第二十七話 突撃、センパイのお部屋!(平穏)
知り合いの親、というのを俺は見たことがない。
まず親を紹介されるほどに親密な中の人間が居ないからだ。
しかしながら、中学の時分に友人の親ほど気を使う相手は居ない、という話を耳にしたことがあった。
その時は、ふーん、そうなんだ。程度にしか思っていなかったが……。
「こんばんは、玲愛の母の京子です」
現在進行形で俺の眼前に着席し、にこにこ笑顔を浮かべる彼女——幾花京子さんを相手に、俺は気を遣う、というのを初めて理解した。
「こ、こんばんは。幾花センパイの後輩の、その、さ、佐藤景麻です」
「佐藤君ね、よろしくー。それにしても」
京子さんはセンパイの方をちらりと見て。
「へー、玲愛が男の子を家に呼ぶなんてねぇー」
「ち、ちが、その、母さんが思っているのとは違う!」
「ふーん、本当にそうなのかにゃー?」
「そうだ! だいたい、佐藤は幸正のお客さんだ!」
「幸正の? ……あっ、てことはもしかしてキミが兄貴!?」
ママンまで知ってるのかよ。
どれだけ幸正君は俺の話をしているんだ。
にしても、年上に——それも一回り以上も離れた人に『兄貴』と言われるのは、何だかこう、むず痒いな。
「は、はい。幸正君は、そう呼んでましたね」
「へー! へー! それじゃあお話ししよう! 佐藤君! 具体的には玲愛との関係とか、学校の話とか。おばさん、そう言うのが知りたいなぁ」
幾花センパイとの関係、そして学校。
この二つの単語を耳にした瞬間、センパイの頬が赤くなる。
何だこの人、照れているのだろうか。
あれか、別に好きな人ではないけど、そういう話に耐性が無くて自然と顔が赤くなるってやつか。
超わかる。
俺も中学の時によくいじられた。
それで『図星だ!』とか言われるからめっちゃしんどいよね。
「お、俺とセンパイは別に何も……」
「えー、うっそだー! この子、家で『あいつは中々いい奴だな』なんて幸正と喋ってたのよー? 加えて、今までぜんっぜん、男の気配がなかったのに、いきなりおうちにお招きって……いくら幸正のお客さんだからって、絶対気に入ってるって!」
「そ、そうなんですか?」
センパイをチラリズム。
すると彼女は顔を真っ赤にして——。
「も、もう母さんは黙っていろ!」
「えー、いいじゃーん。せっかくの春何だから」
「ぐぅ……っ、佐藤、ちょっと来い!」
「うぇ?」
腕を掴まれリビングから引きずり出される。
「きゃー、だいたーん!」
「だ、黙れ!」
どうやら幾花センパイは舌戦で母には勝てないらしい。
叫ぶセンパイに連れられ、そのまま階段を上り、二階の一室に連れていかれる。
どこぞここ?
「幸正が帰って来るまでここに居ろ。母さんも、娘の部屋に入ってくるようなことはしないだろう」
娘の部屋——つまりここは幾花センパイの部屋か。
よく見ればハンガーに先ほど着替えた学校の制服がぶら下がっている。
…………?
……ちょっとまって。
え? ここ、センパイの、部屋?
俺っち、今女子のお部屋に居るの?
ちら、ちらっと部屋に視線を飛ばしてみる。
全体的には落ち着いた雰囲気の部屋だが、要所要所にファンシーなグッズが点在しており……本棚の上にはベア君のぬいぐるみが鎮座しておられた。
「………」
「む、何を見て……っ! あっ、がっ、ぐぉ……」
センパイは俺の視線の先を辿り、そこに鎮座するベア君を発見した瞬間、何やら悶え始めた。
頭を抱え、耳まで真っ赤にしながら何事かを呟いていらっしゃる。
よくよく耳を澄ませると「殺せ、もう、殺してくれぇ」と拷問されたスパイみたいなことを言っている。
余程恥ずかしいのだろう。
俺は正直それどころではないのだが。
女子の家、というだけでもドキドキしたのに、今度は部屋だ。
つまり、ここでいつもセンパイは着替えをしたり、勉強したり、就寝したり、そして、その若き肉体を持て余し自らを慰めている——かどうかは知らないが、しているかもしれないのだ。
やっべ、興奮して来たぞ?
