さんを殺したのは、ヒトのシルエットだ」

 ポリスとしてユウは答えた。

 「美咲さんは殺されるようなヒトじゃない」

 顔を横に振った真里菜は、複雑な表情で俯いた。

 「逆恨みっていうのもあるし……」

 ユウは慰めた。クローン兎兎は真里菜を優しく撫でた。

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