第三章 RUN NOW!!
第二十五話 空に一番近い場所。(平穏)
昼休み、俺はいつもの場所で菓子パンを齧る。
今日は独りランチだ。
遠くに見える海は美しく、心が洗われ――ない。
これほどきれいな景色を見て、珈琲片手に一息ついているというのに、さっきから胃がキリキリして食事がなかなか進まないのだ。
「はぁ」
その原因は分かっている。
『果たし状』だ。
俺の噂が流れだした日から毎日届いている果たし状。
先ほど職員室に赴き、以前までの果たし状もすべて読ませていただいたが、中身は全て同じだった。
『俺はオーガだ。お前は何者だ?
何を目的としている。
お前の力はいったいどれほどだ?
俺はお前との戦いを望んでいる。
放課後、校舎裏に来い。』
他にも書かれていたが、要約するとこうだ。
『オーガ』。
それは俺が最恐と恐れられている根幹の虚像。
そんなものが本当に実在するのか?
いや、こうして果たし状が来た以上、実在するのだろう。
そしてそれは、この学校の生徒の中に居る。
俺が胃を締めつけられているのは、単に放課後のことを危惧しているからだけでは無い。
そんなヤバい奴に目を付けられて、対する此方は相手の情報を何一つ持っていない。
この一方的なパワーバランスこそが俺の不安のもっとも足る要因であった。
「はぁ」
また溜息。でも仕方ないじゃんね。
俺、ただの根暗陰キャですよ?
何でこんな思いをしなきゃならんのですか。
そうやって頭を抱え込んでいると、不意に声が聞こえてきた。
「……君、……藤君、……佐藤君」
声の方角は……上?
ここは三階で、これより上となると屋上。
そして屋上に続く階段は封鎖されているはず……。
そんな思いで上空を見上げると。
「やっほー、佐藤君」
屋上から顔を出す曽根川さんを発見した。
「そ、曽根川さん?」
「こっち来なよ」
そう言って手招きする曽根川さん。
「い、いや、でもそこ封鎖されてて……校則違反なんじゃ?」
「非常階段も校則違反だよ」
そうなの!? 俺幾花センパイとご飯食べちゃったじゃんね。
あの人生徒会長なのに、何で留めてくれなかったの?
「とにかく、こっち来なよ」
「でも、どうやって?」
「あー、それ。飾りだから簡単に開くよ」
「え?」
言われてためしに封鎖されている鉄扉を押し開く。
すると簡単に開いた。
なん……だと……?
そのまま階段をのぼり屋上へ。
すると――空が、近かった。
「……すげぇ」
今までだって十分に高いところでご飯を食べていたけれど、でも、なんだろうこの解放感は。
おそらく、見上げたところに障害物が何一つ存在しないからだ。
青い空、白い雲、燦々と照りつける太陽。
視線を下に戻すと、曽根川さんがニコニコしながらそこに立っている。
「どう?」
「い、いや、何というか……おぉ、海がさらによく見える」
曽根川さんの言葉に答えたいけれど、興奮を抑えられない。
風情愛好家としては見過ごせない。
桜並木の方は残念ながら桜が散り、緑生い茂る普通の並木道になってしまったが、海だけは変わらない。
何処までも続く海は、何処までも続く空と交わり、その稜線を忘却させる。
落下防止の柵が一応取り付けられているが、それも腰ほどの高さしかなく、海を眺める妨害になりえない。
この学校に、こんな場所があったのか。
「凄いね、ここ」
「うん、私が見つけた」
「曽根川さんが?」
「そう。開いてないかなーってドアノブ捻ったら、開いてたんだ」
曽根川さんは、にししと笑う。
「佐藤君、こういうところ好きでしょ?」
「う、うん。何で?」
「なんでって言われても……いっつも非常階段でご飯食べてるし、あとはこの間、コンビニ前の公園でお弁当食べてたでしょ? なんか空見たり海見たり。それ見て、もしかしたらって」
「な、なるほど」
なんだか恥ずかしいな。
「ご飯食べてる途中なんでしょ? 一緒に食べない?」
そう言われて、別段断る理由は無い。
二人して、綺麗なところに座る。
綺麗、と言っても、曽根川さんが軽く掃除したところだが。
……そう言えばこういう時にハンカチをお尻に敷かせたらいいってネットで見たっけか。
物は試しである。
「そ、曽根川さん。良かったらこれ、し、下に敷いて」
「え、そんな。気にしないでいいよ」
「いや、えっと、遠慮しないでいいから」
「……そう? じゃあ、ありがたく」
そうして美少女のお尻に敷かれるハンカチ。
俺はキミが羨ましいよ、ハンカチ君。
出来うることなら場所を交換してほしい。
俺はMでは無いけれど、曽根川さんと阿知賀さん、あとは幾花センパイのお尻に敷かれるのなら、最高の気分になれる自信がある。
「そう言えば、この間夕食作りに行ったとき結構楽しかったからさ、またお邪魔してもいい?」
「え?」
「いや、その嫌だったら断ってくれてもいいんだけど……」
え? ナニコレ美人局?
そんなこと言われたら俺に気があるんじゃね? とか勘違いしちゃうからやめて欲しいじゃんね。
というか曽根川さんが全体的にぐいぐい来るんだが、これは何か打算があるのだろうか。
それとも本当に好意までは言わなくとも、友愛のような物を抱いてくれていたりするのだろうか。
今まで友達が居ないから、こういうのは全く分からないじゃんね。
「べ、別に嫌じゃない、から、その、えっと、いつでもどうぞ」
兎にも角にも、断る理由など特に思い浮かばないので了承。
「じゃあさ、連絡先交換しない?」
「あ、う、うん」
そうして俺のスマホに新しい連絡先が追加された。
阿知賀さんに続き、曽根川さんの物までゲットできるとは。
美少女ばっかりのモテ男のスマホみたいじゃんね。
こ、幸正君もお姉ちゃんが美少女枠だからセーフ。
†
同日の放課後。
駅に向かういつもの帰り道を俺は女子とともに歩いていた。
女の子と二人で歩いていると周りに噂されちまうぜ、とか思ったけど、高校生にもなればカップルもそれなりの数が居て、視線などそこまで多くない。
と言っても僅かに視線が送られているのは確かで……それは偏に、俺の隣を歩く女子がそれなりの有名人だから、であった。
「キミの駅は——うん、そこか。だったら定期券内だな。私の家があるのはこの駅だ」
「そ、そうなんですね」
「あぁ。それにしても、男子を家に招くの何て初めてだから、何だか緊張するな」
そう言って苦笑を浮かべた幾花センパイは、今日も今日とて巨乳だった。
何故こうなったのか。
それは数十分前に遡る。
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