第三十三話 オーガ。(不穏)
おいおいおい、死んだわ俺。
迫りくる剛腕の一撃が頬を直撃する。
しかしその見た目に反して、威力は裕司君よりも弱い気がする。
身体の使い方的なものなのだろうか。
分析してみるが分からない。
つーか、裕司君より弱いだけで、普通に痛い。
周りの不良も手を出してきて、絶望しか感じない。
ぼこぼこと殴られる。なので大げさに吹っ飛び、頑張って道化を演じる。
「おいおい、軽いなぁ。本当にオーガなのかァ?」
「こいつは弱者の演技が上手いんすよ。そろそろ本性出してきますよ」
本性もなにも、これが俺の精一杯なんだよなぁ。
「あ、あの、ちょっと話し合いませんか?」
「あぁ? 話だぁ?」
「その、俺、本当にオーガとかじゃなくって、マジでその、ただの陰キャ何で……」
口の中に鉄の味が広がる。
ドロッとしたものが鼻から流れ出て来る。
痛みで頭がガンガンするし、足元もおぼつかない。
だから、話し合うしかない。
「ほう、で?」
「いや、その、俺もオーガって勘違いされてて、非常に困ってて、なので、一度話し合いをして、誤解を解きたいなぁ、と」
弱者であることを見せた今なら、信じて貰えるかもしれない。
そんな一縷の望みに掛けて口にした言葉は——しかし、振りかぶられた右腕によって砕け散る。
「ぶがっ!」
「……っ! んんっ!」
殴り飛ばされたのは阿知賀さんの近く。
彼女は拘束されて芋虫のようになりながら俺の方に近づいてきた。
手を伸ばし、彼女の口に咥えさせられていた猿轡を取る。
「ん、ぷはっ。佐藤君! 佐藤君大丈夫!?」
「マジ無理。死ぬ」
「佐藤君!」
ここで虚勢でも「余裕」と口にできたら格好いいのだろうが、本当に無理。
勝てる気がしないし、警察が来るまでの時間稼ぎも出来そうもない。
でも、立ち上がらないわけにも行かない。
ここで気を失えば、阿知賀さんがどうなってしまうのか分からないからだ。
用済みと言って解放されるならいいが、不良の巣窟に美少女が一人——想像できるのは最悪の結末しかない。
だから、俺が負けるわけにはいかない。
勝てなくてもいいから、立ち上がり続けて、時間を稼がないと行かない。
俺をリンチにしている間は、阿知賀さんに手を出せないだろうから。
「でも、頑張るから。もう少し待ってて」
なので、そう伝えるのが精一杯。
あとは努力するのみ。
一歩踏み出し、不良の前に立ちふさがる。
「おうおう、カッコいいねぇ。でも、威勢だけじゃあ状況は変わらねえぞッ!」
迫りくる巨腕。
それを見つめながら、思う。
覚醒とかしねぇかな。
こう、いきなり超能力に目覚めるとか、はたまた身体を自由に扱えるようになって戦闘能力が飛躍的に上昇するとか。
しかし——。
「ぐぉっ!」
ニートの一撃が、俺の夢を砕く。
「佐藤君! 佐藤君!」
阿知賀さんの声が聞こえる。
そして同時に、悔しくなった。
俺はどうしてこんなに弱いんだろう、と。
弱くて、弱くて……こうして立ち上がることしかできない。
「おいおい、マジでこいつがオーガなのか?」
「どうせ演技っすよ」「やる気ねぇならさっさと潰しましょう!」「その後は、そこの女を……」
あぁ、何で。
何でこんな。
「おらっ、さっさと沈めッ!!」
ニートの一撃が、鳩尾に突き刺さる。
そして……意識が飛ぶという感覚を初めて味わった。
ふわっとして、視界が明滅して、足が動かなくなって身体が停止して、情けなくその場に崩れ落ちる。
「佐藤君! 佐藤君! 返事して、佐藤君!」
そんな声も、どこか遠くに聞こえて。
どうでもよく思えて、全てを諦めてもいいと、マイナスな思考が湧き出て来て——。
「……いや、ダメだ」
何とか意識を繋ぎ止める。
ふらふらの足で立ち上がる。
「しつけぇなぁ、お前」
しつこい? 当たり前なんだよなぁ。
「友達を、守るためだからな」
「イキってんじゃねえぞ、クソ陰キャがッ!」
「イキってんのは、そっちだろうがッ!」
ずっと、ずっと言いたかったことを叫び、ニートの動きを見る。
今度こそは受け止める。そして、警察が来るまで耐え抜く。
そしてそして、阿知賀さんを助けてハッピーエンドだッ!!
