21XX年 第四話
「抹殺不能。危険度七十五パーセント。抹殺不能の原因は危険分子の再変異の為。再度危険分子の分子構造を解析し、抹殺バイテク分子を再構築し、投与します」
ユウはバイテク長椅子に深くもたれ、画面に表示された文字を睨みつけている。
「再変異だって? こんなことは初めてだ」
苛立ちを落ち着かせようと、ユウはバイテク長椅子から立ち上がった。バイテク壁まで歩み寄ると、識別バイテク量子コンピュータに指示を出す。
「カスミソウ。窓を出せ」
指示通りに、バイテク壁が分化していく。数分ほどで、窓に分化した。バイテク壁はバイテクドームと同じバイテク細胞壁で出来ているが、窓に分化するときだけ透明になる。窓からバイテク天井と同じ光が差し込んできた。正午にはまだなっていないが、明るい日差しだ。
「カスミソウ。窓を開けろ」
ユウの指示で、透明なバイテク細胞壁がアポトーシスし、穴が開いた格好で窓が開いた。ユウはそこから顔を突き出し、思いっきり深呼吸をする。
バイテク鳥が飛んでいたり、バイテク蝶が舞っていたり、バイテク昆虫もいたりと、いつもながらの和やかな雰囲気だ。
上空を仰ぎ見ると、透明なバイテクドーム越しに、自然の青い空が見える。
「自然区域は秋だな」
目を閉じたユウは、バイテクドームの側壁近くにあるバイテク展望台から、自然区域の秋の森を眺めた時の景色を思い出した。
「紅葉がとても綺麗だった」
気分を落ち着かせたユウは、指示を出して窓を閉めると、バイテク長椅子にもたれた。
程無くして、アラームが鳴り、画面が切り替わって文字が表示された。
「抹殺不能。危険度八十五パーセント。抹殺不能の原因は危険分子の再変異の為。再変異した危険分子を解析して抹殺バイテク分子を再構築する所要時間よりも、危険分子が再変異する速度の方が早い為に抹殺は不可能です」
読んだユウはうろたえた。
「変異し続けているってことか? ありえない」
バイテクペット兎兎が帰還する時刻だが、それを忘れるほどに、ユウは前のめりになって頭を抱えた。
その間、バイテクペット兎兎が使用するバイテクタイムトラベル装置の茎から伸びる、複葉の頂小葉に刻まれていた帰還年月日と帰還時刻が消えた。それと共に、頂小葉の先に咲いていたレンゲソウの花が萎み、頂小葉ごと枯れてバイテク床に落ちる。その後、左右交互に段違いで葉柄についていた小葉が、遡っていた時代から帰還する経過で、一年単位で一枚ずつ、頂から順番に枯れ落ちていく。全ての小葉が枯れ落ち、葉柄が枯れ落ちると、識別バイテク量子コンピュータを包み込む単葉が開き、巨大なハスの蕾が花開いた。
花開いた花托状の寝台で、横になっていたバイテクペット兎兎は目を覚ました。軽く背を伸ばし筋肉の凝りをほぐし四肢を立てると、ハスの花弁を跳び越えバイテク床に着地した。蕾に戻ったバイテクトラベル装置の茎から伸びる単葉の上に置かれている、レンゲソウの種という基本形の識別バイテク量子コンピュータを長い耳で取ると、囁くように指示を出し、一センチ幅の帯状の首輪に分化させ、長い耳で器用に自らの首に巻き付ける。その直後には、長い耳が異変を感知し居間へ向いた。急いで駆け付ける。飛び跳ねて向かう姿は、バイテクタイムトラベル装置を長時間使用したヒトならば有り得ない回復力だ。
バイテクペット兎兎はユウの横に飛び乗った。バイテク長椅子の振動で、ユウは思い出して振り向いた。無事に帰還したバイテクペット兎兎を見て微笑む。
「おかえり」
「ただいま」
愛嬌よく長い耳を振ったバイテクペット兎兎に、思わずユウの強張っていた表情が柔和になった。だが、バイテクペット兎兎の視線がきりりと上方に向かうと、ユウも再び険しい表情になって、同じように画面を見詰めた。その時、ユウの識別バイテク量子コンピュータに花芽が付き、カスミソウが咲いたと同時にアラームが鳴った。
「カスミソウ。通信を開け」
ユウが指示を出すと、識別バイテク量子コンピュータに咲いていたカスミソウが凋落し、そこから蔓が伸び、蔓先に葉が付き、葉が二インチの画面に分化し、文字が表示された。
「ポリス会議の招集だ」
読んだユウは、慌てて指示を出す。
「カスミソウ。全ての画面を閉じろ」
ユウの指示通り、識別バイテク量子コンピュータから分化していた二つの画面は見る間に枯れ、バイテク床に落ちた。落ちたそれらは固体だが、バイテク床はまるで液体を吸収するかのように、速やかにそれらを分解して吸収した。バイテク床は、分解の観点からの有用な遺伝子が組み込まれている。ゲノム操作されたバイテク製品だ。だから、自然の土壌に住む分解者と似た作用を持っている。といっても、その作用は数百倍だ。
深呼吸したユウは襟を正し、バイテク長椅子に浅く腰掛け直すと、指示を出した。
「カスミソウ。ポリス会議にアクセス」
「アクセスします」
識別バイテク量子コンピュータから音声が流れた。
「アクセス完了。出席しますか?」
識別バイテク量子コンピュータからの問い掛けに、ユウは毅然と声を上げる。
「出席する」
「ポリス会議の画面を設定します」
識別バイテク量子コンピュータは音声を発しながら設定を開始した。
眼前に形成されていた窓が脱分化してバイテク壁に戻り、そこが再び分化していく。見る間に百インチの画面が形成され、画面枠となる周囲に、招集された識別バイテク量子コンピュータの基本形植物の花芽がずらりとつき、一輪ずつ咲き始める。アヤメ、シャクヤク、ダリア、ユリ、ナデシコ、グラジオラス、アジサイ、キク、ネモフィラ、キキョウ、マリーゴールド……次から次へと様々な花が、画面を取り囲むようにして咲いていく。同じ花だとしても色が違っていたりする。これらの花は出席者だ。陸続と咲いていく花が意味するのは、日本吉備バイテクドームのポリス全員が出席している証だ。
画面枠が色取り取りの花で埋め尽くされた後、それら全ての花がそろって蕾になった。
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