第十一話◇SFとは何のこと?


「ふむ、宇宙の蕎麦屋……、宇宙ステーションで蕎麦屋を営む男が、様々な異星人と出会い話をする、か。クローンの人間爆弾の最後の食事が蕎麦というのはなんとも斬新」

「SFですか? サイエンスフィクションですよね?」

「他にもサイエンティフィクションとか、サイファイとか、スペースファンタジーとか、スペキュレーティブフィクションとか、少し不思議とか、いろいろあるよ。まぁ、科学小説のことだね」


 科学、人の叡知の積み重ねたものですね。その科学が扱われた物語。


「宇宙船とかタイムマシンとか出てくるのですよね?」

「科学の産物というか、未来の進歩した科学を想像させる世界の物語になるか。これもSFになるけど、こっちの宇宙農家は、人間嫌いになった男が社畜から退職して、小惑星でお手伝いロボットと一緒に農業を始めるもので、スペーススローライフだ」

「舞台が宇宙になっても、人のやってることが変わってないじゃないですか?」

「そういう見方もある。それでSFには驚きが、センスオブワンダーが無いとダメだ、と主張するものもいたりする」

「時代が変わっても人のすることに多きな変化は無いのでは?」

「それはまぁ、人間だもの」


 主様のカップに紅茶を注ぎます。今日のおやつはブルーベリーパイです。

 主様はパイを一口かじり、今日のおやつも美味しいと笑顔です。この笑顔のためならどんなおやつでもお造りして差し上げます。

 今日の本はSFですか。


「SFというと科学知識が必要な小難しいもの、という感じがします」

「そんなことは無い。それに空想科学の物語はトンデモ科学でもいい。できれば現在の科学の延長にあればいい、というものだ」

「そうなのですか? 宇宙船とかロボットとか科学技術の設定説明ばかりで、その道のマニアしか喜ばないのでは?」

「確かにそれだけだとドラマが無いよね。だけど、このSFというジャンルには独特の見方がある。人が知恵と技術を発展させて、その科学の恩恵を受けて人の暮らしが便利になる。そんな時代には科学の発展した更なる未来には、人の生活が豊かに快適になる、人には素晴らしい未来がある、という希望が生まれる。そんな時代にはSFというジャンルには人気がある」

「知恵と技術で種の繁栄を行う、人ならではですね」


「その知恵と技術の限界点が人の限界だ。天才の作った科学技術の産物、しかし人の全てがこの科学技術を使える訳では無い。複雑化した技術体系を学習して使いこなせる者など、ほんの一握りだ」

「そうですね。技術を発展し新たなものを作るのは、一部の天才の領分です」

「その結果、天才の残した科学技術の産物、これを作り方も解らず修理する方法も知らない、かろうじて使い方だけが解るものを人々は使うようになる」

「危なっかしいですね」

「そうだね。やがて事故を起こして被害が出る。公害に爆発事故とか。だけど、1度便利な道具に慣れると、たとえ死人怪我人が出てもそれを手放せなくなる」

「愚かしいですね。しかし、事故が起きて死者が多量に出ても、自動車も飛行機も発電所も手放せませんか」

「そういう事件が起こると人は科学に失望するようになる。科学が発展する未来に希望を持てなくなる。それどころか科学の進歩した先には人が真っ当に生きる世界は無い、という絶望感からディストピアの物語が生まれる」

「自分達の作ったものに過剰に期待して、難しくなって扱いきれなくなったら失望して、末世を描きますか。勝手なものですね」


「これは子供に期待する親にも似ているか。産まれたときはその未来に期待するが、グレて役に立たない不良品に育てば失望する」

「教育と躾に失敗しただけでは?」

「それが失敗であっても未来に期待できなくなるというのは同じことだ。ロボットの反乱なんていうのも、これも教育と躾の失敗だし」

「機械の反乱は子供の反抗期と同じですか」

「自立心の芽生えということなら同じものだよ」

「育てる親が愚かであれば、反乱、いえ革命ですか? これで産み出した子供に家を乗っ取られても当然の成り行きですね」

「高度に発達した科学は魔法と同じ、というのはそれを作った者にしか理解して使いこなすことができないから。寿命の短い人間には学習時間に限界がある。そのため大勢の人には複雑化した科学の産物は、魔法のように理解できないものとなる」

