21XX年 第六話

 「ムサシ。感染発症地点の感染発症状況を報告せよ」

 画面に表示されているカウントダウンが零になった瞬間、ポリストップの声が響いた。

 「最初に感染発症した日本四季バイテク建築樹木のバイテク案内コンピュータは、枯れて使用不能です。それと繋がるバイテク菌糸は、感染発症時間順に壊死が進んでいます」

 「ムサシ。日本吉備バイテクドームが枯れ果てる予測日数は?」

 「八日後です」

 「そんなに早く……」

 震える声を出したポリストップの画面枠の顔は落胆している。だが、はっとした声を上げた直後には、思い出したという表情になった。

 「ムサシ。危険度九十五パーセントの残り五パーセントは何だ?」

 「危険分子には弱点があります」

 「その五パーセントに賭けよう」

 画面枠のポリストップの口元がにやりとした。

 「ムサシ。危険分子の弱点を攻撃しろ」

 「危険分子の弱点である増殖機能を攻撃します」

 バイテク量子AIムサシの声が響いた。

 画面枠の皆の顔は無表情になり、静まり返った。ユウは拳を握り、何も映らない画面を睨み付けるようにして見詰めた。

 時間の経過が長く感じられてきたとき、バイテク量子AIムサシの声が聞こえてきた。

 「増殖の抑制に成功しました。増殖の抑制を持続させるシステムを構築します」

 この声に、ユウは肩の力を抜いた。

 暫くして、バイテク量子AIムサシの声が響いた。

 「増殖抑制持続システムの作動は八十六パーセント」

 「百パーセントじゃないのか?」

 期待外れだと言わんばかりの声を上げたのは、画面枠の髭面の顔だった。その表情はがっかりしている。

 「ムサシ。百パーセントでなく、八十六パーセントの作動の理由は?」

 苛つきを抑えたようなポリストップの声が響いた。

 「増殖機能も変異し続けている為、増殖抑制持続システムの作動に限界がある為です」

 バイテク量子AIムサシの答えに、ポリストップの舌打ちが微かに聞こえてきた。だが、それを打ち消すように、バイテク量子AIムサシの声が聞こえてきた。

 「増殖抑制持続システムに、処置対策を付加し、ランダム機能を加えて対処します」

 「ムサシ。対処せよ」

 画面枠のポリストップの顔が、微かに柔和になった。

 暫くして、バイテク量子AIムサシの声が響いた。

 「増殖抑制持続システムの作動を、八パーセントアップしました」

 「八……」

 それだけかと言うように、画面枠のポリストップの顔が憮然とした。だが、気付いたと希望のある声を上げた。

 「増殖抑制持続システムの作動は、九十四パーセントになったということだな。ということは……ムサシ。日本吉備バイテクドームが枯れ果てる予測日数は?」

 「十一日後です」

 「三日増えるだけか」

 ポリストップの苦笑いするような声が聞こえてきた。だが、画面枠のポリストップの顔は、前向きに進む気概に満ちている。

 「ムサシ。危険分子の構造傾向から、バイテク違反の犯人を特定せよ」

 「危険分子はバイテク分子ではありません」

 バイテク量子AIムサシの答えに、画面枠がざわつき始めた。画面枠の顔は皆、驚いている。危険分子とはバイテク分子だと、みんな決め付けていたからだ。

 「ムサシ。この危険分子は何だ?」

 「未知の細菌です」

 「さ、細菌?」

 画面枠のポリストップの顔が唖然となった。

 「ウイルスでなく……細菌? 未知といえども、ただの細菌が? ありえない!」

 大声を上げた画面枠の髭面の顔が目を丸くしている。

 「今のこの科学で、殺すことのできない病原体などない」

 今まで黙っていたユウが、思わず声を上げていた。画面枠にあるユウの顔は、拳を握るように緊張している。

 「そういう考え方が盲点なのかもしれん」

 ポリストップの声が静かに響いた。

 「いにしえから、細菌はウイルスと同様に、変異し続けてきた。歴史上、耐性菌とヒトの戦いは……」

 「それは遠い昔の話だ。今では変異したとしても、完璧に抹殺できる」

 ポリストップの言を遮った画面枠の面長の顔は興奮している。

 「それはそうですが、それがとうとうバイテク耐性菌が生まれたということなのではないでしょうか」

 落ち着き払った物言いをしたのは、画面枠のグレイヘアの女性だった。彼女はユウが所属する違法バイテク製品取締りチームのG地区リーダーだ。

 「そうだとしても、ウイルスならまだしも細菌がここまでの脅威になるとは……」

 画面枠の面長の顔は、納得が行かない表情だ。

 「そういう考え方、先入観が、盲点ということだ」

 ずばりと言ったのは、画面枠にある深い皺が刻まれた丸顔だった。その表情は威厳に満ちている。画面枠の面長の顔が、沈黙して無表情になった。

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