20XX年 第三話

 驚いて立ち止まったユウの足元に、ウサギが急停止した。遅れてやってきた中年の女性は、肩で息をしながらへたり込んだ。

 真里菜とクローン兎兎は、公園から病院に向かっていたのだ。それで真里菜は、前方から歩いてくる自分の体を目にし、猛ダッシュしたというわけだ。そんな真里菜はすっかりウサギの体に順応している。

 「私の体を奪ったあなたは誰?」

 真里菜は後足で立ち上がると、ユウの向う脛に前足を掛けて睨み上げた。

 「もしかして真里菜博士?」

 目を落としたユウは、混乱しながらも頭を回転させていた。

 「そうよ。真里菜よ。その体は私の体よ」

 「真里菜博士がウサギの体に?」

 前屈したユウはウサギに見入った。

 真里菜は前足を下ろすと捲し立てた。

 「あなたは誰? なぜこんな体の入れ替わりを操作したん?」

 「俺……」

 話し出したユウを、真里菜が遮った。

 「俺? 男が私の体に……」

 絶句した後、強い拒否反応を起こす。

 「嫌だ。嫌だ。嫌だ。私はまだ結婚もしていないのに……。嫌だ。嫌だ。嫌だ」

 顔をぶるぶる振って嫌がる真里菜に、ユウは顔を近付けて言った。

 「捨子の俺は一人で生きていく為に、男っぽくなったが、俺は歴とした女だ」

 真里菜は顔を静止させると、見詰めてくるユウの目を見た。

 「ほんと?」

 見詰め返してくる真里菜に向かって、ユウは力強く頷いて返した。

 「だったらいいよ」

 あっさりと真里菜は受け入れた。小難しいだけの性格をイメージしていたユウは、ちょっと拍子抜けした。

 「それで、あなたは誰? なんでこんな操作をしたん?」

 先とは違って穏やかな口調で真里菜は尋ねた。

 ユウは歩道に腰を下ろすと、まずは名乗り、ここへ来た理由などを語った。

 「記憶ゲノム」

 ぽつりと呟いた真里菜は、頭の中を整理した。

 ――記憶に関わる重大な仕組みを発見したのは最近のことで、それは記憶ゲノムといえるものだと推測している段階。だから未発表だし、記憶ゲノムという単語は私のチームにも母にも、誰にもまだ話していない。それなのに、ユウはそれを知っている。

 真里菜は未来から来たというユウの話を信用した。

 「私たちの体の入れ替わりは、未知の細菌に感染発症したバイテク菌糸によっての、なんらかの影響を受けたバイテクタイムトラベル装置の誤作動かもしれないって言うんね?」

 「俺の憶測だがな」

 ユウは真里菜の質問に答えた後、気になったことを聞き返す。

 「私たち?」

 逸早く反応したのは、クローン兎兎だった。横からユウの顔を覗き込んで名乗る。

 「僕の名は兎兎だよ。真里菜の体は僕で、僕の体は美咲さんっていう名で真里菜のお母さんの友達だよ」

 「兎兎?」

 ユウは目を丸くして、クローン兎兎に顔を向けた。気の強そうなシャープな顔立ちの中年女性だが、見詰めてくる目は幼い純粋さと好奇心に満ちている。そんなクローン兎兎が微笑んだのを見て、気付いて真里菜に目を向けた。ウサギの全身を舐め回すように見て、バイテクペット兎兎と比較する。

 「毛の色合いとか大きさとか、兎兎に瓜二つだ。だが、目の色が違うから、兎兎似のウサギと言ったところだな。まあ、兎兎似のウサギは多いからな」

 「兎兎似?」

 ユウの発言に、真里菜は小首を傾げ、きょとんとした。

 「俺の相棒の名も兎兎で、ウサギをゲノム操作したバイテクペットというバイテク製品だ」

 ユウは説明していて、はっとする。

 「まさか、この兎兎もバイテクペット?」

 一瞬考えた真里菜だが理解する。

 「こっちの兎兎は、兎兎のクローンよ」

 「オリジナルも兎兎という名なのか? それで、オリジナルの兎兎はまだ生きているのか?」

 ユウの質問に、真里菜は無言で首を横に振った。ユウはそんな真里菜の黒い目を見詰めた。

 「俺の相棒の目はプラチナアイなんだ」

 「プラチナアイ?」

 割って入ったクローン兎兎が、興味津々の目で、ユウの顔を覗き込んだ。

 「プラチナ色に輝く綺麗な目をしているんだ」

 答えたユウだが、クローン兎兎は合点が行かない表情をしている。

 「この時代にはまだある白内障という病気だが、その白内障の症状に似た目を、俺の相棒は持っているんだ」

 「白内障ってなに?」

 クローン兎兎の問いに、真里菜がプラチナも含めて簡潔に答えた。

 「僕とユウの相棒は名前が同じでも、目の色が違うんだね。それと同じように、僕と僕のオリジナルの兎兎は、心が違うよ」

 ユウに向かって話すクローン兎兎の言葉に、真里菜は胸を突かれた。

 ――記憶クローニングに成功していないクローン兎兎は、オリジナルの兎兎の記憶ゲノムとは違うんだ。それなのに私は……。

 省みた真里菜は俯いた。

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