21XX年 第十話
「レンゲソウ。タッチパネルを出せ」
バイテクペット兎兎の識別バイテク量子コンピュータの基本形植物はレンゲソウだ。首輪に分化させ、いつも身に付けている。大概のバイテクペットは、識別バイテク量子コンピュータを持っていない。だが、飼い主が申請して特別に承認されれば、バイテクペットでも持つことはできる。この場合は大抵、知的バイテク製品として作られたペットばかりだ。
バイテクペット兎兎の指示通りに、識別バイテク量子コンピュータである首輪から蔓が伸び、蔓先についた葉が五インチのタッチパネルに分化した。
「レンゲソウ。タッチパネルを眼前に設置」
指示を受けて、バイテクペット兎兎の眼前に、長く伸びた蔓が撓って設置された。そのタッチパネルに、長い耳の先で器用に触れ、入力していく。暫くその作業が続き、それが終わると、タッチパネルの縁から蔓が伸び、蔓先についた葉がマイクに分化した。
「レンゲソウ。バイテクタイムトラベル装置にリンクせよ」
指示通り、タッチパネルの縁から蔓が伸び、蔓先がバイテクタイムトラベル装置を支える短くて太い茎に突き刺さった。すると、マイクの側面にレンゲソウの花が咲いた。それを確認したバイテクペット兎兎は、マイクに向かって喋り出した。
「ユウ。なぜ僕がいつも同じ過去の年月日に行って、同じルートを辿っていたのか……」
語った後、識別バイテク量子コンピュータに指示を出す。
「レンゲソウ。バイテクタイムトラベル装置とのリンクを解除せよ」
短くて太い茎に突き刺さっていた蔓先が抜け、タッチパネルから伸びていたマイクは枯れてバイテク床に落ちた。
「レンゲソウ。タッチパネルをアポトーシス」
引き続き、識別バイテク量子コンピュータに指示を出すと、タッチパネルは枯れてバイテク床に落ちた。そのときだった。感知したバイテクペット兎兎は、短くて太い茎に付く葉柄に目を向けた。頂小葉に帰還年月日と帰還時刻が刻まれたのを捉え、頂小葉の先にカスミソウの花が咲いたのを捉える。花が枯れることなく生き生きと咲き続けていれば、死骸のマガモでユウが順調に活動している証拠だ。
「僕の心はずっとユウのそばにいるよ」
温もりのある声を上げたバイテクペット兎兎は、バイテクタイムトラベル装置を見詰めた後、短くて太い茎の根元に置いてある一冊の古びた紙の本を確認すると、表情を引き締め、次の行動に移った。
居間に戻ると、バイテク長椅子に飛び乗り、識別バイテク量子コンピュータに指示を出し、五インチのタッチパネルに分化させ、眼前に設置させた。長い耳の先を使い、忙しく入力作業を続けていく。
「レンゲソウ。作成したコンピュータプログラムをセーブし、いつでも迅速に実行できるように待機」
識別バイテク量子コンピュータに指示を出すと、首輪に花芽が付き、それが蕾になった。確認したバイテクペット兎兎は、仮眠をとるため、体を横たえ目を閉じた。
暫くして、バイテクペット兎兎の長い耳が異変を感知し、そそり立った。目を開けると、午後の光で明るかったバイテク天井が暗闇に包まれている。
「レンゲソウ。部屋の明かりを雰囲気Dモードにせよ」
動じることなく、わざと大きな声で識別バイテク量子コンピュータに指示を出すと、バイテク壁とバイテク床の境にある、光るキノコをゲノム操作したバイテクヤコウタケが点々と灯った。淡い緑色の明かりだから薄暗がりだが、敢えてこの明かりにしたのは、誰かのハッキングでバイテク天井の明かりが消えたのは明白で、だから刺激を与えたくなかったからだ。また、わざと大声を出したのは、その誰かの攻撃を少しでも遅らせたかったからだ。
バイテクペット兎兎は正面を向いたままで、長い耳だけを背後に向けた。誰かを感知している。
「久し振りだな」
旧友に話し掛けるように、バイテクペット兎兎は言った。その声には、懐かしさを帯びた心が垣間見える。だが、研ぎ澄まされた長い耳は警戒し、間合いをはかっている。
「僕は……」
バイテクペット兎兎は言い掛けて躊躇い、感傷に浸り……戸惑った後、旧友との縁を断ち切るかのように、後足で力強くバイテク床を蹴り、高々と飛び跳ねた。それと同時に、識別バイテク量子コンピュータに小声で指示を出す。首輪についていた蕾が花開く。直後、疾風がバイテクペット兎兎に襲いかかった。それは、誰かが打ってきた鞭だった。
鞭はバイテクペット兎兎の後足に巻きつこうとしたが、バイテクペット兎兎はそれを前足で払いのけると、別方向からも打ってきた鞭を仰け反るようにして躱し、くるりと後転しながらバイテク床に着地した。直後には駆ける。首輪に咲いたレンゲソウの花に向かって小声で指示を出し、玄関ドアがある隣室へと向かう。そこに続く開けっ放しのバイテク襖がゆっくりと閉まっていく中、歩幅を調節しながら抜けようとする。だが、鞭が目先のバイテク床を打った為、バイテクペット兎兎は足を止めた。行く手を見遣ると、シルエットが玄関ドアの前に立ちはだかっている。薄暗がりの中では、誰なのか判別はできずシルエットにしか見えない。
バイテクペット兎兎はバイテク襖の敷居から一歩、玄関ドアがある隣室に入ったところで立ち往生していた。後足でバイテク床を蹴って警戒音を鳴らし、プクプクと鼻を鳴らして威嚇する。だが、長い耳だけは閉まっていくバイテク襖に集中し、その時を待っていた。
――今だ。
長い耳がその時を捉えた。刹那には、バイテクペット兎兎は身を翻して高く飛び跳ね、体を縦長に細くし、完全に閉まっていくバイテク襖の隙間から居間へと戻った。
ソニックブーム。
爆音と衝撃波で、バイテク防護隔壁が揺れた。シルエットが鞭を打ってきたのだ。
「揺れただけで、強固なバイテク防護隔壁にはひび一つ入っていないだろう。たとえ損傷しても、修復する再生能力は凄まじい。だが、外側にあるバイテク襖は、自己修復もできないくらいに吹っ飛んでいるだろう」
バイテクペット兎兎はバイテク襖と一緒にバイテク防護隔壁を閉めるという、指示を出していたのだ。
「奴はバイテク防護隔壁の外だ。僕が作り上げたバイテク防護隔壁は、この居間とユウが使用しているバイテクタイムトラベル装置の部屋を、取り囲んで完璧に隔離している。これでかなりの時間はかせげる。これからバイテクバブルモーターでやって来るだろう面倒な事情聴取のポリスからも逃れられる。ポリスがムサシに直接指示を出して、バイテク防護隔壁を取り除こうとしても無理だ。僕のハッカーとしての腕は、世界トップだからな」
にやりと口元を歪めたバイテクペット兎兎は、識別バイテク量子コンピュータに指示を出す。
「レンゲソウ。部屋の明かりを通常モードにせよ」
バイテク防護隔壁に取り囲まれた二つの部屋は明るくなった。
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