21XX年 第七話
「ムサシ。未知の細菌をスキャンし表示せよ」
ポリストップの声が響いた。
「実行します」
バイテク量子AIムサシが答えた後、画面に四次元時空ライブ映像が表示され、バイテク菌糸が俯瞰的に映し出された。まず、バイテク量子AIムサシを起点としたバイテク菌糸が放射状に伸び、それらのバイテク菌糸から網目状にバイテク菌糸が伸びて繋がっている様子が映し出され、その後、観測データの感染発症地点が赤色に染まり、赤色が見る間に広範囲にわたって染まっていく様子が映った。かなりの範囲まで感染発症していることが見て取れた。
「未知の細菌を追跡します」
バイテク量子AIムサシの声が響いた。
画面で赤色に染まっている一部分がズームインされていく。一本のバイテク菌糸が映り、その太さの表示が右下に出た。二十マイクロメートル。画面が切り替わって、バイテク菌糸の断面が映り、その中をズームインしていく。
「未知の細菌をスキャンし、セーブします」
バイテク量子AIムサシの声の後、線毛と鞭毛が生えた円柱形の未知の細菌が映し出された。右下に大きさが表示される。一マイクロメートル。左上に時刻が表示された。今から一秒前。見た目は単球菌に似ている。
「ムサシ。未知の細菌の塩基配列と分子構造を表示」
ポリストップが指示を出した。
画面が切り替わって左右に二分割され、左側に塩基配列が、右側に分子構造が映し出された。
「どういうことだ?」
画面枠のポリストップの顔が首を捻った。
「ムサシ。なぜ表示されている塩基配列と分子構造に、空白部分があるのか?」
「未知の塩基対があるからです」
バイテク量子AIムサシの答えに、画面枠のポリストップの顔がぎくりとして黙り込んだ。
「バイテクではないただの細菌に未知の塩基対が? そんなことがありえるのか……」
呆然とした声を出した画面枠の髭面の顔が当惑している。
「ムサシ。未知の遺伝子があるということか?」
噛み締めるように問い掛けるポリストップの声が響いた。
「はい。未知の遺伝子です。未知の塩基対を持つ遺伝子です」
バイテク量子AIムサシは答えるのと同時に、映し出している塩基配列と分子構造の空白部分を赤色に染め、それぞれの右下に、赤色は未知の塩基対と表示した。
「ムサシ。その未知の遺伝子の推定できる機能は?」
「トランスポゾンです」
「ジャンピング遺伝子か……」
考え込むように言ったポリストップが、思い当たったとばかりに声を上げた。
「だからか! 異常なまでの速度で変異し続けるのは、未知の遺伝子があるからだ」
「ジャンピング遺伝子があると変異しやすいが、それが未知となれば尚更だな」
静かに言った画面枠の丸顔は、至って落ち着いた表情だ。
「たとえ日本吉備バイテクドームが枯れ果てたとしても、この感染発症は日本吉備バイテクドームだけで終息させなければならない」
ポリストップの覚悟を決めた声が響いた。
「ムサシ。ポリスバイテク建築樹木に居るヒト以外の避難が完了したら、隣のバイテクドームと繋がる根を断ち切り、日本吉備バイテクドームを隔離せよ」
「実行します」
ポリストップの指示に、バイテク量子AIムサシが答えた。
「ムサシ。未知の細菌の感染発症日時と感染発症地点の名称を画面に表示せよ」
「表示します」
画面に表示された感染発症日時と感染発症地点の名称を、ユウは身を乗り出して見詰めた。
「やはり観測データと違うな」
確認したポリストップの声に、ユウは頷いた。
「ムサシ。ムサシの回答はなぜ観測データと違うのか?」
「未知の細菌の分子系統樹と三世因果から導き出したからです」
バイテク量子AIムサシの答えに、画面枠がざわつき始めた。
「ムサシはバイテク量子AIだ。それが、三世因果だって?」
「観測データを無視するなんて、訳が分からない」
「分子系統樹は理解できるが……」
「ムサシは壊れたんじゃないか?」
「三世因果を持ち出すなんて、科学の結晶であるムサシが科学を冒涜している」
声を上げる画面枠の顔は、怪訝や憤怒や困惑……様々な表情をしている。
「三世因果とは何ですか?」
騒然とする中、大声で問い掛けたのは、画面枠のグレイヘアの顔だった。
「三世因果とは!」
ポリストップが一喝するように怒鳴った。一瞬にしてざわつきは止まった。静けさの中、穏やかな口調で続ける。
「三世とは、過去、現在、未来。因果とは、原因から生まれる結果。三世因果とは、過去の原因が現在に結果として現れ、現在の原因が未来に結果として現れる、ということだ」
一旦言葉を切り、見解を述べる。
「ムサシは三世因果から、未知の細菌の感染発症日時と感染発症地点を導き出したのだろう。現在起こっている状況という結果から思考すれば、過去にどういう原因があったのか、未来がどういう状況になるのかを、見通すことができるからな」
「三世因果をアルゴリズム化して導いたということですね」
画面枠のグレイヘアの顔が感嘆の声を上げた。
「バイテク量子AIが仏になったとでも言うのか?」
ぼそぼそと言った画面枠の面長の顔は仏頂面だ。
「仏になったかどうかは知らんが、深層学習によって成長し続けてきたバイテク量子AIムサシは、地球上のバイテク量子AIの中で最高齢の百十一歳だ。博士が言っていたが、バイテク量子AIムサシだからこそ、ゲノムで繋がる時間というアルゴリズムが完成でき、バイテクタイムトラベル装置が完成したそうだ」
ポリストップの発言に、画面枠の皆の顔が考え込むように無表情になった。
静まり返った中、画面枠のポリストップの顔も無表情になった。思案している。
暫くして、意を決したポリストップの声が響いた。
「過去の調査を行う」
「過去を変えて現在を変えるということですか?」
早口で言った画面枠の長髪の顔が、呆れた表情をしている。
「過去は変えられない。ヒトがタイムトラベルで何かを為出かしても、変わることはない」
ポリストップが答えた。
「だったら、どういうことですか?」
「過去は変えられないが、過去から原因となる情報を手に入れれば、今の状況を打開できる方途を得られるからだ」
ポリストップの答えに、画面枠の長髪の顔が納得している。
「ムサシ。最も長い時間、感染発症せず、正常にコントロールし続けていける、バイテクタイムトラベル装置を有するポリスは誰だ?」
「この状況に於いて、バイテクタイムトラベル装置の使用は、一株だけになります」
「わかった」
バイテク量子AIムサシの言葉を受け入れたポリストップだが、画面枠の顔は苦渋に満ちている。一株となると、過去へ行けるのは一人だけになり、短時間での調査は厳しいからだ。
「選定します。お待ちください。……。識別バイテク量子コンピュータ、カスミソウTW4731ユウです」
バイテク量子AIムサシの答えに、ユウはぎくりとした。
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