エピローグ 青春のカタチ。(平穏)

 事件から一週間が経過した昼休み。


 俺はいつもの場所に一人で来ていた。

 三階廊下を抜けた先。

 非常階段の踊り場だ。


 手すりに肘を乗せて、海を見ながら菓子パンを頬張る。


「……うめぇ」


 広大な海を見ながらの食事は、相も変わらず最高だ。

 俺の悩みを吹き飛ばしてくれるからな。


 俺の悩み——それすなわち、悪化した噂についてだ。


 曰く、この近辺の不良を一掃し、最強の不良『オーガ』と桜越高校の生徒会長を従わせ、美少女二人を侍らせる、最強の中の最強。


 その名も、佐藤景麻。


「馬鹿じゃねえの?」


 何でだよ。おかしいだろ。

 そいつら俺の顔見て言ってんのか?


 ただの陰キャだろ、どう見ても。


 当然否定を試みた。


 俺は話しかける勇気がないので、具体的には来栖君や曽根川さんにお願いしてみた。


 結果、ダメでした。


 どうやらあの日の夜、警察が来ている中、ボロボロの俺を見ていた生徒が居たらしい。


 おかげで今日も今日とて俺は浮いた存在だ。


 幸い、オーガの正体と侍らせている美少女二人、というのに関しては名前は出ておらず、被害は俺と幾花センパイだけに収まっていた。ごめんね、センパイ。


 という訳で、俺は教室に居辛くなって、こうして逃げて来たという訳だ。


「まぁ、最近はいろいろ忙しくて疲れたし、一人の時間も大切だよなぁ」


 ぼそっと呟いて、俺は珈琲を口にする。


 それに、今日は夜に少々憂鬱なことがある。

 だからこそ、のんびり出来る時にのんびりしたいと、特に今は切に思う。


 つーか、マジで憂鬱。

 時間止まらねぇかな。


  †


「おう、佐藤」


 放課後、帰ろうとしていると、声を掛けられる。

 振り返ると、来栖君が立っていた。


「ど、どうしたの?」

「いや、明日朝からお前の家に行っていいか?」

「え?」

「ほら、ワックスの付け方教えるって言って、まだ教えてなかっただろ?」


 そう言えばそうだった。

 あれから色々あってすっかり忘れていた。


「朝付けて、そのまま登校すれば覚えられるしセットできるしで一石二鳥だろ?」

「……うん、そう言うことなら」

「おっけー。っと、それじゃあ連絡先交換しようぜ」

「! う、うん!」

「うぉ、ど、どうした? いきなり興奮して」


 おっと、男の子のお友達が初めてだからウキウキしちゃったぜ。


 阿知賀さんや曽根川さんとは仲良くしているけれど、異性は気を遣う。


 俺はかねてより友達と話してみたい話題、というものがあった。


 つまるところ、猥談。


 下ネタ的なものを同性とワイワイしてみたいのだ。

 だから、男の子のお友達はウェルカムだ。


「い、いや、そのごめん。嬉しくて」

「……そっか。ならよかったよ」


