第三十四話 祭りの後。(平穏?)
約一時間前。
スマホを忘れていることに気付いた私は、佐藤を追いかけて慌てて家を出て、彼——来栖和人に出会った。
「お前が『オーガ』だな」
そう告げると、彼は口元を歪めて姿を現した。
「……初めまして、佐藤と同じクラスの来栖って言います」
「目的は佐藤か?」
「……まぁ、そうっすね。あいつがどんな人物かを観察していました」
「観察?」
「あぁ、本当は果たし状でやってきたところを問い詰めようと思ってたんすけど、来ませんでしたし……それに、どうにも噂通りの人には思えませんでしたから」
なるほど。
「それで、佐藤をどうするつもりだ?」
相手は破壊神とも恐れられる『オーガ』。
油断せず、目を細めて尋ねると、来栖は手を肩の位置まで上げて、苦笑を浮かべる。
「特に何も。佐藤は想像以上に、想定以下でしたから」
「……」
「ま、信用されないっすよね。でも本当っすよ。俺は普通の高校生活を送りたいから、桜越高校に入学した。だから、問題を起こすつもりはない。つまり、佐藤君に対してはむしろ巻き込んで申し訳ない、という感情しか抱いてないわけっすよ」
「……本当だろうな?」
「何なら、明日にでも正体を彼に伝えましょうか? センパイも一緒にいらっしゃったら安心できますかね」
そのすべてを信じるというのは些か難しい。
が、この問題を決めるのは私ではなく、佐藤自身だ。
このことを受けて彼がどう判断するかで私の考えも決めるとしよう。
「……わかった。そういうことなら明日昼休みに生徒会室を使うといい」
「ありがとうございます、会長」
来栖が言い終わった、まさにその時だった。
スマホが震えて、阿知賀少女の拉致が判明したのは……。
私はすぐに佐藤の連絡先に登録されているところに電話する。
と言っても、佐藤の両親と、曽根川という人物の三人しか登録されていなかったが。
曽根川に繋がった所で佐藤と連絡が付き、阿知賀のことを尋ねると、どうやらこの拉致が本物らしいということが分かった。
『と、とにかく俺は先に地図の場所に行きます』
「あぁ、気を付けろ。……あ、あれ?」
佐藤と話し終わり、電話を切ってからふと気付く。来栖の姿が無かったことに。
「……まさか」
彼はスマホの地図を確認していた。
もしかすれば、佐藤の言葉を聴いて阿知賀を助けに行ったのかもしれない。
そう思い、私もあわてて動き出した。
…………
……
…
「と、いう訳で、今に至る」
話し終えると、佐藤は「なるほど」と得心がいったようだ。
「悪かったな、俺が『オーガ』だって黙ってて」
「い、いや、こっちもその、果たし状を、その、無視しちゃったし」
そうやって言葉を交わす二人を眺めていると——。
「おーい、さ、佐藤くーん!」
手を振りながら近づいて来る一人の少女が居た。
ん? 彼女は——?
†
俺、佐藤景麻は、ただ今、人生の絶頂期に居る。
眼前に立つのは巨乳の幾花センパイ。
右隣に座っているのがクールイケメンと最強の不良のハイブリットである来栖君。
そして、現在進行形で抱き着いて来るのが、我が主神こと阿知賀美奈穂さん。
彼女はユーカリに抱き着くコアラが如くぎゅっと抱きしめて来る。
「さ、佐藤君! よ、よかった、よかったよぉ……!」
いつものジト目&無表情フェイスは、今は見る影もない。
涙で顔を汚し、ただひたすらに抱き着いて来る阿知賀さん。
全体的に良い匂いがするし、可愛いし、柔らかいし、可愛い。
最高かな?
しかも、そんな彼女はどうやら俺に気があるっぽい。
たぶん。きっと。
確信を持てないのは、そういう経験がないから。
仕方ないじゃんね。阿知賀さんと出会うまではボッチだったんだし。
「だ、大丈夫、もう大丈夫だから」
とにかくそんな感じで優しくお声がけ。
どさくさに紛れて背中とか
手をふらふらさせながら迷い——ええい、ままよ!
