第三十二話 悲惨な阿知賀さん。(不穏)

 駅に向かって走りながら、俺は考える。

 この後、どう行動するか。


 と言っても、やる事なんて決まってる。

 とりあえず向かって、話して時間を稼ぎ、警察の到着を待つ。

 それしかない。


 俺は喧嘩は出来ないし、そもそも阿知賀さんの前では喧嘩はご法度だ。

 だから出来るだけ喋って時間を稼ぐ。


 苦手な喧嘩を避けるために、苦手な喋りをしないといけないとは、何というジレンマだ。


 ふざけるのも大概にしてほしい。

 大体、不良が多すぎるんだ。

 しかも行動的な不良が。


 全てはあのカツアゲから始まった。

 あの日から、俺は不良に絡まれ、絡まれ、絡まれ、絡まれ……って、なんでだよ!

 こちとらただの陰キャですが!?


 なのに美人生徒会長の弟を助けて、クラス一番の美少女の元彼氏相手に決闘まがいのことをさせられて、挙句の果てには拉致られたオタク友達を助けに行かなければならない。


 俺は、もっと普通の高校生活を送りたかった。


 普通で平凡で、決して多くは無いけど、信頼できる友達と、青春的イベントを消化するような、そういう青春を送りたいだけなのに!


「……くそっ」


 悪態を吐く。

 そうしているうちにだんだん駅が見えて来て——着信。


 スマホを取り出すと幾花センパイからだ。


『佐藤、不味いことになった』

「え?」

『実は駅前で不良が暴れていて、そっちに警察が回されてしばらく時間がかかりそうだと言われたんだ!』

「えぇ……」


 また不良かよ!


 胸中で叫びながら足を動かし、するとそこでは幾花センパイが言う様に一人の不良が暴れていた。

 というか、裕司君だ。

 裕司君が看板とかいろんなものに怒りをぶつけている。


 あれ絶対俺のせいじゃんね。


 マジでなんなのあの人。

 彼の周りには青い服のポリスメンが数人おり、取り押さえようと躍起になっている。


 ……マジでふざけんなよ。


 さすがにオコだ。

 何処まで邪魔すれば気が済むんだ彼は。


 しかし、構っている余裕はない。

 今はそれより阿知賀さんだ。


 要は時間稼ぎをしなければならないのが少し伸びただけだ。……うん、絶望じゃんね。

 あぁ、もうヤダぁ!


「と、とにかく俺は先に地図の場所に行きます」

『あぁ、気を付けろ。…………あ、あれ?』


 幾花センパイが何かを言いかけたところで、プツン、と通話が切れる。

 どうしたのかと思うが、何か用事があればかけ直してくるだろう。

 俺は急いで地図の場所に向かった。


 駅前の細々とした路地を抜け、指定された地図の場所に辿り着くと、そこは廃ビルだった。

 ビルの前には煙草を吹かしたガラの悪い男が二人。


 絶対ここだろ。まじ憂鬱なんだが。


 俺は物陰から出てハムスターのようにバクバク脈動している心臓を押さえつけながら話しかけた。


「あ、あの……」

「あぁ!?」「んだ、このクソガキ」

「え、えっと、その……お、俺の友達が、その、ここにいるはずなんですけど……」


 噛みながらなんとか伝えると、二人は僅かに動揺し、一歩後退る。


「つ、つーことはこいつが」「……あ、上がれ」


 何か不良の二人も震えた声で返事してきた。

 そう言えば彼らは俺を最強の不良『オーガ』だと勘違いしているんだっけか。


 ただの陰キャってことがばれたらマジで殺されそうだな。


 そんなことを思いながら、二人の間を抜けて、その先の階段を上る。


 コンクリを上って二階。

 曇りガラスのついたドアがあった。

 その先は明るく、誰かが居る証拠。


 俺はノックしてから入ることにした。


「す、すいませ~ん」


 緊張のし過ぎでへろっへろの声が出てしまった。

 でも仕方ないじゃんね。

 こんなこと生まれて初めてなんだもん。


「……誰だ」


 中から怖いお言葉が返って来る。


「そ、その、さ、佐藤景麻というものですが……」


 もしかしたら間違えて普通の事務所をノックしてしまったか?

 でもどう考えても廃ビルだったし……。


 ドキドキしながら待っていると、ドアを開けて一人の男が顔を出す。

 彼の手にはスマホが握られており——それは、阿知賀さんの物だ。


「……間違いないな、入れ」


 男はスマホと俺を交互に見てからドアを開ける。


 中に入ると、そこは殺風景なところだった。


 打ちっ放しのコンクリに、おそらく以前入っていたと思われるオフィスの机と椅子が数個、散乱している。


 電気は通っていないのか、いくつもの懐中電灯で室内を照らしていた。


 そして、部屋の両脇に数人の不良。数は十人以上。全員が缶ビールを手にしていたり、煙草を手にしていたり。


 刺青を入れている奴も何人か。


 うへぇ、今すぐ帰りてぇ。

 しかし、そうも言っていられない理由が、真正面。

 一際デカい身体の男の横に、ちょこんと座っていた。


 ——阿知賀さんだ。


 制服を身に纏い、小刻みに体を震わせている。


「よぉ、オーガ君! こんばんは!」


 阿知賀さんの隣の巨漢が、両手を広げてニヒルな笑みを浮かべる。


「……だ、誰でしょうか」

「ん、そりゃ当然の質問だ。まぁ、分かりやすく言えば、この辺りの不良のボスだな」


 年の頃は二十代半ば、と言ったところか。

 そんな年齢にもなって何が不良だ。働け糞ニート。


 ニートはビールを口に含み、ふぅ、と息を吐いてから続ける。


「お前の話は聞いてるぜぇ、破壊神オーガ。本来なら手を出す予定なんてなかったが、下の奴をボコられて、黙ってるわけにも行かないんでなぁ」


 そう言ってニートは横に並ぶ不良の中の数人に視線を飛ばす。


 そんな彼らには何処か見覚えがあって……そうだ、確か幸正君と俺をカツアゲしようとした奴らだ。


 なんで?


