第二十三話 変わりだす状況。(不穏)
それから二人で歩いていると、ポツリと阿知賀さんは話し始めた。
「私、暴力って嫌いなんだ」
「……」
視線を向ける。
すると、彼女もこちらを向いて――。
「話し、聞いてくれる?」
「うん」
首肯を返すと彼女は薄く笑ってから、教えてくれた。
その身に起きた、過去を。
「中学の頃ね、私、痴漢されたの」
†
二年前。
私、阿知賀美奈穂は学校に向かう電車の中で、痴漢された。
ドア付近に立っていると、後ろからお尻を触られたのだ。
怖かったし、気持ち悪かった。
ドアの窓に反射して映るのは背後に居る中年のおじさん。
こういっては何だけど”いかにも”な風貌をした人だった。
しばらくは耐えていたけど、だんだん触る手が内腿の方に入ってきて、――私は勇気を振り絞って言った。
「や、止めてください」
するとそれを聞いて、手が引き抜かれ――同時におじさんの隣に居た二十歳の大学生と思しき男性がおじさんの腕を掴んで――。
「何してんだよ! あんた!」
と叫んだ。
「わ、私は何も――」
「あんたこの子に痴漢してただろ!」
そのやり取りで車内がざわつきだす。
そして、電車は次の駅について――おじさんは逃げ出した。
同時に大学生も飛び出し、足を引っ掛け、蹴りを入れ、押さえつける。
「逃げられると思うなよ!」
「ち、ちが」
「黙れ! この下衆!」
そう言って殴打。
周りはスマートフォンを彼らに向けて、撮影。
「最低」「キモ」「死ねよジジイ」「それに対して、あの人カッコいいー」
そんな言葉が周囲を伝播し、駅員も駆けつけ、おじさんが連れて行かれた。
私も駅員室まで行き、学校に連絡。
警察が来てごたごたがあり――最終的に逮捕されたのはおじさんをボコボコに殴った大学生だった。
おじさんの指先から私の制服の繊維が確認されず、逆に大学生の方から確認された。
つまり、おじさんは冤罪だったのだ。
それを大学生は大声で怒鳴り、暴力をふるい、周囲を味方に付けることで罪をなすりつけようとした。
知った瞬間、私は吐いた。
気持ち悪い。
暴力により、無理やりに従わせる。
そんな行動が、酷く気持ち悪くて、嫌悪感を覚えたのだ。
だから、だから私は――
†
「暴力だけじゃなくて、荒っぽい仕草とか、強い語調とか。本当に、そう言うのが無理」
語り終る阿知賀さんの話を聞いて、俺は、なるほど、と得心した。
だから彼女は噂が流れた時にあれほどまでに冷たい態度になったのだ。
嫌い、嫌悪。
憎悪……はちょっと違うか。
俺だって暴力は嫌いだ。痛いし。
でも、おそらく彼女はそうではない。
世間一般的に言われる「暴力が嫌い」とは、何かが違う。
その証拠に、世間一般では俺の噂のような——つまり、人を助けるために悪い奴を倒す、という行動はそこまで嫌悪されはしない。
子供が見るアニメであったとしても悪役が悪いことをして、ヒーローが倒すというのは極々当たり前の勧善懲悪だ。
しかし、おそらく阿知賀さんは、それすらも嫌なのだろう。
思えば、彼女のライトノベルは、異世界物であろうとも、現代ラブコメであろうとも、一切の暴力シーンは出てこなかった。
異世界チートハーレム物も、チート能力は土地開発などに使用されていた。
彼女の気持ちを理解することはできないだろう。
話を聞いて、なんとなくの理解は得たが、それが正確な物なのかどうかは測りようがないからな。
だから、俺はこう返事してみる。
「俺も暴力は嫌い。痛いしね」
「そうだね。そう、みたいだね」
「?」
首をかしげると、阿知賀さんは頬を掻きながら告げる。
「その……実は私、やっぱり噂は本当なんじゃないかな、ってあの時思っちゃったんだよね」
あの時、と言うのは先ほどの絡まれた時のことだろう。
「あの三人すごく怖くて、そしたら佐藤君が来てくれて……だけど、もしかしたら噂通りの人で、暴力で解決しちゃうんじゃないかって」
「そう」
「うん。……ちなみに、あの赤い髪の人が言ってた『オーガ』って?」
「さぁ、俺もよくわからん」
大体『オーガ』って、なによ。
中二病ですか?
でも、それこそが俺の噂の根幹なのだろう。
おそらく『オーガ』と呼ばれる人が居て、その人が滅法に強い。
そして、何の因果か俺がその『オーガ』と間違われている。
「とにかく、俺はただのボッチだから」
「え?」
「?」
互いに見つめ合う。
「ボッチじゃないじゃん」
と、阿知賀さんは自らを指さし述べた。
「あ、そっか。うん、そっか」
「友達、だよね」
「だと良いな、と俺は思ってた」
「そっか。なら、私と一緒だ」
そうして浮かべた笑みは……うん。
なんと言うか……。
友達以上の関係になれたらいいなぁ、とそう思った。
それから俺は彼女を家に送り、自分の家まで歩いて帰った。
†
俺、裕司は夕方のことを思い出す。
あの時、センパイに連れられナンパに行ったときのことだ。
可愛い女子が居たから、ナンパするセンパイ。
喧嘩は俺が一番強いけど、女の扱いはセンパイの方が上手い。
センパイの後ろでナンパを眺めていると、奴は現れた。
『オーガ』だ。
同時に、痛む顎。
あの時の不可視の一撃を今でも俺は覚えている。
そして『オーガ』は「俺の連れ」と言った。
二人の距離は近く、誰が見てもデート。
恋人関係かどうかまでは分からないが、かなり近しい関係の人間だろうことは想像に難くない。
だが、それはおかしい。
だって『オーガ』は、冬華の彼氏のはずなのだから。
「『オーガ』……」
俺は奴には勝てない。
けど、二股掛けるようなクズを、俺は放っておけない。
それに……。
「冬華は俺のだ。俺の……」
冬華、俺はゴールデンウィークの時、間違えた。
でも、大丈夫。もう間違えない。
あのクズから、俺が、俺がお前を……。
「俺が『オーガ』からお前を救ってやる」
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