20XX年 第四話
「真里菜博士」
ユウの呼ぶ声に、真里菜は違和感を覚えるように顔を上げた。
「真里菜博士。俺は感染発症日時に間に合うように、感染発症地点に行かなければいけないんだが、どう行けばいいのか分らなくて、教えてくれないか」
「博士だなんて、まだその立場じゃないから、やめてくれる?」
ユウに向かって真里菜は、ちょっと照れ臭そうに言った。
「わかった」
了解したユウの上着を、真里菜はじろりと見た。
「ユウが羽織っているパーカーの、左ポケットの中にあるものを出して」
「パーカー?」
「その上着だよ」
真里菜が右前足でさした。
ユウは理解して、左ポケットの中を探り、五センチ程の四角い物を取り出した。それを確認した真里菜の目は、悲しそうだった。
「あるならいいよ。ポケットに仕舞っといて」
「ああ。で、これは……」
ユウが真里菜にこの四角い物は何なのかを尋ねようとした時、真里菜はユウが歩いてきた方向に飛び跳ねた。
「真里菜。何処へ行く? その前に、ルートと移動手段を教えてくれ」
慌てて聞くユウに、真里菜は足を止めて振り返った。
「ユウ。あなたが言ったように、私たちの体の入れ替わりが、未知の細菌に感染発症したことによっての影響ならば、私は傍観できない。だから、私の自動運転車で、一緒に向かうよ。それから、ポケットに仕舞った物は、父の大事な鍵だから、失くさないでよ」
ユウは頷いて腰を上げたが、つと首を傾げた。
「自動運転車?」
車は知っているが、自動運転車は初耳だった。だが、車という単語から同じ移動手段だと思い付き、病院の方へと飛び跳ねていく真里菜の後を追った。クローン兎兎も彼らの後に続いた。
真里菜は病院の駐車場に止めてある、黒色の自動運転車の前で止まった。
「ユウ。ドアノブに手を触れて」
振り返った真里菜がユウを見上げた。言われるままにユウがドアノブに触れると、音が鳴った。
「その腕時計は車の鍵でもあるんよ」
真里菜の言葉に、ユウは左手首に巻かれている腕時計を持ち上げた。
「それを身に着けているだけで車の鍵は開くんよ。もう開いているよ」
真里菜は早口で言って、急かす。
「ユウ。運転席に座って」
「運転なんてできないぞ」
慌てるユウに、真里菜は淡々と言ってのける。
「マニュアル運転もできるけど、自動で運転してくれるから、座っているだけで大丈夫だよ」
「だったら、真里菜が運転席に座ったらどうだ」
ユウは不安だった。
「私が座れるとでも?」
真里菜は此見よがしに、高く飛び跳ねてウサギの姿を見せつけた。
「運転席にウサギが座っていたら警察に捕まるよ」
「そうだな」
思い起こしたユウは、覚悟を決めるように気張ってドアノブを引っ張り、運転席に座った。クローン兎兎は真里菜を抱えると、助手席に座った。
ユウは真里菜の導き通りに、自動運転モードにし、カーナビに行き先を設定し、見た目だけハンドルを握った。
自動運転車は目的地に向かって動き出し、スムーズに走り続けていった。
「面白い乗り物だな。進み方、動き方が、面白い。こんなに沢山の車が走っていて、面白い。車にはいろんな形や大きさや色があって、面白い。ここから見える景色は、面白い。建物にもいろんな形や大きさや色があるんだな。面白い」
面白いを連発するユウは、気持ちに余裕が出てきていた。
「そんなユウが、面白い」
クローン兎兎の膝の上で寛いでいる真里菜が、あきれるように言った。
「俺の時代には、こんな建物はない。バイテク建築樹木といって、建物は全て樹木だからな。それに、乗り物はバイテクバブルモーター……」
「バイテクバブルモーター?」
驚嘆した真里菜は先程とは打って変わって、興味津々の目でユウを見た。
「どういう乗り物なん? それに、バイテク社会って言っていたよね。それってどういう社会なん? エネルギーは? 樹木が建物って、どんな感じなん?」
真里菜の矢継ぎ早の質問に、ユウは一つずつ答えていった。それに聞き入る真里菜の目は爛々と輝いた。
「そうだ。時間的にゆとりがあるから、寄り道していこう」
思い出したように言った真里菜はユウを導き、カーナビに寄り道設定をしていく。
「ユウの面白いがまた聞けるね」
くすりとクローン兎兎が笑った。ユウはわくわくしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます