21XX年 第二話

 鳴ったアラームで目を覚ましたユウは、駆除終了だろうといった落ち着いた表情で、手を振って画面を眼前に向けた。

 「抹殺不能。危険度六十パーセント。抹殺不能の原因は、危険分子が変異した為。再度危険分子の分子構造を解析し、抹殺バイテク分子を再構築し、投与します」

 目を見張ったユウは体を起こし、声を上げた。

 「カスミソウ。四インチ画面に変更」

 ユウの指示で、二インチの画面の縁が見る間に細胞分裂し、四インチの画面に再分化した。

 再度文字を読んだユウは徐に立ち上がり、脱いだバイテク寝巻をバイテク籠に仕舞うのと入れ違いに、バイテク衣服を取り出してバイテク長椅子の上に置く。まずは幾重もの花弁で作られた青色のトップスを被り着て、細長い茎のような茶色のボトムスを穿いた。

 「カスミソウ。飲料水を」

 指示を出しながら再びバイテク長椅子に座ると、背後のバイテク壁から蔓が伸び、蔓先が回り込むようにしてユウの口元にきた。その蔓先を口に含んだ直後、アラームが鳴り、画面が切り替わった。

 「安全確保の為、使用中のバイテクタイムトラベル装置を除いて、ドーム内のバイテクタイムトラベル装置を使用停止にしました」

 表示された文字にユウはぎくりとした。バイテクタイムトラベル装置が感染発症すれば、誤作動が起きてこの時代に帰還できない可能性があり、それは死を意味するからだ。

 ユウは玄関ドアがある隣室とは別の隣室へ続く、開けっ放しのバイテク襖から見える、巨大なハスの蕾を見遣った。このハスが、記憶ゲノムを利用したバイテクタイムトラベル装置だ。

 記憶ゲノムは、エピゲノムと似たような仕組みで機能していて、記憶において重要な役割を担っている。動物の死骸からは発見されず、生きた動物の脳に存在する記憶ゲノムは、記憶クローニングの開発途中で偶然発見された。未だに記憶クローニングには成功していないが、記憶ゲノムでタイムトラベルできる事が分かり、バイテクタイムトラベル装置は出来上がった。今では、バイテクタイムトラベル装置は各家庭に一株ある。

 腰を上げたユウは、心配そうな顔付きで、使用中のバイテクタイムトラベル装置に近寄った。

 「大丈夫だ。バイテクタイムトラベル装置の使用を停止したのは、使用中のバイテクタイムトラベル装置に集中してコントロールする為だ。そもそもバイテクタイムトラベル装置は専用のバイテク菌糸で、普通のバイテク菌糸よりも堅固に守られている。大丈夫だ」

 自分に言い聞かせるようにユウは、バイテクタイムトラベル装置である巨大なハスの蕾に向かって語りかけた。そして、その中で横たわり、タイムトラベル中のバイテクペット兎兎を思い浮かべた。

 バイテクペット兎兎は、ユウのペットだ。幼い頃に両親から贈られた。バイテクペット兎兎の特性は優れた知性で、ウサギを基本形にゲノム操作されている。このようにバイテクペットは、顧客の希望する種類と特性に合わせ、ゲノム操作されたバイテク製品だ。

 「タイムトラベルは順調だ」

 ユウは複葉の頂小葉の先に咲いているレンゲソウの花が、生き生きしていることを確認し、頂小葉に刻まれている帰還年月日と帰還時刻を確認して胸を撫で下ろした。

 巨大なハスであるバイテクタイムトラベル装置の、太くて短い茎から伸びる二本の葉柄の一本は複葉で、もう一本は単葉となっている。単葉にはバイテクタイムトラベル装置を使用する者の、識別バイテク量子コンピュータが包み込まれリンクされている。

 「兎兎。再構築した抹殺バイテク分子が作動し、全てがきれいに片付いた頃のご帰還だな」

 語りかけたユウは口元を綻ばせたが、あることを思い出して不思議そうに呟いた。

 「なぜいつも同じ年月日にタイムトラベルをするんだ? 何時だったか忘れたけど、そのことを聞いた時、笑ってはぐらかしたよな」

 釈然としないユウだが、まあいいかと頭脳を切り替える。

 「楽しいか?」

 ユウはバイテクペット兎兎のはしゃぐ姿を思い浮かべた。

 灰色の長い耳。口周りから鼻筋が白い、灰色の顔。背中は灰色だが胸や腹は白色。四肢は灰色。丸い尻尾の表は黒色で裏は白色。そんな全身で高低左右に飛び跳ねて走り回る。

 想像したユウは穏やかな表情になった。

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