 キミたち俺のことリンチにしたから俺が弱いって知ってるんじゃないの?


「にしてもてめぇ、弱そうだなぁ。本当にオーガなのか?」


 これはチャンス。この機会に全く全然関係ないし、阿知賀さんも関係ないので返してくださいと言ってみよう。


「……ぁ」

「騙されちゃいけません! こいつ、弱いふりしてやべぇぐらい強いっす!」


 そう叫んだのはカツアゲの時の金髪の不良君。え、え?


「そうっす! これも演技っすよ。こいつ、本性は化物っす」


 続いて、同じくカツアゲの時に居た不良君ががが。


 また、彼に続くようにカツアゲをしていた彼らが「そうだ」「あのパンチはやべぇ」「容赦ない目つぶしとかな」と同調し始めた。


 ちょっと待ってちょっと待って。

 キミたち同士討ちでやられたの分かってないの?


 困惑していると、今度は別の不良が声を上げる。


「ここには居ねぇけど、あの裕司が一瞬でやられたって話っす」


 途端にざわつく周囲。

 ざわ…ざわ…。

 聞こえて来るぜ、やべぇよやべぇよの声。


「あの裕司を一瞬、か……人は見かけによらないもんだ。ただの陰キャにしか見えんがな」


 ただの陰キャなんだよなぁ。


 しかし、それも言っても信じて貰える雰囲気じゃなくなったぞ。

 どうするよ、やべー。絶体絶命のピンチじゃんね。


 なので考える。


 今、俺が優先すべきことは何か、を。

 そんなの決まっている。


「え、えっと、その、とりあえずその子は関係ないんで、その、解放的なあれをしてもらったりってしてもらえないですかね」


 言ってて思う。

 俺ってコミュ障だなぁ。


「はっ、関係ない? おいおい、冗談きついぜ、オーガさんよぉ」


 ぐっ、やはり友達ということはバレている——。


「俺は知ってるぜ、この女がお前の彼女だってことをよォ!」


 ……んぇ?


「嘘はいけねぇよ、オーガ君。こいつとデートしてるってのは聞いてるし、それに……」


 ニートは言葉を区切ると、俺をこの部屋へ招き入れた不良から阿知賀さんのスマホを奪い取り、叫んだ。


「こいつのRINEに登録されているお前の名前には、ハートマークが入ってんだからよォ!」


 そう言って、スマホを向けるニート。

 そこには『♡佐藤景麻♡』と書かれたRINEの画面。


 ……んぇ?


 ちらっと阿知賀さんを見る。


「……ッッ!! ん~~~~ッッ!!! んんんんんんんんんんッッ!!」


 なんかめっちゃ顔真っ赤にして叫んでるんだが。


 えっと、つまりは、その、え?

 そういうことで、いいのだろうか。


 いつの間にかフラグ的な物が立っていたということでOK?


「うお、いきなり叫んでどうしたんだ? まぁいいか。証拠はこれだけじゃねぇ。こいつのアルバムの中にはお前の写真が何枚も入ってたし、何かポエムっぽい物もメモ帳に書かれていた。妙に文章力があったのが謎だが、これらが動かぬ証拠だ」

「んんんんんんんんんんッッッ!! んんんんんんんんぐううううううううううううううううううううううううううううううッッッ!!」


 ニートの言葉に、阿知賀さんが大変なことになる。

 形容するなら陸に打ち上げられた魚、だろうか。

 拘束されているのに藻掻き苦しんでいるのがわかる。


「へっ、これでも信用しねぇっつうなら、このポエム読み上げてやろうか?」

「んんんんんんぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!! むぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

「も、もうやめてあげてください! 認めます、認めますから! 恋人、恋人です恋人!」


 見ていられなくて嘘ついちゃったよ。


「へっ、嘘なんかついてもすぐにわかんだよ。……何でこの女はこんなに疲れてるんだ?」


 ごめんね、阿知賀さん。

 いや、ほんと。


 息も絶え絶えに、顔を真っ赤にして死にかけてる阿知賀さんを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。

 だってもう、完全に分かっちゃったし。


 阿知賀さん自身も、俺が分かっちゃったことを分かっちゃっただろう。


「とりあえず、こいつを返して欲しければ……へへへ、分かってんだろうな?」


 どうしよう、何もわからない。

 俺が分かったのは阿知賀さんの気持ちだけ。

 乙女の感情が大勢の前で暴露されたことぐらいしか分からない。


「えっと……」


 困っていると、気付く。

 不良に囲まれているということに。


「わかんねぇのか? ――リンチだよ」


 そう言ってニートは立ち上がり、その巨腕を振り上げた。

 やっぱりそう言う感じ?

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