第三十話 コンビニ弁当with曽根川。(平穏)

「とりあえず、消毒しないとね。立てる?」


 言われて立ち上がる。痛いけど、致命的な負傷は無いらしい。


 そのままコンビニに向かう。


「店長に事情話してちょっと抜けられるように頼んでみる」

「う、うん」


 そう言ってバックヤードに引っ込む曽根川さん。


 俺はそれをしり目に、消毒液と絆創膏、それとタオルを買い物かごに入れ、レジへ——と、そうだ。

 夕食も一緒に買っておこう。


 からあげ弁当と、とんかつ弁当を買い物かごに放り込む。


 すると、丁度いいタイミングで曽根川さんが出て来た。


「レジ、お願い」

「うん、わかった」


 慣れた手つきで会計を終え、二人で公園に戻る。


 俺は公園の入り口にあった水道で傷口を洗うと、タオルで拭き、タイヤが半分埋まった遊具に腰掛けた。


「私がやるよ」

「い、良いよこれくらい」

「いいから、お礼だと思って」


 遠慮するも、無理やり消毒液と絆創膏を奪い取って、曽根川さんが傷口の消毒を始める。


 空を見ると、少し欠けた月が昇っている。

 夜風が心地いい。


「はい、完成っ」

「あ、ありがとう」

「いいよ。それに、お礼を言うのは私の方」


 曽根川さんは一度言葉を区切ると、ちらりと覗き込んできた。


「なんで、反撃しなかったの?」

「は、反撃って……」

「だって、佐藤君強いじゃん。私知ってるよ。オーガって言う最強の不良なんでしょう?」


 小首を傾げて尋ねてくる彼女に、果てさて何と返したものか。


「それって、う、噂だよね?」

「ううん。確かに噂もあるけど、私見たもん」

「見た?」


 何をだろうか。


「この間、ここで裕司に絡まれたときにさ、佐藤君一瞬で裕司のこと倒してたじゃん」

「……?」

「……?」


 そんなこと、あっただろうか。

 確かに絡まれた記憶はあるが、倒した記憶何て一切ない。


 むしろ彼が勝手に転んで自爆した記憶しか——はっ! もしかして、遠目だったからそれが分からなかったのか!?


 先ほど、公園からレジにいる彼女の様子は非常によく見えた。


 しかし、それはコンビニ内が明るいからであり、逆に明るいところからこの暗い公園で何が起こったかなんて、そうそう分かる物ではない。


 転んだだけの裕司君を、俺が倒したと錯覚したとしても、不思議ではない。


 加えて、あれが起こったのは噂の流れる前日。


 次の日、学校に行って『不良六人を相手に大立ち回りした』なんて噂が流れていたら、見間違いなどでは無かったと結論付けてもおかしくはないだろう。


「……はぁ、そう言うことか」


 何だかもう、アレだな。

 俺は不幸な人間ということらしい。


「えっと、私変なこと言った?」


 いや、曽根川さんは何も変なことを言ってはいない。

 ただ、状況が変なだけだ。


「変、では無いけど、その、えっと、か、勘違いをしていると思う」

「勘違い?」


 俺は一呼吸おいてから、彼女に伝えた。


「お、俺は、ただの根暗オタクで、オーガじゃない」

「……じゃあ、オーガとは別の強い人?」

「ううん、そうじゃなくて、普通の根暗オタク」

「……えっと、つまり?」


 つまりも何もないと思うのだが。


「ただの、陰キャです」


 全てを聞いた曽根川さんは、顎に手を当て、たっぷりじっくり一分ほど考え込んで、顔を上げた。


「…………?」


 ダメかぁ。


  †


 それからさらに数分かけて彼女に教える。


 全ては間の悪さと、偶然と、勘違いによって出来た、虚像だということを。


「つ、つつ、つまり佐藤君は本当に、完全に、完璧に普通の、喧嘩どころか運動も苦手なただの陰キャってこと……?」


 なんかめっちゃ傷付くじゃんね。

 でも、ようやく理解してくれたらしい。


「……そ、そんな。じゃ、じゃあ佐藤君の部屋を漁ったのも、スマホを覗き見たのも、全部意味なかったってこと?」


 呆然自失した様子の曽根川さんはなんかとんでもないことを言い出した。


 なにそれ、知らない間にそんなことされていたの?