 そうして、来栖君の連絡先が俺のスマホに追加された。


  †


「やぁ、佐藤。奇遇だな」


 下駄箱で靴を履き替えていると、幾花センパイとエンカウントした。

 今日も巨乳が素晴らしいぜ。


「そうですね、センパイ」


 センパイとは事件以来も何度かお話しさせていただいている。

 そのおかげか、最近はあまり緊張せずに話せるようになった。


「よかったら一緒に帰らないか?」

「は、はい」


 でも、やっぱりどもってしまうのは何なんだろうね。


「その後、怪我の具合はどうだ?」

「もうだいぶ良くなりました。まだちょと痣が残ってたりしますが……」

「ふむ。まぁ、大事無くてよかったよ。それにしても、キミが喧嘩が弱いとはな……あの時は驚いたよ」

「俺はセンパイが勘違いしていたことに驚きましたよ」


 事件後、一日だけ入院した俺のお見舞いに来た幾花センパイは「どうして不良を倒さなかったんだ?」と聞いてきた。


 センパイは俺の噂を聞き『オーガ』または『オーガではない強い人』と考えていたらしい。


 何故そんな勘違いが起こったのか、詳しいことは聞いていないが、頭に手を当てて「幸正の奴め……」とボヤいていたことから、彼が関係あるのだろう。


「だが行動は『兄貴』そのものだったな」

「や、止めてくださいよ。あれは普通のことで……」

「まぁ、佐藤がそう思うならそれでいいさ。……と、そう言えば今度また家に遊びに来てくれないか? 幸正が会いたいと言っていてな」

「幸正君が?」

「あぁ、誤解だと伝えたんだが、『それでも兄貴はすげぇ』と言って目をキラキラさせるんだ」

「あ、あはは」

「あとは母さんが『次いつ連れて来るの?』と五月蠅くてな」


 想像に難くないな。


「分かりました。そういうことなら、またお邪魔させていただきます」

「あぁ、楽しみに待っているぞ」


 幾花センパイの笑顔を見て、心が安らぐ。


 と、同時にこれからのことを思い出して憂鬱になる。

 あぁ、マジでどうしよう。


 幾花センパイとは電車で別れ、俺は自宅へと向かった。


  †


 さざ波が聴こえる。

 空に浮かぶ三日月が、夜の砂浜を照らしていた。


 俺はいつぞや不良に絡まれた砂浜に来ていた。

 しかしそこに不良の姿は勿論なく……代わりに。


「さ、佐藤君」

「お待たせ」


 そう言ってこちらを向く、二人の美少女が立っていた。

 というか、阿知賀さんと曽根川さんだ。


 やべぇ。胃がキリキリするぜ。


 だってさぁ、俺知ってるもん。

 この二人が俺のことを好きだって言うの、なんとなく知ってるもん。


 あれから授業中に視線が飛んでくるし、話しかけたら顔を赤くして慌てだすし、挙句の果てにはイケメンの来栖君が「やるねぇ」とか言い出す始末だし、絶対好きじゃん!


