第二十八話 VS裕司(不穏)
私、幾花玲愛は、玄関で佐藤を見送る。
全く、本日は何という日だ。
幸正は帰って来ず、下着を見られ、部屋を見られ、趣味を知られ。
家に男子を呼ぶどころか、部屋に招き入れるなど、本当に初めてのことで今でも心臓がバクバクと音を出している。
別に彼のことが好きなわけでは無い。
『いい人』とは思っているが、恋愛感情は抱いていない。
当然だ。出会ってまだ数日しか経っていないのだから。
しかしながら学校で噂のことを聞いた友人からどうなのよ、と揶揄れると、意図せずそういう風な視線で彼を見てしまうこともあり……はぁ。
私は大きく息を吐き出す。
階段を上り、自室に入る。
そこには先ほどまで男子が居たわけで……そう思うと自然と顔に熱が昇った。
あぁ、ダメだ。
次どんな顔をして会えばいいのだろうか。
頭を抱えてしゃがみ込み、ふと、テーブルの下に何かが落ちているのが見えた。
「なんだ?」
手に取ると、それはスマートフォン。
私のものは机の上に置いてあるし、幸正のでも両親のものでもない。
そうとなれば、考えられる可能性は一つ。
「佐藤のか」
私は慌てて階段を駆け下りて、玄関を開ける。
そして、彼を探すが……居ない、か。
仕方がない、明日学校で渡すとしよう。
諦めて家に戻ろうとした、まさにその時——、電柱の影から一人の男子生徒がこちらを覗いているのに気が付いた。
彼は確か——いや、まて。
この状況、このタイミング……まさか。
私は彼に近づく。
「一つ聞きたい」
今まで彼の顔を私は見たことがない。
つまり常習的にストーキングされている、という訳ではない。
今日、このタイミングで——つまりは佐藤がうちに来ているタイミングで、彼は現れた。
ならば、追っていたのは佐藤。
そして佐藤が相談してきた『果たし状』。
放課後に会いたいという内容のそれを加味して考えれば、おのずと目の前の少年が『それ』だという可能性が出て来る。
つまるところ——。
「お前が『オーガ』だな」
私の言葉を受けて、少年が電柱の影から姿を現す。
その表情に笑をたたえて。
†
果てさて、本日の夕食は何にしようか。
そんなことを考えながら最寄駅から自宅に向かって歩いていると、不意に声を掛けられる。
「ほう、これはいい偶然だ」
何だろうかと振り向くと、そこには——ニヤ付いた笑みを浮かべる赤髪の不良が、眼前に立ちはだかった。
……まじで俺の不良エンカウント率が高すぎる件について。
彼は周囲をちらりと見まわしてから「着いてこい」と背を向けて歩き出す。
当然こちらに拒否権は無いのだろう。
先ほどまで最高のテンションだったというのに、何だこの乱高下は。
空を見ると、空は闇に閉ざされ始めていた。
マジ憂鬱なんですけど。
彼の後を追って辿り着いたのはいつぞやの公園。
本日もタイヤが半分埋まった遊具が等間隔で並んでいる。
彼の後ろには曽根川さんがバイトしているコンビニが見えて——つーか、目を凝らしてみるとレジで欠伸してるじゃんね。
くっそ暇そう。
「えっと、それで、ご、御用件は何でしょうか」
お相手は不良。
当然下手からお話しさせていただく。
だって怖いじゃんね。
「てめぇ、マジでふざけてんのかよ」
「は、はいぃ?」
「チッ、まぁいい」
そう言うと、彼は上に羽織っていたシャツを脱ぎ捨て、タンクトップに短パンといういで立ちになる。
そうして分かる、鍛え上げられた肉体。
腕は全体的にごつごつとしており、鋭い目つきも合わさってマジで最強感溢れてる。
(悲報)俺氏、終了のお知らせ。
「俺じゃあ、てめぇには勝てねぇかもしれねぇ。……だが、てめぇみたいなクズに冬華はやれねぇッ!」
冬華……曽根川さんが関係しているのか?
そう言えば彼は曽根川さんの知り合いと言っていた。
当の本人はレジでまた欠伸をしているが……。
なんてことを思っていたのが悪かった。
——鋭い蹴りが、顔面に飛んでくる。
明らかにキックを齧っているであろうその一撃を、ただの陰キャである俺が避けられるわけがない。
視界が明滅し、理解不能の浮遊感が身体を支配して、気付いた時には右に大きく蹴り飛ばされていた。
腕を地面に擦り付けて血が出ている。
いや、それよりも歯で口の中を切った。
いやいや、それよりも顔面が陥没したのかと思うほどの激痛だ。
「……ッッッ!!」
声にならない声を上げ、蹴られた左頬を抑える。
痛ってぇ! マジで痛てぇ!
冗談抜きで死んだかと思った!
「今のは先日の礼だ。……さっさと立て。これで不意打ちはもうしない」
いや、いやいやいや、ちょっと待ってくれ!
先日の礼ってなんだよ!
つーか、痛すぎて、無理なんだが。
「……チッ、さっさと立てよッ!」
涙目で何とか止めるように訴えようと試みるが……飛んでくる追撃にそれどころではない。
大慌てで転がり何とか回避。
ゴロゴロして服が砂まみれになっちまったぜ。
俺は勢いそのままに立ち上がる。
「ハッ、声を出さなかったのはさすがとしか言いようがないな」
「ぁ、ぐ……っ」
違う、声を出さなかったんじゃなくて、声を出そうとすると切った口内が痛くて出せないんだ。
つーか口の中もう鉄の味しかしないんだが。
俺は口の中に溜まった血を吐き捨てる。
漫画などでよくあるシーン。
しかし実際やると痛いし泣いてるし、口の中は鉄臭くて気持ち悪いしでマジ最悪。
早く帰って口を
「さぁ、第二ラウンド開始だァッ!」
声を荒げて接近する赤髪。
止めてくれと告げようとして彼を見るが、視認する頃にはもう遅い。
高速のジャブを二発顔面に受け、ボディーブローがレバーに突き刺さる。
痛ってぇ!!
「オラオラッ、反撃しねぇとぶっ殺すぞッ!」
炸裂する攻撃。
右、左、左、右、足。頭突き。
鼻血は溢れ出て来るし、倒れすぎて膝小僧やら手のひらやらから血が出て来る。
泣きそう。
いや、もう泣いてる。
夜だから見えないだけで、涙がお目目から零れ落ちてる。
次の一発を喰らったらそのまま倒れて気絶しよう。そうしよう。
そうして迫りくる拳を胡乱な目で見つめていると——。
「裕司ッ!!」
「ッ!?」
「うぇぇ?」
唐突に止まる裕司君。
ちょっと待って、いや待たないで。あと一発だったのに。
ふらふらしながら声の方を向くと、そこには焦った表情の曽根川さんが居た。
「アンタ、なにやってんの?」
ほんとだよ。
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