21XX年 第三話 タイムトラベル

 アネハヅルが空を翔けている。

 「僕はウサギだが、今はアネハヅルだ。僕の記憶ゲノムがアネハヅルの死骸に入っているからだ。僕がタイムトラベルでアネハヅルを選択するのは、迷鳥だったからだ」

 バイテクペット兎兎は、アネハヅルの境遇に自分の身上を重ねていた。

 「なぜ僕がタイムトラベルで、いつも同じ年月日に行って、同じルートを辿るのか……」

 アネハズルの体で羽ばたくバイテクペット兎兎は、眼下に広がる自然区域を見下ろした。

 「僕は放浪の末、この地に居着いたんだ」

 バイテクペット兎兎は下降を始めた。

 「なぜなら、この地へ辿り着いた時に目にした光景が、僕の心に希望の花を咲かせたからだ」

 バイテクペット兎兎は、氷の張った湖面に舞い降りた。そこには、フロストフラワーが咲いている。

 「この光景に出会うまで、僕の凍てついた心と体は、酷寒で縮み上がるようだった。でも、フロストフラワーを目にした瞬間、ぽっと胸が温かくなり、それがじわりと全身に広がり、心と体は温かくなった。その時、凍てついた湖面に花が咲くように、凍てついた心にも花は咲くって思えたんだ。いつかきっと僕の凍てついた心にも、笑顔になれる花が咲くって……」

 フロストフラワーを見詰めるバイテクペット兎兎の心には、このときの希望通りに花が咲いている。

 「僕は数十年ここにいて、ようやく故郷の地に戻ろうという気持ちになれたんだ」

 微笑んだバイテクペット兎兎は、両翼を伸ばした。咲き誇るフロストフラワーの湖面から、向かい風に乗って飛び立った。上昇気流に乗ってぐんぐん高度を上げていく。故郷に向かって飛んでいく。

 「空から見下ろす地球には森しかない。建築物も道路も線路も皆無だ。車もなければ、船も浮かんでいない。飛行機も飛んでいない。こんな状態になったのは、僕が故郷を離れてから数十年経った頃だった」

 バイテクペット兎兎は気流に身を任せ、気ままにのんびりと飛んでいく。

 「一世紀前、環境問題やエネルギー問題を解決する、植物の光合成が作り出すATPという化学エネルギーで動く、植物をゲノム操作したバイテク製品が開発された。バイテク動物やバイテクペットなどを除いた、バイテク家電やバイテク雑貨やバイテク衣類などのバイテク製品は、基本の植物ゲノムに脱分化と再分化を何度でも繰り返すバイテクカルス遺伝子や、分化を十数秒から数分で成し遂げるバイテク酵素遺伝子などを組み込んでゲノム操作し、それに分化プログラムを組み入れた分子ほどのバイテク量子コンピュータが組み込まれている。分化プログラムとは、折り紙ソフトを利用して作られた、遺伝子発現を操作するコンピュータプログラムで、これによって目的の形状にバイテクカルスが分化する。バイテク製品は自己修復にも優れており、建築物から日常品、ライフラインまで全てがバイテク製品へと置き換わり、社会構造はバイテク社会へと移行した。それに伴い、ヒトはバイテクドームで暮らすようになり、バイテクドーム内でバイテク製品によって生活する居住区域と、バイテクドーム外の自然区域に別れた。ちなみに、バイテクドームには四季というものはなく、気温や湿度は一定に保たれ、ヒト以外の自然の動植物は無い」

 梢にとまって休憩しながら、バイテクペット兎兎は長距離を移動していく。

 「そろそろ目的地の故郷だ。といっても、僕が故郷を離れる時には、バイテクドームなどなかった」

 バイテクペット兎兎は見下ろす目を凝らした。

 「森の一画が、透明なバイテクドームで覆われている。一画といっても、かなりの広範囲だ。一つの巨大な都市がすっぽりと収まっているからだ」

 バイテクドームは、植物の細胞壁をゲノム操作した透明なバイテク細胞壁で出来たバイテク製品だ。地球上にはこのようなバイテクドームが点在している。

 「バイテクドーム内も森だ。でも、この森の樹木は全て、バイテク建築樹木だ」

 滑空を始めたバイテクペット兎兎は、徐々に高度を落とし、透明なバイテクドームに近寄っていく。

 「僕の故郷にあるバイテクドームの名は、日本吉備バイテクドームだ」

 近付くにつれ、バイテク建築樹木は自然の樹木とは明らかに違うことが分かってくる。なぜなら、バイテク建築樹木は異様なまでに巨大だからだ。

 バイテクペット兎兎は日本吉備バイテクドームの中央に位置する、一際巨大なバイテク建築樹木に迫った。

 「このバイテク建築樹木の根だけが、他のバイテクドームの巨大なバイテク建築樹木の根と繋がっていて、ハブの役目をしている。だから、このバイテク建築樹木は、ハブバイテク建築樹木と呼ばれている」

 バイテクペット兎兎は尾羽をねじって旋回し、小振りなバイテク建築樹木が密集するX地区に向かった。

 X地区の端っこにあるバイテク建築樹木の根元にある公園には、バイテク地面から生えた植物が、ちょっとした遊具に分化したり、ベンチに分化したりしている。

 バイテクペット兎兎は羽ばたきを緩め、透明なバイテクドーム上にとまると、上空から小さな獲物を捕らえるかのように、葉叢の隙間から見え隠れする公園のベンチに座って古びた紙の本を読むヒトの姿を捉えた。それと共に、ちょろちょろするバイテクウサギたちの姿も捉え、その中にいる自分の姿を捉えた。

 「僕はこの本のタイトルを見て、思わず近寄ってしまったんだ」

 思い出したバイテクペット兎兎の心は、ユウの元へと飛んだ。

 「ユウは今、何をしているかな?」

 翼を広げたバイテクペット兎兎は、帰還する為に飛び立った。

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