20XX年 第二話

 「兎兎。君は味方なのか? それとも、敵なのか?」

 20XX年に到着したユウは、自分が発する声で目を覚ました。

 「夢を見ていた。どんな夢だったのか、それを思い出すことはできないが、あることがはっきりと分った。兎兎は両親から贈られたバイテクペットではないということだ。なぜなら、俺は捨子だからだ。それなのに、そのような記憶になっていたのは、俺の記憶が書き換えられていたからだ」

 元来の記憶を思い出したユウは、判明した事実に愕然としていた。

 「兎兎と一緒に住むようになったのは、いろんな生業をしながらポリス試験に合格する為に努力をしていた頃だ。なぜ一緒に住むようになったのか、その経緯は全く思い出せない。その事から考えると、兎兎が記憶の書き換えをしたと言える」

 推測したユウの心は疼いた。

 「なぜ兎兎はそんなことをしたのか?」

 ユウはバイテクペット兎兎に対し、疑念を抱いてしまった。疑いを持つと、犯人のメッセージが思い出され、バイテクペット兎兎が犯人かもしれないと思う。だが、否定する自分もいた。

 「兎兎が犯人であるはずはない。記憶の書き換えをしたのは、きっと何か理由があるはずだ」

 ユウの記憶にあるバイテクペット兎兎と過ごした思い出が、走馬灯のように浮かんだ。

 「兎兎は俺にとってペットではなく、補佐する相棒であり、兄であり、弟であり、親友であり……」

 ユウは改めてバイテクペット兎兎の存在を噛み締めた。

 「兎兎は俺にとって、唯一の大切な家族だ」

 ユウの胸はじわりと温かくなった。それと共に、疑念を捨て去る。

 「俺は任務を遂行する」

 一念発起したユウは、羽ばたこうと両腕を持ち上げた。だがそのとき、入った死骸である体の違和感に気付いた。

 腕を見たユウは目を見張り、ばくばくする胸を見詰めた。

 「鳥じゃない。ヒトだ」

 ユウは震えた。おどおどしながら辺りを見回す。

 「ここはどこだ?」

 柔らかい朝日が窓から差し込んでいる。

 もたれるようにして座っていた長椅子から立ち上がったユウは、室内ドアから出て、長い廊下を歩いた。ヒトが居ることに気付き、物陰に隠れて様子を窺う。それと同時に、記憶ゲノムにインプットされた情報を思い起こして悟った。

 「ここは病院だ」

 看護師がこっちに向かってくるのを見て、ユウは少し後戻りし、トイレに入った。

 「設定では、死骸はマガモで、死骸がある場所は本州にある白壁公園だが……」

 洋式便座の蓋に腰掛けたユウは、気持ちを落ち着かせ、記憶ゲノムにインプットされた情報を、いろいろと思い起こした。

 「まずは病院から出よう」

 そう思って立ち上がり、トイレドアから出たユウは、目の前にある鏡を見て息を呑んだ。長い黒髪の毛に、丸い顔、丸っこい目をした女性が映っているからだ。

 「博士だ」

 ユウは記憶ゲノムにインプットされた情報にある、同い年の真里菜博士の顔写真を思い出していた。

 思わずユウは振り返って確認する。だが、誰も居ないし、開いたままのトイレドアから見えるのは、さっきまで座っていた洋式トイレしかない。周りを見ても誰もいない。紛れもなく、鏡に映っているのは、自分が入っている体の主だと、ユウは確信した。

 「真里菜博士はバイテク社会の基礎を築いた祖で、バイテクタイムトラベル装置の元となっている記憶ゲノムを発見したヒトだ。そんな博士の体に……どうして? この時代ではまだ真里菜博士は生きているはずだが……」

 訳が分からないと、混乱したユウは頭を抱えた。ふらつきながら、再び洋式便座の蓋に腰掛けた。気持ちを落ち着かせる。

 「任務を遂行することだけに集中しよう」

 ユウは呪文のように自分に言い聞かせた。

 「感染発症日時までに感染発症地点に行かなければならない。病院から出よう」

 立ち上がったユウは、一目散に廊下に出ると、階段を見つけて一階まで下り、夜間出入口から外に出た。空を見上げると、ほんのりと明るかった。曙だと知り、明るんでいる方向を見遣った。

 「あっちが東か」

 何時だろうと思って、いつもの癖で左手首に巻いている識別バイテク量子コンピュータに目を向けた時、腕時計に気付いた。これはユウの時代でもまだある代物で、骨董品として高値で出回っている。

 はたと気付いたユウは、腕時計に食入った。

 「年月日は合っている。費やしただろう時間を考慮すると、時刻も合っている」

 デジタル表示されている年月日と時刻から、設定した到着年月日と到着時刻に間違いなく到着していることを確認した。

 胸を撫で下ろしたユウは、病院の駐車場を抜け、まだ一台も車が走っていない道路脇の歩道を進んでいく。歩きながら感染発症地点に行く為の方途を、記憶ゲノムにインプットされた情報を元に模索する。

 ふと、前方にウサギとヒトが見えた。ウサギと目が合ったような気がした直後、ウサギが猛スピードで突進してきた。ヒトは中年の女性で、ウサギの後を追い掛けてくる。

 「それは私の体よ」

 ウサギが怒鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る