俺は迫ってくる拳を真正面から受け止めようとして――。
バンッ、と勢いよく入り口のドアが開いた。
驚いて、動きを止める不良ども。
全員の視線は開かれた扉へと向いて――
そこには一人の少年が立っていた。
「……え?」
俺は思わず声を漏らす。
「な、なんだ!?」「誰だてめぇ!」
突然のことに、全員がそちらに視線を向ける。
が、次の瞬間。少年は近くの不良を殴りつけた。
「がぁ!」「……ぐふ」
たったその一撃で、不良たちは沈黙。
「くそっ!」「ぶっ殺せぇ!」
不良どもが拳を握って、少年に向かっていくが……すべては無駄。
それは、圧倒的暴力であった。
俺が今までに見てきた不良など、すべて赤子に思えるほどの力。
向かってくる不良の攻撃を避け、顎を穿ち、飛んでくる蹴りを避け、拳を受け止め、蹴り返す。
それはまさに、俺の妄想を体現したかのような流麗な動き。
あっという間にニート以外の不良を刹那の間に制圧した少年は、ボロボロになった俺をその瞳に映し、
「よぉ、佐藤。今のお前、凄いカッコいいぞ」
ポケットに片手を突っ込み、強者のみが許される余裕をもって語る少年。
「な、なんで……?」
「あん? 何でここに居るかって? そんなの決まってるだろ。こいつらがここに呼んだのは『オーガ』で――」
少年はそこで一呼吸置くと、ニッと、普段は見せない笑みを浮かべ――。
「――『オーガ』は、俺のことなんだから」
堂々と言い放つ彼を見て、俺は思った。
あぁ、今日も今日とてクールだ。
「まぁ、これは俺なりの詫びだと思ってくれ。俺の噂のせいで、かなり迷惑をかけたみたいだからな」
そう言って、『オーガ』——来栖君は、ニートを殴り飛ばした。
†
私、幾花玲愛がその廃ビルに辿り着いた時には、警察が周囲を取り囲んでおり、中からガラの悪い連中が手錠をかけられてパトカーに連れていかれているところだった。
私はすぐさま周囲を見渡すと、少し離れた所で目的の三人が生垣に腰掛けているのを発見した。
一人は佐藤。
二人目は彼の友人であり、今回拉致された阿知賀という少女。
そして三人目が——オーガ、来栖和人。
向かうと、阿知賀少女が佐藤に泣きながら抱き着いており、あたふたする佐藤を来栖少年が苦笑を浮かべながら眺めていた。
「三人とも、無事か!」
「あ、い、幾花センパイ。はい、何とか」
苦笑を浮かべて返事をしたのは佐藤。
明らかに無事ではない。
頭には包帯が巻かれており、鼻にはティッシュ、服も泥だらけでいたるところ破れており、生々しい擦り傷や青あざが多い。
絶対嘘だ、と思っていると、私より先に来栖が口を開いた。
「おいおい、佐藤。どう考えても無事じゃねえだろうが。それとも何か? センパイに心配かけたくない、的なやつか? お前って案外格好つけ何だな」
「ぐ、い、いや、そ、そんなことは……」
「ま、いいと思うけどな」
笑い合う二人を見て、私はこの事件が何とか収束したのだな、と理解した。
「そ、そう言えば、来栖君。な、何でその、ここが分かったの?」
「ん? あぁ、それは——」
来栖がこちらに視線を向ける。
するとつられて佐藤もこちらを向いた。
私はコホンと咳を一つ入れてから、口を開く。
「私が教えた」
「え、センパイが? てことはセンパイ、来栖君がオーガだって知ってたんですか?」
「いや、私もつい先ほど知ったばかりだ」
そうして、私は来栖少年と出会った時のことを話し始めた。
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