第二十六話 突撃、幾花家!(平穏)
放課後、俺はあることを迷っていた。
それすなわち『果たし状』に応じるか否か。
『オーガ』という存在について、俺は今日一日で出来うる限りの情報を集めた。
と言っても、誰かに話しかけるなんて出来ないので、それっぽい噂を耳にした時に近づいて聞き耳を立てただけなのだが。
その結果、以下のことが判明した。
『オーガ』。
・どこぞの中学で『破壊神』の異名を有する最強の不良。
・今年の桜越高校の一年生の中に居る。
・本名は佐藤景麻。
最後の奴は絶対違う。
そんなことを思ったが、どうやら俺はその『オーガ』とやらと間違われているらしく、おかげで不良を一方的にやっつけた、などという噂が流布されたわけだ。
全く、はた迷惑な奴だ。ぷんぷん。
これは文句の一つでも言いに『果たし状』に応じるしかないか。
などと思うことは一切なく。
そんなやべー奴に目を付けられていることに、俺はひっそりと戦慄した。
なので『果たし状』は無視一択。
下駄箱で靴を履き替えて校門に向かっていると、そこに佇む一人の少女を発見した。
制服の上からでも分かるほどの豊満な乳房は、一度見たら忘れようもない。
決して太っているわけでは無く、それが元来のスタイルだということは体育の時間に確認済み。
そこらのグラビアアイドルなどひれ伏すに違いない彼女は、この桜越高校の生徒会長、幾花玲愛センパイだ。
誰かと待ち合わせだろうか。
仮にその相手が男なら、学校中の男子生徒を敵に回すこととなるだろう。
俺ももちろん敵に回るぜ。
そんなことを考えつつ、校門を通り過ぎようとして——。
「あっ、やっと来たか」
と、そんなお声が聞こえて来た。
それは幾花センパイの物で、やはり誰かと待ち合わせだったのか。
ちらりとそちらへ視線を向けると、彼女のお目目とかち合った。
そのままどこか照れたような、それでいていつも通りの勝気な笑みを浮かべて彼女は近付いてきて、言う。
「佐藤、この後暇か?」
「ひゃ、ひゃい」
「なら良かった。実は君を家に招待したいんだ」
「ふえぇ?」
困惑する俺を他所に、幾花センパイは手を取って、そのまま歩き始めた。
ひゃー、手が、手が柔らかいンゴ。
†
こうして今に至る。
現在は幾花センパイの自宅へ向かうために電車に揺られてガタンゴトン。
女子と並んで座る電車の何と良きことか。
阿知賀さんとも並んで座ったけど、マジで心が充足感に包まれる。
生きててよかったって、割と本気で思っちゃう。
「いや、すまないな。いきなり」
「い、いえ」
外の景色を眺めながら幾花センパイが話しかけて来る。
「幸正が会いたい会いたいと家で五月蠅くて、そのくせ誘うのは恥ずかしいから連れて来てくれ、なんて頼んできたんだ」
「そ、そうなんですか」
なんだ、幾花センパイのお誘いじゃないのか。
「あいつが私に何かを頼むの何て、いつ振りか分からなくてな。つい、快諾してしまったんだ」
案外ブラコンなのだろうか。
でも、家族を大事にする人って個人的にアド。
よくシスコンキモいとかファザコンマザコンキモいと聞くけど、家族思いの良い人だな、ぐらいの印象しか抱かないぜ。
「な、仲が良いんですね」
「悪くはない、と思う。精々誕生日にプレゼントを贈り合うぐらいだ」
すんげー仲いいじゃん。
「そ、それは楽しそうですね」
「あぁ、まぁ、そうだな。先日もベア君のぬい——はっ! い、いや、何でもない」
ベア君のぬい?
ベア君は確か、某有名テーマパークのマスコットキャラクターだったはずだ。
つまりベア君のぬいぐるみ、と言いたかったのか?
ふむ、普通に推測してしまった。
まぁ、誤魔化したということは触れてほしくないのだろう。
「——と、ここだ。降りよう」
「あ、はい」
駅に着いたので降りる。
そこからしばらく歩くと、綺麗な住宅街に辿り着いた。
最近開発されたばかりの住宅街って感じ。
植物とか建物のデザインとかが超絶お洒落だ。
そこを歩き、ひとつの一軒家に到着した。
庭、車庫付き二階建ての、少し大きめの家だ。
ご両親は何をしている人なのだろう。
車庫に車は無かった。
「こっちだ」
言われるままに後を追い、幾花センパイが玄関のかぎを開ける。
「ただいま」
「お、おじゃましま~す」
他人の家に上がるの何て初めてじゃんね。
しかも、女性の家だ。
凄いドキドキしちゃう。
「む、幸正はまだ帰ってないのか?」
幾花センパイは玄関の靴を見て、眉を顰める。
「ど、どうしましょう?」
「そうだな。リビングで待っていてくれ。すぐに帰って来るだろう」
「は、はい」
リビングに通されて、ダイニングテーブルに着席。
すると幾花センパイが麦茶を出してくれた。
「部屋で着替えて来る。少し待っていてくれ」
「は、はい」
それにしても、何だろう。
変な感じだ。幾花センパイの匂いがする。
いや、彼女が住んでいるから当然なのだが、嗅ぎなれなくて落ち着かない。
俺は出された麦茶を一口。
……っ! あ、味が違う!?