ぐっと彼女を抱きしめてみる。——まさにその瞬間。
「おーい、佐藤くーん」
一人の少女が走って来るじゃんね。
しかも超絶美少女。
おっと、あれは曽根川さんじゃないか。
彼女は肩を上下させながら近づいてきて、
「だ、大丈夫だった?」
と、声を掛けてくれる。
「う、うん。あ、これスマホ。貸してくれてありがとう」
「ううん、いいの——って、え!? え、あ、阿知賀さん?」
スマホを受け取った曽根川さんの表情が変化なさる。
どうしたの?
その視線は俺と阿知賀さんを行ったり来たり。
そして最終的に、阿知賀さんの背中に回した俺の手を捉えた。
「……えっと……あ、阿知賀さん大丈夫!?」
阿知賀さんを挟んで反対に座った曽根川さんが優しく声を掛ける。
うむ、少し名残惜しいが手を退けるか。
阿知賀さんと曽根川さんが話すのに邪魔になるしね。
そう思って、引っ込めようとすると……ぎぅううう。
うぇ!? な、なに!?
いきなり阿知賀さんの抱き着く力が強くなったぞ!?
「さ、佐藤君……っ!」
顔を上げずにただそう呟く阿知賀さん。
声の震えも幾分か無くなり……というか、ほとんど感じられない。
しかもなんか耳がめっちゃ赤くなってるんですが。
「え、えっと、阿知賀さん?」
これには困った様子の曽根川さん。
だが、阿知賀さんは聞こえていないのか、聞こえていて無視をしているのか、めっちゃ抱き着いて来る。
ナニコレ。俺、どうしたらいいの?
あたふたしていると、曽根川さんが阿知賀さんの肩を掴み、俺からはがそうとし始める。
「あ、阿知賀さん? ひ、人目もあるしさ、そろそろ止めない? それに佐藤君も病院に行かないといけないし……そうだよね?」
「え、あ、うん。一応救急車待ちだけど……」
「だってさ、阿知賀さん」
「……佐藤君」
「ちょっと、絶対もう怖がってないでしょ!?」
「怖い。うん、すごく怖い。……ふへへ」
「笑った! 今笑った! 佐藤君! この子絶対に自分の欲求を満たしてるだけだよ!」
「そ、そうなの?」
「ううん、怖い」
絶対嘘だ。さっきから顔がニヤついてんだよなぁ。
つーか、俺もニヤニヤしそうなんですが。
阿知賀さん可愛いじゃんね。
しかもこれって絶対俺のこと好きじゃん。
勘違いとか、そういう疑いとか抱く暇もなく好きじゃん。
最高かよ。
内心で歓喜していると、反対に座っていた来栖君が不意に笑う。
「ククッ、よかったなぁ佐藤。モテモテじゃないか」
「や、やっぱりそうなの? これって、そういう認識でいいの?」
「あぁ、いいんじゃないか? 阿知賀に曽根川。両手に花だな」
「え、そね——」
「ちょっと来栖君? お話したいことがあるから、こっちに来てくれないかな?」
何その反応!
え、マジで? マジでそういうことなの?
こりゃあ、もしかしたらセンパイも——チラ。
「え、わ、私は違うぞ? 可愛い後輩だとは思っているが」
「や、やだなぁ。分かってますよ」
……はぁ。
「……佐藤君? 何か今ショック受けてなかった?」
「えっ」
「ねぇ、なんで? ねぇ」
抱き着いていた阿知賀さんが顔を上げて、ジト目で睨んでくる。
凄く気まずいじゃんね。
どうしよう。
そんなことを思っていると、救急車の音が近付いてきて——。
「すいません、怪我人はどちらに」
救急隊員の人に向かって、俺は告げた。
「俺です。助けてください」
二重の意味で。
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