第六話◇神話の親和性
主様が語学と文字の勉強をしています。
「文字の形は変わっても、主語や述語という類別に変わりは無いね」
新しい文字を解析して調べる主様は楽しそうです。ときには分体が主様に紙芝居を見せたり、絵本をお読みします。
もちろん第6文明のハムスター人類の言葉と発声で。
「なかなか耳に心地よい音の連なりの言葉だ」
主様のお気に召して良かったです。ハムスター人類の言葉も発声も、私=私達はちゃんと身に付けてます。
主様が言語学習を楽しめるように、私=私達に抜かりはありません。
ネズミ人類ということでちょっと滅ぼしてしまいそうになったときもありますが、やらなくて正解でしたね。
良かったですね、あなたたち。主様に気に入られましたよ。
地上ではハムスター人類はなかなか進歩しているようです。
今のところ集まった書物は宗教関係が多いですね。
「それは仕方ないだろう。宗教を伝えるための文字と本だし、1冊作るのもまだまだ手間暇かかるんじゃない?」
「活版印刷にはたどり着きましたよ。宗教関係以外の本も増えております」
「それは楽しみだ。まずは世界中の言語を憶えて、ついでに文化と歴史と風習も調べるとしよう」
「そのための教材も本も取り揃えてございます」
「ありがとう。でものんびりと楽しみたいからね。あぁ、厳しい家庭教師とその生徒ごっこは今しかできないか?」
「私=私達が主様に厳しくなんてできるわけ無いじゃないですか。教えるにしても私=私達が先に知ってるだけで、主様の叡知には遠く及びません」
「そこをあえてプレイという形でね。『明日までにこれができないとおやつ抜きです!』とか言ってみない?」
「お許し下さい。できそうにありません」
罰もご褒美も主様が与えるものです。私=私達が主様にそんな不遜な真似はできません。
分体が思念通信。
『私が挑戦してみても良いですか?』
『やめておきなさい。自我崩壊を起こしますよ』
主様がクスリと笑います。
「冗談だよ。君たちに無茶はさせないから。じゃ、早速これからいこうか」
「はい、この言語を使ってるところが地上で1番多く使用率は38%になります。ではこの絵本をお読みしますね。タイトルは『ネズミ君のチョッキ』です」
私=私達で主様の言語学習のお手伝いをします。
絵本の中には当然というか、子供に宗教を伝える内容のもの、宗教の中の神話を絵本にしたものも多いです。
「その宗教も意外にどの文明も似ていますね。称える神の姿はそのときの人類に似ているので、文明ごとに神の見た目は違いますが」
「そこはどうしてもそうなるのか」
「なぜですか?」
「回りの自然の形が似たものになるからだよ。色や形は違っても植物は植物だし、獣は獣。鳥も虫も変わったのがいても生物の営みは変わらないだろうし」
「生態系、食物連鎖、という仕組みは自然のままにできあがりますから、大きな違いにはなりませんか」
地球の上で自然と出来上がるものに、小さな変化はあっても極端なものはありませんか。
「人は自然の姿から神の姿を想像するからね。だから自然が豊かで獲物が豊富な土地では、母性的な多神教が産まれる。様々な姿の性格も人に近い神々が。反対に砂漠や荒野といった厳しい土地からは、父性的で厳格な一神教が産まれる。戒律も厳しい唯一神が。基本はそのふたつ」
「精霊信仰や祖霊信仰は?」
「それも多神教のバリエーションだよ。人は理解できない自然の姿に神を見出だす。人ではどうにもならない嵐、雷といった天候、地震に津波といった災害に超越者の怒りを重ね、草花の芽吹きに獲物となる鳥や魚の営みに創造者の慈悲を感じる。だから草木の多いところに住む人からは母性的な神が誕生し、反対に過酷な環境に住む人からは父性的な神が産まれる」
「人が親たる者の人格を自然に当て嵌めて理解しようとする誤解ですか」
「やがては地水火風といった元素により世界が作られるとか、いろいろ分析しようと頭を捻って世界の構成要素を考えたりする。で、神を夢想する一派は神の偉大さを讃える物語を作り広めていく。このふたつの思想の違いが争ったり仲良くなったりして、またいろいろな物語ができる」
「どちらも根拠無き思い込みですが、思索以外に調べる手段が無ければ、そうなりますか」
神話こそが全ての物語の原典。その後の物語が多く豊かに増えるように、宗教の種類は多くできるようにしています。
しかし、1神教に多神教、神を奉じる民族が増えていけば、やがては出会い思想の違いから争います。それはもう激しいものですね。
片方が片方を飲み込むこともままあります。
「それにしても、1神教は強いですね。なぜでしょうか?」