これはお茶だ。だけど、俺の家の奴と味が違う!
いや、ここは幾花センパイ宅なのだから、当然なのだが、何か落ち着かない!
そわそわと、周りを見ていると、部屋の中になにやら洗濯物が——って、ブラジャーがあるんですけど!? ぱ、ぱぱぱ、パンツまで!
これはいけない。
視線をそらさないと、息子が元気になってしまう。
「やぁ、お待たせ」
そうして現れたのは部屋着に身を包んだ幾花センパイ。
薄いシャツが彼女の胸をさらに強調する。
だ、駄目だ。刺激が強すぎる。
「い、いえそんな。き、綺麗な家ですね」
「見えるところだけさ。私生活の部分は——ッ!? あっ、ぐぁ! ちょっと目を瞑れ!」
そう叫ぶと、幾花センパイは慌てて立ち上がり、勇み足で歩き出す。
そちらの方角は確か洗濯物が——あっ。
「……」
「み、見たか!? 見たよな!?」
「あ、え、えっと、それはその……」
「綺麗な家って言ったもんな! 見渡して言ったよな!?」
「あ、う、え、あ、その……」
「ぐ、くぅ……! ——はぁ。まぁ、これは私の落ち度だな」
「な、なんか、すいません」
「…………やっぱり見たんだ」
「うぐっ、す、直ぐにその逸らしたので、その……」
「はぁ、まぁいいよ」
センパイは洗濯物を持って自室に赴くと、しばらくして戻ってきた。
「……コホン。そ、それで、えっと、そうだ! その後、噂の方はどうだ?」
どうやら掘り返して欲しくないらしい。
掘り返す度胸などありはしないのだけれど、話題を変えるのならそれに乗ろう。
「まぁ、その、難しいですね」
「ふむ、そうか……私の方でも訂正しているのだが、中々信じて貰えなくてなぁ」
「そうですか……こちらも、その、噂の弊害と言いますか、その、厄介なことがさらに発生してまして」
「厄介ごと?」
「はい」
俺は『果たし状』を鞄から取り出す。
「これか……中を見ても?」
「えぇ、大丈夫です」
センパイは中を確認し、眉間に皺を寄せる。
「なるほど、キミはそうだったのか」
「え?」
「あぁ、いや。何でもない。……ふむ、因みに行ったのか?」
「行くわけないじゃないですか」
こちとら糞雑魚ナメクジだぜ?
「ふむ、そうか」
幾花センパイは俺の応答を聞いて、口元に手を当てる。
そして何事かを考え込むようにして——不意に俺を見た。
「明日、またこれが入っていたら私に連絡してくれないか? 一緒に『オーガ』に会いに行こう」
「え、えぇ!?」
「もしかして(私が)心配なのか?」
「そ、そりゃもちろん。(俺達が)心配ですよ」
すると彼女はふっ、と笑った。
「こういう時、大切なのは信頼だろ?」
「……そう、ですか」
何か策があるのだろうか。
不安だが、彼女の自信満々の表情を見るに、信頼しろ、ということだろう。
正直『果たし状』に応えるなんて不安しかないが、彼女がそこまで言うのなら、信頼しよう。
「わかりました。連絡します」
「そうか。……と、そう言うことなら連絡先を交換しようか。幸正とは交換しているらしいが、私たちはしていなかっただろう?」
「そ、そうですね」
曽根川さんに続き、まさか幾花センパイとまで交換できるとは。
何たる僥倖だろう。
これこそ、不幸中の幸いというに違いない。
「何やら嬉しそうだな?」
やば、顔に出ていたか。
キモがられていないか?
「そ、そうですね。知り合いが増えるのは、嬉しいです」
「む、そうだな。私も新たなる交友関係を築くのは嬉しいな。——そう言えば、佐藤は髪を切ったのか?」
「あ、はい。気付きました?」
「さすがにそれだけ切っていれば気付くさ。以前よりさっぱりして、いい感じだな」
「あ、ありがとうございますっ」
それにしても幾花センパイってホントいい人。
きっとご両親が人格者なのだろう。
幸正君も不良から逃げた後にわざわざ俺を探してお礼を言いに来たぐらいだしな。
教育が行き届いた家庭、という奴なのだろう。
幾花センパイと談笑していると——ガチャっと玄関が開く音。
「む、ようやく帰ってきた——」
「ただいまー! 今日は定時帰宅でーす!」
「……」
元気な女性の声。
対し、眼前で固まる幾花センパイ。
つーか、あれ? 幸正君じゃない感じ?
「あれ、玲愛帰ってるのー? お帰りをちょうだーい!」
「……ッ!」
慌てだす幾花センパイ。
玄関の方を見て、俺を見て、近付く足音を聞いて、俺を見て、口を餌街の鯉の如くパクパク。
そして、リビングに顔を出したのはスーツに身を包んだ爆乳の女性。
「ただい——ま!?」
なにやら固まった女性。
とりあえず俺は。
「お、お邪魔してます」
と、ご挨拶。
それから現在進行形で固まったままの幾花センパイに視線を向けると、やがて彼女は大きくため息を吐いて、俺にスーツの女性を紹介した。
「うちの、母だ」
まさかの親フラじゃんね。絶望。
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