 俺、鈍感じゃないから分かっちゃうじゃんね。


「その、今日は来てくれてありがとう」

「う、うん」


 もじもじと手を合わせながら上目遣いで見つめて来る曽根川さん。


 その隣ではこの暗闇でもわかる程顔を赤くして目を泳がせている阿知賀さん。


「早速本題で悪いんだけど……私と阿知賀さんは、その……さ、佐藤君のことが、その、えっと……」

「好き。だから付き合ってください」

「んなぁ!?」


 言い淀んでいた曽根川さんに対し、スパッと言い放つ阿知賀さん。


「わ、私も好き! だから、私と付き合って!」

「だめ、私と付き合って佐藤君——ううん、けーま」

「ちょっと、阿知賀さん!」

「……なに」

「それ抜け駆け! 禁止って言ったじゃん! 同時って言ったじゃん!」

「信じる方が悪いもん」

「……っ! け、景麻君! この腹黒より私と付き合って!」

「腹——っ、けーま、デート楽しかったよね?」

「な、な……っ、ズルい!」

「ず、ズルいって何? 子供みたいなこと言わないで」

「だ、だってだって……」


 やんややんやと、当人を置いて言い争いを始める二人。


 あぁ、ポンポンが痛い。

 めっちゃ嬉しいのに、めっちゃ辛い。

 ストレスだな、これは。

 禿げそう。


「ちょ、ちょっと待って二人とも」


 これ以上、彼女たちの言い争いを見ているわけにも行かず、口をはさむ。


 正直、なんとなくこうなることは知っていた。


 というのも、二人とも幾花センパイにこのことを相談していたらしく、俺の胃を気遣ってくれたセンパイがあらかじめ情報をリークしてくれていたのだ。


 曰く、二人は同時に告白するつもりだ、と。


 それを知ったのが約二日前。

 以降、俺は胃薬が手放せなくなった。


 美少女二人から告白されるなんて、本当に最高だ。

 中学時代の俺に教えたら狂喜乱舞すること間違いない。

 だから、それのどこにストレスを感じるの? と疑問に思うかもしれない。


 確かに、どちらかを選ばなければならないというストレスはあるかもしれないが……俺はそうではない。そうでは、ないのだ。


 実は、二人が告白するつもりだ、と幾花センパイから伝えられた瞬間、俺の答えは一瞬で出た。


 その出た答えが最悪なのだ。

 でも、言うしかない。


 俺の静止を受けてこちらを向き、顔を真っ赤にそわそわしている二人に、俺は躊躇いつつ、しかしはっきりと伝えた。


「その……ど、どっちとも付き合うことは出来ません」


「「えぇえええええええええええええええ!?」」


 二人の絶叫が砂浜に響き渡る。


 そして阿知賀さんは魂が抜けたようにその場にへたり込み、曽根川さんが鬼気迫る顔で近付いてきた。


「な、なん、何で!?」


 当然の疑問。

 俺は二人に聞こえるようにはっきりと答える。


「その、どちらと付き合うにせよ、前より悪い噂が流れている俺といると、迷惑がかかるから」


 付き合うとなると、以前より一緒にいる時間は長くなるだろう。


 しかし、そうなれば俺の悪評に巻き込まれ、その人が浮いた存在になってしまうかもしれない。


 逆に、ばれないようにこっそり付き合うのなら、それはそれで人目を気にしすぎて、決して楽しい物とはならないだろう。


「だから、噂が解けるまでは、その、えっと、つ、付き合うことは出来ません」


 全てを話し終える。

 分かってくれただろうか。


 恐る恐る顔を上げて二人を見ると——二人は俺を見てニコっと笑みを浮かべていた。

 そして一言。


「「ヘタレ」」

「うぇ?」


 目を丸くしていると、座り込んでいた阿知賀さんが立ち上がる。


「そんなこと、分かってる。でも、それでもいいから、つ、付き合いたいって、思う」

「私だって同じだもん」


 二人は一呼吸置くと、同時に口を開いた。


「「そのうえで、どっちと付き合いたい?」」

「ぐっ」


 そう言われると、困る。

 というか、選ぶことなんて出来ないんだよなぁ。

 こちとら元ボッチ。


 友愛すら向けられたことがないのに、こんな美少女二人から好意を向けられる。


 だから、大義名分無くして断る事なんて出来ない。

 俺は考え、考え、そして告げた。


「そ、その、選べないので、もう少しお友達のまま、というのはダメでしょうか」


 生唾を飲み込み、何とか声を絞り出す。

 完全にキープ宣言だが許してちょんまげ。


 俺の返答を受けて二人は大きくため息を吐く。


「だって、どうする阿知賀さん」

「曽根川さんは友達のままでいたら。私はアピールしまくるから」

「んなっ、わ、私だってアピールするから! 絶対に渡さないから!」


 言い争いを始めようとする二人。


「え、えっと……それじゃあ」


 上目遣いで尋ねると、


「まぁ、今は保留ってことで……いいんだよね? 阿知賀さん」

「仕方ないね」


 どうやら、返事を引き延ばすことに成功したらしい。

 ほっと一息を付きながら、言い争う二人を見る。


 嬉しい、嬉しいんだけど、いつか決めないといけないんだよなぁ。


 噂の撤回に、告白の返事。


 前途多難で憂鬱な未来しか見えないけれど、これもまぁ、ひとつの青春のカタチなのだろう。

 きっと、おそらくは。


 俺は空を見上げ、ため息を吐いた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あとがき

 これにて完結となります。

 一か月の間お付き合いいただきありがとうございました。

 続きに関しましてはまた気が向いた時に執筆するかもしれません。

 また、面白いと思っていただけたなら、星、応援、感想などを頂けると、感謝感激雨あられでございます。

 SNSの方も、やっておりますので、よろしければ作者ページからどうぞ。

 それではまた次回、どこかでお会いできたらお会いしましょう。ノシ

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ボッチの俺がいつのまにか最強認定されていた。……え、なんで? 赤月ヤモリ @kuropen

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