 ちょっと引いちゃう。


 でも可愛いから許しちゃう。


 くそ、自分の非モテレベルが高いから、美少女の悪行を何でも許しちゃうのが憎い。


 きっと「焼きそばパン買ってきなさいよ」と言ってパシらされても、喜んで忠犬ハチ公の如く尽くす自信がある。


「じゃ、じゃあなんで!?」

「な、なにが?」

「その……まったく関係ない上に、喧嘩も弱いのに何でわざわざ、私を助けてくれたりしたの!?」

「た、助ける?」

「ほら、最後私が殴られそうになった時にっ!」


 あぁ、確かに庇った。

 しかし俺にとって、それは普通のことだ。


 何と答えよう。

 十秒ほど考え、俺は思ってることをそのまま伝えてみることにした。


「こ、困ってる人が居たら助けるのと、同じ感じだと思う」

「……え?」

「何でとか、理由は特になくて、助けたいな、って思ったり、それこそ今回みたいに庇いたいなって思ったから、そうした。うん、そんな感じ。きっと、たぶん。おそらくは」


 要は自分でもよく分からない。


 でも、例え知らない人でも、困ってたら何となく助けてあげたいなーって思って、実行できる状況に居たら実行する。

 ただそれだけなのだ。


 これは今回だけでなく、幸正君の時もそうだ。


 あの時、俺は幸正君と一緒にカツアゲされた。

 そうして、関係者になったからこそ助ける勇気が湧いた。


 しかし、そうでなかったらきっとスルーしていただろう。

 話しかける勇気何てないからな。コミュ障だし。


 別に誰でも無条件に助けるわけでは無い。

 助けられるから助ける、それだけ。


 しかし、大体の場合が助けたいと思っても俺以外の人が助けたり、話しかける勇気が無かったりで、そんな機会、滅多と無いのだが。


 きっと、世の中の大半がそんな人だろう。


「だから、普通のことだよ」


 伝えると、曽根川さんはジッと俺を見つめて来て――。

 なに? めちゃくちゃ可愛いんですけど。


「……そっか。何か良いね、そう言うの」

「そ、そうかな?」

「うん。人のこと考えてるって感じがすごくいいと思う。特にさっきまで裕司を見てたから余計にそう思う」


 それに俺は苦笑を浮かべるしかない。


「……でも、私だって、そうだ。自己中心的な考えしかしてこなかった」

「……」

「特に今回はそう。佐藤君を彼氏だって言って巻き込んだし、佐藤君を調べるために犯罪紛いの行動もした……そ、その、パエリア作った日のことなんだけど……」

「? お、美味しかったけど、なに?」

「佐藤君、あの日急に眠くなったでしょ? それ、私が睡眠薬入れたからなんだ。その……ごめんなさい」


 なんと、そこまでしていたのか。


 そう言えば先ほど部屋を物色したり、スマホを覗いたりと口走っていたが、その時にしたのだろうか。


 確かにそれは犯罪紛い……というか完全に犯罪なのだが、こうして素直に謝ってくれた上に、今はもうすでに彼女の事情も知っている。


 だから。


「うん、いいよ。で、でも、次にご飯作る時はやめてね」


 お伝えすると、曽根川さんは俺をじっと見つめて。


 見つめて、見つめて、ふいっと顔を逸らした。

 何? 傷付くんですけど。


「……っ! う、うん、そっか。うん。その、あ、ありがとう。次はもっと美味しいの作るから」


 うつむいたまま、曽根川さんは何度も頷く。

 そして視線をこちらへチラリチラリ。

 何? 本当に何?


「どうしたの?」

「! な、何でもないっ」

「?」


 彼女の意図は分からないが、何はともあれ一段落ついたという認識で良いだろうか。


 お互いの事情も大方理解したし、ここいらで一息つくとしよう。


 俺はレジ袋からからあげ弁当ととんかつ弁当を取り出す。


「どっちがいい?」

「え……選んでいいの?」

「もちろん」


 すると、曽根川さんは両方を見比べ始める。


「やっぱりからあげが、で、でもとんかつも……それに……」


 その際ちらっ、ちらっとこちらも見て来る。


「そ、そんなに迷うんだったら半分づつ分ける?」

「! う、うん! そうしよう!」


 キラキラ笑顔で首肯する曽根川さん。

 やっぱり可愛いでござる。


 二人でとんかつとからあげを一つずつ交換してから、いただきます。


 雑木林越しに見える夜の海と、空に浮かぶ欠けた月。


 どちらも綺麗だけれど、それでも個人的には、曽根川さんが一番綺麗だと思った。

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