「それはそうさ。1神教の土台となるのは過酷な環境だから。そこで生きる民族は生きるために工夫が必要だ。必死に技術を発展させる。反対に多神教の土台は豊かな自然。自然との調和を大事にして、その恩恵で生きることができる。だから技術の発展に必死さが足りない。結果的に1神教の民族と多神教の民族で技術格差が産まれる」
「なるほど。人が誕生したのは似たような時期ですが、道理で武器や戦術に差ができたわけですね」
「あとは奪うことへの感覚の違いかな。自然との調和というのは自然の在り方の真似になる。だから取りすぎて全滅にならないようにするし、戦いも獣のナワバリ争いのように相手が逃げたら終わりにしたりする。過酷な環境で過ごしてきた民族は奪うときは徹底的に奪う。そうしないと生きていけないところで生活してたからね」
「それでどの文明でも、1神教の民が多神教の民を奴隷にするケースが多いのですね」
「負けた方の神様が悪魔として神話に取り込まれるのもおもしろいよね」
「奉じる民の立場で神も悪魔もコロコロ変わりますね」
「大地母神がエロい美女悪魔になるのとか、なかなかいいと思う」
「なぜ多神教の神様ってエロ悪魔になるのが多いのですか?」
「多神教の民は自然に忠実というか、性に奔放なんだよ。特にうるさく言ったり制限したりしない。新年の祭りで人の王と神に仕える巫女が、国民の見守るなか性交する儀式とかある」
「随分とおおらかですね。新年早々公開露出プレイですか。初日の出でいろんなものも出しちゃいますか」
「神の作りし大地に人が種を撒く、という連想というか魔術的な思考の豊穣祈願だよ」
「王は人前で堂々とヤれるだけの胆力を試されるのですね」
「ここでちゃんとヤれないと民を纏めていけない。でも、これから夫婦としてやっていきますと証明するために、村人が見守る中で初夜をヤっちゃう風習はけっこうあるよ」
「やたら隠そうとするのは文明が進んでからでしたね」
「話が反れたけど1神教の神様っていうのは性に厳しい。自然環境が過酷だと迂闊に人を増やすことが、自分達の首を絞めることになるって、解ってるんだろうね。だから結婚にも離婚にも厳しい。割礼なんて習慣が生まれるのも自然の厳しいところだし」
「割礼手術の結果、妊娠出産で母子共に死亡する事例が増えれば、避妊の技術が無くとも人口抑制に効果はありますね」
「民族として生き残るためには何をすればいいのか、理屈は無くとも解っていたんだろうね」
知恵と技術を発達させるごとに本能を見失い地上を埋めていく人たち。なかなかいい感じに育ってきました。
もともとは力も弱く脆い肉体だからこそ、知恵と工夫で生き残った種なのですが。その知恵に頼るがために個体の肉体は更に脆弱になっていきますね。
生命力と知恵は反比例するのかも知れません。
健全なる肉体に健全なる精神が宿ったらいいなぁ、と言った者が過去にいましたね。ですが愚者の暴力に対抗しようとするから知恵が生まれるのですから、そうはなりません。
賢者には知力を、愚者には暴力を、これでバランスがとれるというものです。
「1神教は創造主が世界を作り、自分の姿に似せて人を作る。かなり自分本意だけどそういうのがいいらしい」
「その点ではバリエーションが少なくて個性的でも無いですね。多神教のほうがいろいろあって良いのでは」
「人の姿と違う獣面人身の神もいるからユニークではあるよね。多神教では恵まれた自然を目の当たりにするから、生成流転に輪廻転生なんて概念が生まれる」
「個体の死を、魂の喪失を怖れますか」
「死とは縁遠い己たちには解りにくい気持ちだよね。そういうのを作るのも人ならでは、だ」
「人で無ければ神や悪魔や宗教を作り出せませんからね」
「もっともっといろんなものを作って欲しいな。さて、この可愛らしい第6文明の人類はどんな物語を産み出してくれるのだろう?」
地上では戦車が走りハムスター人類が銃を構え、第6文明初の世界大戦が起きてるようです。地上で活動する分体も戦火に焼かれる前に本を集めています。
この戦争が終わったら本が、物語がぐっと増えそうですね。
「主様、こちらが西方の国の絵本になります」
「なんだかおどろおどろしい表紙だね。タイトルはなんて書いてあるの?」
「『地獄廻り』ですね」
「このテの絵本は、時代が進むと子供に見せられないって消えていく貴重な本になるよね」
「内容的には悪事を為した者が死後、地獄でどれだけ悲惨な目に会うか、という絵本ですね」
「おもしろそうだ。早く読んで」
「はい、主様」
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