第三十一話 RUN NOW!!(不穏)

 食事も終わり、お腹も膨れた頃。


 不意に着信音が宵闇に響いた。


 何気に着信音って聞きなれないじゃんね。

 だって、電話してくる友達とか居ない——少ないし。


 なんて思っていると、曽根川さんがポケットからスマホを取り出し、画面を確認——そして、目を見開いた。


「どうしたの?」


 尋ねると、彼女はそのまま俺の方に向ける。


 そこには『佐藤景麻』の文字。


 つまり、着信音の相手は佐藤景麻さんらしい。

 ……え、俺?


 どういうことだ? と思い自身のスマホを探してみると——あれ、ない。


 喧嘩しているときに何処かに落としたのだろうか?

 いや、それなら公園のどこかに落ちているわけで、勝手に発信するというのはおかしい。


 ならば……幾花センパイの所に忘れた、とかだろうか?


「出てみて」

「わかった」


 首肯して、スマホを操作する曽根川さん。


 さりげなくスピーカーにしてくれた。

 気遣いが出来る女子はアドだ。

 大幅加点で+一億点。


『も、もしもし! えっと、曽根川さん、か? 私は幾花玲愛というもので、このスマホの持ち主である佐藤を探している! 何処に居るか知らないか!?』


 スマホのスピーカーから出てきたのは幾花センパイの声。


 何だか焦ってるじゃんね。

 どうしたのだろう。


 疑問に思うが、捜し人が俺ということならば、これほどのナイスタイミングは無いだろう。


「……幾花、って、たしか生徒会長だよね。どういう関係?」


 と、何故か曽根川さんが小声でそんなことを聞いて来る。え、なに?


「どういう関係って……それより、先に電話を済ませようよ。……センパイ、俺です。佐藤です。ちょうど曽根川さんと一緒にいて。スマホ、忘れていたみたいですね。明日返してくれれば——」

『そ、そうじゃないんだ!』


 キンッとした声は、一瞬で空気を張りつめさせる。


 なんだ?

 どう考えてもただ事ではない雰囲気がプンプンするのだが。


『その、先ほどお前のスマホに通知が来て、見るつもりは無いのだが、ちらりと見えた内容がおかしかったから、つい覗いてしまって……そしたら——』


 ブブッとスマホが震える。

 曽根川さんとのRINEに佐藤(幾花センパイ)から画像が送られて来たようだ。


『こんな内容で……』


 言われて、送られてきた画像を確認する。


 するとそれは俺と阿知賀さんとのRINEのやり取りのスクリーンショットだった。


 なに勝手に覗いてんねん。


 そう思ったのも束の間——内容を確認して、目を見開く。


『オーガ君へ。お話があるので、七時半にここまで来てください』


 明らかに阿知賀さんが打ったとは思えない内容のメッセージと、地図アプリの画像。

 そして——。


『来ないと、この子が大変なことになるかもしれないよ』


 という一文と共に、一枚の写真が添付されていた。


 冷や汗が背中を流れ、嫌な予感を抱きながらも、俺はそれを確認。


 写真は、目隠しと猿轡さるぐつわをされた阿知賀さんが、ロープで縛られている物だった。


 場所は、おそらく地図アプリの場所。


『その、キミの友達はこういう冗談を言うようなタイプだったりするのだろうか。もし違っていたら、と思ってキミのスマホに登録されている連絡先に電話して、キミを探していたんだが……』


 幾花センパイの声がどこか遠くから聞こえているような感じがした。


 余りにも現実味のない現実に、吐き気がする。


 何故、阿知賀さんが?

 俺は思考を深くする。


 『オーガ』ということは、噂に関係がある事。

 お話し、ということは恨みを持っているということ。


 そして、阿知賀さんが絡んでくる。

 導かれる結論は、俺に絡んできた不良の誰かが、逆上して阿知賀さんを攫った、という感じか?


 阿知賀さんと一緒に居るのを見ていたのは、裕司君と他二人。

 裕司君はタイミング的におかしいから、他二人が怪しい。


「……君、佐藤君!」


 ふと、曽根川さんに肩を揺すられて思考を止める。


 そうだ、今は考え事をしている場合じゃない。


「せ、センパイ。俺の、と、友達はそんなことをする人ではありません。つ、つまり、誰かに攫われたとみて間違いないです。な、なので、俺は今から地図の所に向かいます。センパイは、その、警察に通報してもらっていいですか?」

『あ、あぁ、分かった』


 そうして、いったん通話を切る。


「その、大丈夫じゃない感じ?」

「うん。だ、大丈夫じゃない、感じ」


 いかん、声が震える。


 今から阿知賀さんを攫うような荒っぽい連中の所に向かおうとしているのだ、そりゃあ怖い。

 怖くて仕方がない。


 ……でも。


「えっと、曽根川さん。いきなりで申し訳ないんだけど、スマホ貸してくれないかな? 向かってる最中にセンパイと連絡とらないといけないかもしれないし……」


 尋ねると、曽根川さんは真剣な表情で即答する。


「もちろん。阿知賀さんって、うちのクラスの阿知賀さんでしょ? 助ける手助けになるなら、持って行って」

「……! あ、ありがとう」


 スマホをポケットにしまい、踵を返す。


 地図アプリが示していたのは、駅から少し離れた場所。

 とりあえずは、駅に向かえばいい。


 怖いし、どうすればいいのか分からないし、考えはまとまっていないけれど、俺が今すべきことはただ一つ。


 痛む足に力を入れて、今すぐ走ることだけだ。

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