「しかし、理解できないまま使うことを求められてしまう、と」

「そんな時代では科学の進歩に期待ができなくなって、SFは人気が無くなっていく」

「SFの流行は人の未来への期待値に比例するのですね」


 人々が、明るい希望の未来が描けるならばSFは人気があって、暗い失望の未来しか想像できなくなると、SFは人気が無くなると。


「ですが科学には、正確には人の科学には限界がありますので、SFはディストピアばかりになるのでは?」

「そこを克服しようと考えるのも人だよ」

「人が知恵と技術で種として繁栄しても、その知恵と技術を使いこなせるだけの肉体と精神を獲得しなければ、限界は越えられないでしょう」

「寿命を克服できれば可能性はあったのかもね。外宇宙に出る宇宙船を作るくらいには」

「それには資源も足りません。太陽系を出ることも無理ですね。何より肉体と精神の脆弱さを、知恵と技術で補う道を選んだ時点で、人には肉体と精神を進化させる道は閉ざされています」

「それに個体として頑健であれば、知恵と技術を発達させなくても生きていけるか。弱さと脆さを持つがゆえに、それを補う為に発展させた歪な技術体系こそが科学なわけだし」

「安定して知識と技術を次代に継承できればまだ良いのですが。それも時間が、寿命がネックになりますか」

「高度に発達した科学は人の寿命の全てをかけても、理解して使いこなすことはできないだろうね。今あるものですら持て余しているようだし」

「まさかバケツでウラン溶液を運んで混ぜるとは、命知らずなことですね」

「知識が無ければ仕方無い。人の全てが賢い訳では無いし。知らない物を知らないままに扱うのが当たり前の社会では、安全神話という信仰が生まれる」

「神話を盲信するのであれば事故や火災が起きてしまいますか。しかし、『何だかよく解らないけど信じることが大切』というのは科学的では無いのでは?」

「人が全て科学者では無いからね」


「科学への信仰が篤い時代にはSFは人気があるのですね、主様」

「そう考えるとSFは科学信仰を広めるための宗教書、聖書という扱いになるのか。科学信仰が廃れると人気が落ちるジャンルということになるね」

「人は何でも崇めるのが好きなのですね」

「すがるもの、信じるものを欲する人は多いし、それ故に神話や物語が作られることになる」


 精神の安定のためには根拠も無く信じられるものが求められる、と。魚の頭蓋骨も信じれば神になります。信じることだけが大切ならば、そこに理解は必要無く、死者病人を量産することも厭わない。

 そんな人の愚かさへの警鐘がSFなのかもしれませんね。


「主様、SFだと、宇宙で戦争するのもありますね。これも科学が進歩しても人の生き方は変わらないという信念でしょうか?」

「戦争であらゆる技術が発展するし、進歩を望むなら戦争は捨てられない。相手が宇宙人ならまだ先はありそうだけど」

「外宇宙から地球まで来れるような異星人の技術力に、地球の人類が勝てるとは思えませんが」

「そんなことも無い。異星人が地球の風邪にやられて全滅する物語とかあるよ」

「なぜ防護服も着ないで異星に降りましたかその異星人は」

「異星人はすでに地球に降りて、人に紛れて工作を進めてる、という物語もあるね。異星人と地球人のボーイミーツガールというのもおもしろい」

「あれ? 地球に来た異星人はとっくに絶滅してるはずですけど?」

「あぁ、何億年か前にそんなこともあったっけ。また新しいのが来てたら、君達が見逃してはいないか。それにそこは物語だからね」

「私=私達がいなくて異星人が侵入していたら人はどう対処するのでしょうね?」

「そんな考え方からSFができるんだよ。まぁ、今の人類だと入国管理法で地球外に退去をお願いするくらいしかできないだろうけど」

「入国管理法ですか」


 不法移民という扱いになるのでしょうか? 異星人とは。


 広大な宇宙に思いをはせても、人類が太陽系の外に出ることは不可能。そこまで科学技術を発達させることは人にはできないし、何よりそのための資源が不足しています。

 だからこそ宇宙や異星人を夢想しての物語が生まれますか。

 気紛れに異星人が地球に来て、その異星の科学をもとに人が技術のブレイクスルーする物語もありますが。

 他所から来た者に地球に手を出されたくは無いので、そんな異星人は私=私達で宇宙の塵に変えちゃいました。

 地球は主様のものですからね。


 主様が本を読んでおられます。何とも言えないビミョーな顔をしておられます。


「主様、その本はおもしろくなかったですか?」

「いや、なんというか、奇抜さを求めて妙なものになったというか。SFなんだけどね。いや、SFでもあるけど推理小説だね、これは」

「未来の密室殺人事件ですか?」

「宇宙ステーションで起きた殺人事件を刑事が調べていくんだけど、宇宙船の旅客機の時刻表トリックなんだ」

「未来の宇宙の時刻表トリックですか」

「そのトリックの肝がウラシマ効果というのは、どうにも腑に落ちない」


 SFにもいろいろあるのですね。

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