バイテク量子AI/バイテク社会
月菜にと
第一章 21XX年
21XX年 第一話
バイテク枕に沿う短髪、バイテク寝巻の袖から覗く色白だが筋肉質な腕。就寝中のユウの左手首に巻かれている幅一センチの帯状のブレスレットから、花芽が出てカスミソウが咲いた。開花まではわずか十五秒ほどだった。
このブレスレットはユウの識別バイテク量子コンピュータで、ゲノム操作した植物の種に、分子ほどのバイテク量子コンピュータが組み込まれたバイテク製品だ。ユウはブレスレットに分化させているが、どんなものにも分化させることができる為、大抵のヒトはファッションに合わせて分化させ身に着けている。ユウがずっとブレスレットのままにしているのは、ファッションに興味が無いということもあるが、気骨な性格が現れている。ユウの識別バイテク量子コンピュータの基本形は、カスミソウの種だ。基本形の植物の種は、好みの植物をバイテクドーム政府に申請すればいい。だが、申請も登録も一度きりだ。その植物の種に己のゲノムと声紋を登録すれば、ライフラインからあらゆるバイテク製品まで、全てをコントロールできる。名称の頭にバイテクが付くものは、ゲノム操作されたバイテク製品だ。ゲノム操作では、ゲノムDNAだけでなくエピゲノムも操作している。また、殆どのバイテク製品は植物ゲノムから生み出されている。
ユウの識別バイテク量子コンピュータからカスミソウが咲いたのは、通信が入ったからだ。アラームも鳴っているが、ユウは一向に目を覚まさない。決められているアラーム回数以上になった所で、通信は勝手に開き始めた。咲いていたカスミソウが凋落し、そこから蔓が伸び、蔓先についた葉が二インチの画面に分化し、文字が表示された。ポリスバイテク量子コンピュータからの監視速報だ。
ユウはポリスで、違法バイテク製品取締りチームに所属している。九歳の時に両親を亡くしてから、バイテクドーム政府から一定の生活と教育を受け、その後はいろんな生業をしながらポリス試験に合格する為に努力をし、若くしてポリスになってから三年目だ。
アラームが鳴り続ける中、ようやく目を覚ましたユウは、早朝に起こされいかにも不機嫌そうな顔付きで、手を振って画面を眼前に向けた。画面に分化したといっても、葉なので紙一枚の重さしかない。また、どんなに荒っぽく振ったとしても、強靭な蔓は折れることはない。
「カスミソウ。目覚ましアラームは解除」
ユウは識別バイテク量子コンピュータの基本形植物名を呼び、指示を出した後、画面に表示されている文字を読んだ。
「バイテク菌糸に違法分子が侵入。違法分子をスキャンしています」
驚くこともなく、ユウは欠伸をした。これくらいのことは、たまにあることなのだ。
バイテク菌糸とは、居住空間を仕切っているバイテク壁などに組み込まれている通信網で、バイテク量子AIから放射状に広がっている。バイテク量子AIは、世界各国に点在するバイテクドームに一株だけ設置されていて、ライフラインからバイテクドームの全てを管理している。そんなバイテク量子AIは、バイテク製品に組み込まれているバイテク量子コンピュータと繋がり、統括している。だが、それらのバイテク量子コンピュータにはバイテク量子AI制御プログラムが組み込まれていて、バイテク量子AIを取り囲む壁のように見守っている。
ユウが住む日本吉備バイテクドームのバイテク量子AIの名はムサシだ。バイテク量子AIムサシと繋がる各地区バイテク量子コンピュータ、ポリスバイテク量子コンピュータ、ライフラインバイテク量子コンピュータ、日本吉備バイテクドーム政府バイテク量子コンピュータ、バイテクタイムトラベル装置は、それぞれが隔絶した専用のバイテク菌糸で繋がっている。
アラームが鳴り、画面が切り替わって文字が表示された。
「違法分子のスキャン結果は危険分子です。危険度十パーセント」
続いて、別の文字も表示された。
「バイテク免疫システムを作動します」
仰向けのままでユウは、大体の時間を確認する為、丸っこい目でバイテク天井を見遣った。暁の様相を呈している。
バイテク天井の明かりは、バイクドーム外の明かりに同調している。変更することもでき、識別バイテク量子コンピュータに指示を出せば、好みの明るさにできる。だが、ユウはこの通常モードの明かりのまま、薄暗い中で身を起こし、バイテク寝台の縁に座った。バイテク寝台は、ゲノム操作したソラマメのワタをマットレスにしたバイテク製品だ。
ユウが手櫛で短髪の毛を整えていると、アラームが鳴り、画面が切り替わって文字が表示された。
「駆除不能。危険度二十パーセント。危険分子の分子構造を解析します」
暫くして、アラームが鳴り、画面が切り替わって文字が表示された。
「解析した危険分子の分子構造に対し、バイテク免疫システムを再構築して作動します」
平然とユウは、寝室から隣の部屋へ向かおうと腰を上げた。閉じているバイテク襖の前に立つと、感知して開く。玄関ドアを横目にしながら、バイテク壁から伸びる枝に掛かるバイテク衣服を手に取り、開けっ放しの襖から隣の部屋に入る。そこは居間だ。バイテク壁に沿って配置しているバイテク長椅子に腰掛けると、斜め前方にあるバイテク籠にバイテク衣服を投げ入れた。バイテク長椅子にもたれると、バイテク寝台と同じバイテクソラマメのワタが、正しい姿勢になるように支える。
ユウの自宅は、バイテク建築樹木の五階だ。バイテク建築樹木は、樹木をゲノム操作したバイテク製品で、見た目は巨大な一本の樹木だ。その幹の中に、輪状空間の家が上下にずらりと並んでいる。輪状空間となっているのは、中央にバイテクバブルモーターという乗り物が通るバイテク維管束があるからだ。バイテク維管束は、植物の維管束をゲノム操作したバイテク製品だ。それはバイテク建築樹木の幹だけでなく根にもあるので、根先と根先が繋がる別のバイテク建築樹木や別のバイテクドームにも、バイテクバブルモーターで移動できる。
玄関ドアは、バイテクバブルモーターのドアだ。そのドア前で識別バイテク量子コンピュータに指示を出せば、ドア内部のバイテク維管束の一部が細胞分裂し、バイテクバブルモーターに分化し、ドアが開く。バイテクバブルモーターに乗り込んで目的地に到着して降りると、バイテクバブルモーターはバイテク維管束によって分解され吸収される。
「駆除不能。危険度四十パーセント。危険分子を駆除する抹殺バイテク分子を構築し、投与します」
アラームが鳴って画面が切り替わり文字が表示された。食い入ったユウだが、動じてはいない。たとえ高度なバイテク危険分子だとしても、分子構造を解析し、それにあった抹殺バイテク分子を構築すれば、駆除できないものはないからだ。
高を括っているユウの瞼は、二度寝したいといわんばかりに、閉じかけようとしていた。
「カスミソウ。バイテク長椅子の右側肘掛けに、硬めの枕を配置」
ユウの指示通り、識別バイテク量子コンピュータは、バイテク長椅子に組み込まれているバイテク量子コンピュータにアクセスし、分化プログラムを作動させた。
あっという間に、バイテク長椅子の右側肘掛けは細胞分裂し、硬めの枕に分化した。
「カスミソウ。枕の硬さを一段階柔らかく」
横になって枕に頭を据えたユウは、再び指示を出し、瞼を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます