21XX年 第八話

 「ユウに過去へ行ってもらう」

 ポリストップの張り上げる声が響いた。

 ユウが住むX地区は、感染発症地点であるB地区からポリスバイテク建築樹木を中心とした反対側にある。だが、まさか自分の名前が挙がるなんて、想像もしていなかったユウは、声を出せないくらいに動揺していた。

 「ユウ。拒否するならそれでもいい」

 ポリストップの呼び掛けに、ユウは頭の中を整理する。

 ――俺がそんな重大な任務をこなすことができるのか?

 ユウは横に座っているバイテクペット兎兎に目を向けた。

 ――ユウならばできるよ。

 ユウの気持ちを察知したバイテクペット兎兎は、目を合わせて力強く頷いてみせた。受け取ったユウは頷き返し、決心した。

 「カスミソウTW4731ユウ。過去へ行って調査してきます」

 凛と叫んだユウは、自らを鼓舞するようだった。画面枠のユウの丸い顔が、きりりと引き締まっている。

 「ユウを任命する」

 決定を下したポリストップは、バイテク量子AIムサシに問い掛けていく。

 「ムサシ。カスミソウTW4731ユウが有するバイテクタイムトラベル装置を、正常にコントロールできる予測日数は?」

 「八日後までです」

 「ムサシ。ポリスバイテク建築樹木に居るヒトが感染発症する予測日数は?」

 「七日後です」

 これらの答えを受け、ポリストップの指示が響いた。

 「ユウ。バイテクタイムトラベル装置の帰還年月日と帰還時刻の設定は、ポリスバイテク建築樹木に居るヒトが感染発症する予測日数の一日前だ」

 「はい。必ず情報をもって帰還します」

 ユウは毅然とした声で返事をした。

 「ムサシ。日本吉備バイテクドームにあるバイテクタイムトラベル装置は全て、使用停止になっているか?」

 ポリストップの確認する声が響いた。

 「全て使用停止です」

 「ムサシ。カスミソウTW4731ユウが有するバイテクタイムトラベル装置を起動せよ」

 「起動します」

 「ムサシ。ポリスバイテク建築樹木に居るヒトが感染発症する予測日数のカウントダウンを、画面右上に表示せよ」

 「秒単位でカウントダウンしていきます」

 バイテク量子AIムサシの声と同時に、画面右上にカウントダウンの表示が始まった。

 「ムサシ。どんな些細なことでも何か異変があったら報告しろ」

 「実行します」

 確実にポリストップの指示を実行していくバイテク量子AIムサシの声を耳にしながら、ユウは任務を遂行する為、ポリス会議から退席しようと、識別バイテク量子コンピュータに指示を出す。

 「カスミソウ……」

 思わずユウは中断させた。それほどのバイテク量子AIムサシの声が聞こえてきたからだ。

 「メッセージを捉えました。メッセージが犯人からだとする確率は百パーセント」

 「なんだと?」

 驚きの声を上げたポリストップと同時に、画面枠はざわめいた。

 ユウは識別バイテク量子コンピュータから目を逸らし、画面に見入った。

 「ムサシ。犯人のメッセージを表示せよ」

 ポリストップの指示で、画面に犯人のメッセージが映った。

 「バイテクペットはバイテク製品ではない」

 読んだユウは、全身を硬直させた。バイテクの罪悪感を掘り起こす、何とも言えない感情が胸をえぐったからだ。

 「ムサシ。犯人のメッセージを捉えた場所はどこだ?」

 「最初にメッセージが表示された場所は、B地区K5Eにあるバイテク動物園広場のバイテク立体ホログラムです」

 「ムサシ。最初とはどういうことだ?」

 「メッセージが表示されてから順次、感染発症地区内にある公共バイテク映像機器や、公共バイテク壁が勝手に画面へと分化し、同じメッセージが表示されているからです」

 「この文章から考えると、バイテクペットが犯人ということになるな」

断定する声が聞こえてきた。ユウは画面枠の髭面の顔を、反論するように睨み付けた。

 「ムサシ。犯人のメッセージからバイテクペットが犯人だと断定できるか?」

 ポリストップの問い掛けに、ユウは画面枠のポリストップの顔を見た。その顔は冷静で、正確さを求めている。

 「バイテクペットが犯人の確率は九十九パーセント」

 「ムサシ。残り一パーセントは何だ?」

 「バイテクペットが犯人だと見せ掛けている可能性です」

 バイテク量子AIムサシの答えに、ユウは気が晴れるように微笑んだ。

 「ムサシ。犯人のメッセージの発信元を特定せよ」

 「特定します。お待ちください。……。発信元の特定はできません」

 「なに?」

 画面枠のポリストップの顔が怪訝になった。

 「ムサシが特定できないとは……」

 画面枠の長髪の顔が、苦虫を噛みつぶしたような表情になっている。

 「ムサシを騙せるほどの技術力と操作力を持っているということだな」

 静かに発した声とは裏腹に、画面枠の丸顔は緊張している。

 「これで犯人像は絞られる。犯人としての可能性が高いバイテクペットの特性は、優れた知性だ」

 バイテクペットが犯人だと決め付けているのは、やはり髭面の顔だった。その画面枠の表情は自信満々だ。

 ユウは暗澹とした顔付きになり、識別バイテク量子コンピュータに指示を出した。

 「カスミソウ。ポリス会議から退席せよ」

 ユウの指示で、画面枠のユウの顔が脱分化し、カスミソウの蕾に戻り、それが見る間に枯れてバイテク床に落ちた。同時に、ポリス会議の画面も脱分化し、バイテク壁に戻った。

 「バイテクペットが犯人だと見せ掛けられていることを俺が証明する。兎兎。タイムトラベルの準備をする」

 バイテク壁を見詰めたままでユウは、バイテクペット兎兎を思い遣った。

 「わかった」

 何もかも受け止めるように返事をしたバイテクペット兎兎は、いつもユウの心に寄り添っている。

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