第二十四話 変わりゆく現実。(不穏)

 果てさて、日曜日もあっという間に過ぎて月曜日。


 いつも通りの月曜日は、しかし俺にとってはそうではない。

 散髪でイメチェンして初めての月曜日なのだ。


 凄いドキドキするのだけれど、どうしよう。

 電車に乗る時も、周りから変に思われてないかとか視線を気にしちゃう。

 しかし、俺の脳裏に浮かぶ阿知賀さんが大丈夫と慰めてくれる。


 ……阿知賀さん。


 その名前を思い浮かべるだけで、顔に熱が昇る。

 よく考えれば俺、あの子とデートして、間接キスもしたんだよな。


 ここが電車の中でなければ今すぐしゃがみ込んで頭を抱えたい。

 正直土曜日は家に帰ってからめっちゃ悶々としたし、日曜日もかなり悶々していた。


 あぁ、やべぇ。今日まともに挨拶できる気がしねぇ。


 何だか電車の揺れだけでドキドキしてくる。末期かな?


 兎にも角にも、阿知賀さんとの挨拶をイメージしながら、学校に向かった。

 下駄箱を開けると、紙が一枚。


『果たし状』


 今日もか。面倒くさいなぁ。

 とりあえず職員室前の落とし物箱に持っていく。


 すると、丁度水科先生が扉の向こうからガラガラと現れた。


「むっ、それを持ってきていたのは佐藤だったのか」

「うぇ?」


 いきなり声を掛けられてびっくり。

 彼女の視線は俺の手の中の『果たし状』へ。


「それはどうしたんだ?」

「そ、その、下駄箱、に入ってたので」

「なら読めよ」

「い、入れ間違いかなぁって」

「何日連続で入れ間違えるんだよ」


 そりゃそうだ。

 俺はただ現実逃避したくてこの行動をとっているに過ぎない。


「まぁ『果たし状』なんて物騒な文字が入ってるしな。だが、とにかく中身を確認してから判断しろ。嫌ならいかなければいいだけの話なのだからな」

「は、はい……」


 うーむ、仕方がない、か。

 俺は『果たし状』を鞄に入れてから、教室へと向かった。

 扉の前に到着すると、自然に早くなる脈拍。


 やべぇ、やべぇ。


 自意識過剰って言うのは分かっているけど、変な反応されるのだけは最悪。


 なにより、阿知賀さんに失礼だ。


 お願いします、褒められるか無関心かのどちらかにしてください!


 いざ!

 ガラガラっとドアを開ける。


 するとそこにいたのは剽軽者、麻生君だった。


「ん? お? おお? くははっ、お前佐藤かよ!」


 俺を指さしなにやら笑う麻生君。


「陰キャ君、噂の中心になったから調子乗っちゃった~?」

「……えっと」

「お前らどう思う?」


 すると、彼らの後ろにいたひょろがり眼鏡と小デブが笑う。


「むりむり~」

「イきり陰キャ乙!」


 げらげらと、それはもう笑いだす三人。

 すると麻生君に、一人の男子が話しかける。


「ちょっと、佐藤君って……」

「俺あんな噂信じてねーし? ……ぼそぼそ(つーか誇張して流したの俺だし)」


 後半は聞こえなかったが、どうやら麻生君は信じていないらしい。

 それはそれで嬉しいのだが、今の現状を鑑みるに全くもって嬉しくない。


 つーか、麻生君嫌いだ。

 加えて後ろ二人も嫌いだ。


 なんかこう、なんかこう……嫌いだ。


 げらげら笑う三人を来栖君のグループの人たちは冷めた目で見ているが、三人よりカーストが下と思しき人たちがだんだん同調するように笑い始める。


「うん、似合ってないよね」「てかブスすぎ」「調子乗っちゃったのかな」


 聞こえるか聞こえないかの音量。


 いや、彼や彼女らは聞こえていないと思っているのだろうが、ばっちり聞こえて来る。


 そして、その声はボッチのガラスのハートを打ち砕く。


 ……やばい、泣きそう。


 いや、泣かない。泣かないけど。

 なんか、なんかつらい。


 心が痛い。泣きたくなんかないのに、目元に水が溜まってる気がする。

 顔が熱くて、もう無理——。


「何してるのー?」


 と、後ろから声を掛けられる。


 そこに立っていたのは曽根川さん。

 彼女は俺の髪へと視線を向けると、快活な笑みを浮かべた。


「あれ、佐藤君髪切ったの? さっぱりしたねー、いい感じじゃん!」


 そういうと、彼女は俺の後ろを見て——。


「ん? 何でそんなに笑ってるの?」


 と、引きつった笑みを浮かべた麻生君を見やった。

 教室の空気が凍る。


 そして——それを打ち破ったのは、なんと来栖君だった。


「くくく、あはははっ」


 普段、クールでめったに笑わない彼が、声を出して笑った。

 そして来栖君は「最高だな、曽根川」と言ってから俺の方に来て。


「俺もいいと思うぞ」

「お、おう」


 何か照れるぜ。


「けどこれ何も付けてないだろ。今度ワックスの付け方教えてやるよ」


 来栖君は俺の髪をちょいっと触るとそのまま元居たグループに戻っていった。


 そのグループでは来栖君にハートマークの浮かんだ目を向ける女子が居て——めっちゃ彼女の気持ちがわかる。


 来栖君、クールでかっこよすぎるぜ。


 そう思いつつ席に向かおうとして、その前に曽根川さんの所へ向かう。


「そ、その、ありがとう」

「えー、なにがー?」


 これは、本当に偶然だったのだろうか。


 うん、偶然か。クラスの美少女が俺の肩を持ってくれたなんて妄想、有り得るはずも無いか。


「いや、そのいい感じって言ってくれて、その、嬉しかった、から」


 とにかくそんな感じで誤魔化して、俺は自席へと赴く。


 席に着いた瞬間、スマホがバイブする。

 確認すると、阿知賀さんからだった。


 ——『マジで麻生君嫌い』『キモい』『ウザい』


 めっちゃ愚痴言ってるじゃん。

 でも今ならわかる。俺も嫌いだ。


 来栖君のおかげで何とかなったが、教室の空気は未だに微妙。


 ふてくされた麻生君の周りは言わずもがな、彼に同調した低カーストの彼や彼女らも少しぎくしゃくしている。


 そうしてどうしようもなくなった彼らが視線を向けるのが、俺だ。


 おかげで超チラチラされる。


 恥ずかしいっていうか、なんていうか。


 それもこれも全て俺の髪型が原因って言うんだから、なんともしょうもないことで人は気まずくなれるんだな、とボッチは一つ学んだ。


 っと、そうだ。忘れないうちに。


「おはよう」


 RINEでは言葉が飛んで来たが直接言うことに意味があると俺は思う。

 なので、そう告げると。


「うん、おはよう」


 優しい笑みを浮かべて、お返事くれた。嬉しみ。


 その後は阿知賀さんは別の友達の下へ行き、お話を始めた。


 なので俺も鞄から先ほどの『果たし状』を取り出し、中身を確認する。

 書き出しはこうだった。









 ——『俺はオーガだ。お前は何者だ?』

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