とりあえず話題でも振るか。
「か、可愛い部屋ですね」
「ぐはっ!」
しまった! 話題のチョイスを失敗した!
「そ、そのだな。出来たら学校の奴らには内緒でお願いしたいのだが……」
なるほど、幾花センパイ的にはこういうのが好きということを知られたくないのか。
別に知られても何ともないだろうに、というのはあくまでも俺の主観であり、彼女がどう思うかは別問題。
といっても、元々言う相手なんていないのだが。
最近になって話すようになったのは阿知賀さんと曽根川さん。
そして両者と関係のない幾花センパイの趣味を語ることなどまずありえない。
なので彼女の心配は杞憂なのだが。
それも、彼女自身がどう思うかで、俺の主観は関係ないな。
「わ、わかりました。で、でも、その、俺はこういうのもいいと思いますよ」
困った時は同調しておくに限る。
ネットで、ウザい男の特徴に何でも否定から入る人、というのがあったからだ。
確かに否定から入る人って面倒くさいイメージがある。麻生君とか。
「ふむ。そ、そうか?」
と、まんざらでもなさそうな幾花センパイ。
彼女は近くにあったぬいぐるみを手に取ると、「いいと、思うか?」と再度首を傾げて尋ねて来る。
「はい、それはもう、さ、最高だと思いますね」
「……ふっ、そうか」
何か良い雰囲気じゃんね。
それから俺たちはしばらく話を続け、幸正君の帰りを待ち続け――三十分ほどが経過。
時計の針は六時を回った。
「いつもなら、すでに帰っている時間のはずだが……少し待っていてくれ」
言い残し幾花センパイは部屋を出て行き、待つこと数分。
諦念にも似た笑みを浮かべた幾花センパイが帰ってきた。
「えっと、どうされたんですか?」
「いや、今電話して来たんだが……今日、塾だったらしくてな……」
「はぁ」
「まぁ、何というか、そういう訳で、帰って来るのは十一時を過ぎるらしい」
「……」
「つまり、その……すまん」
マジかよ、というのは俺の寸感。
じゃあ今まで待っていたのはいったい何だったのか。
「い、いえそんな。別に構いませんよ。いつも暇ですし」
しかし、そうと決まればこれ以上お邪魔するのはおかしいか。
早々に帰宅することとしよう。
「で、では、俺はそろそろ。お、お暇させていただきますね」
「あぁ、いや全く、こちらの不手際だった」
「そんな。せ、センパイと話すのも楽しかったですし」
これは本心。
美少女と話すのは緊張するし、話し終わったらすごく疲れるけれど、それでもやはり楽しいのだ。
「そうか、そう言ってもらえると、嬉しいよ」
爛漫の笑みを浮かべるセンパイに見送られ玄関へ。
するとリビングから顔を出した京子さんがにんまりとした笑みを浮かべて、告げる。
「次はいつ来るのかしら」
「え、えっと」
「それとも玲愛から会いに行くの?」
「なっ、か、母さん!」
「おほほほっ、ようやく娘に思春期が訪れたんですもの。ならばそれを揶揄うのが親の務め! 高校三年生にもなって彼氏の一人も居ないなんて、どんな喪女かと思ったけど、うんうん。お母さん嬉しいわぁ」
「ぐあぁああ! だ、黙れぇ……!」
「お父さんにも今度紹介しないとね」
「や、やめっ」
京子さんに手も足も出ないセンパイ。
最終的にはまた顔を真っ赤にして頭を抱えてしまった。
「ま、冗談はこの辺にして……佐藤君。玲愛と仲良くしてあげてね」
「は、はい!」
そうして、俺の頭を撫でると、京子さんはリビングに引っ込んで行った。
「な、なんかすごい人ですね」
「恥だ。あれは恥だ」
「あ、あはは」
愛想笑いを浮かべつつ、玄関で下靴に履き替え、扉に手をかけた。
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