第二十一話 髪を整えましょう。(平穏)

「かゆいところはございませんか~」

「あ、はい」


 泡を流され鏡の前へ。

 椅子に座らされて、いざ散髪が始まる。


「どんな髪型がいいとかって、ありますか~?」


 木島さんの言葉を受けて、俺は阿知賀さんと二人で出した結論を、彼女に告げた。


「お、お任せで」

「……少々お待ちください」


 なにか失敗したのだろうか。

 すると木島さんは阿知賀さんの方へと赴き、彼女と一緒に戻ってきた。


「どんな髪型がいいとかって、ありますか~?」


 あれ? ループしてね?


「お任せで」

「って、返って来るの。どうしたらいいの? 阿知賀ちゃん」

「お任せで」

「えぇっ!? 阿知賀ちゃんも!?」


 驚く木島さんに、阿知賀さんが淡々と語る。


「なんかこう、さわやかで、流行で、清潔感のある感じの……お任せで」


 ふわっふわな依頼文。

 木島さんは、う、う~んそこまで言うなら……と、最終的には頷いて、しかし指標的なのが欲しいとタブレットを携えて、いろんな髪形を並べる。


「どれがいい?」

「あ、あー、もうちょっと長いのが、あー、もうちょっと、もうちょっと」


 長いのを選んでいると、阿知賀さんが割り込んでくる。


「だ、駄目! それじゃあ意味がない!」


 彼女はタブレットを操り、コレ! と言って木島さんに見せた。どれ?

 俺にも見せて。


「佐藤君は眼を瞑ってて。出来てからのお楽しみ」

「あ、はい」


 不安なんだが?

 そう思いつつ、俺は眼を瞑った。


 そうしてどれくらいが経っただろうか。

 木島さんのコミュ力に救われて、気まずい雰囲気には何とかならずに散髪を終える。


 俺は眼を瞑ったままなので完成形が分からない。


「阿知賀ちゃーん、どう?」

「はい、イイ感じですね。佐藤君も目を開けてみて」


 言われた通りに目を開ける。

 するとそこにいたのは、目元が見える俺だった。


 めっちゃ短い。あ、あ、終わった俺死んだ。

 ダメだ俺だめだ。もう無理だ、生きていけない。

 失礼なので口には出さないが、似合っていない。


 特にこの髪の毛がツンツンしているのが、ザ・陽キャって感じで無理。


「うん、だいぶ良くなったんじゃない? 私も自分の腕に惚れ惚れするわぁ」


 だというのになにやら二人には好評だ。

 木島さんはそのまま隣で散髪をしていた他の美容師に声を掛けて「どう?」とか聞いている。


 もうやめて。


「んおっ、良いじゃん。すげーさっぱりしてる」


 そして、また好評。

 もしかして本当に、いいのか?


 い、いや騙されるな。

 こんなのは社交辞令に決まっている。


 ……でも。


 鏡を見る。

 似合ってる似合ってないは置いておいて、確かにモサっと感は失われているように思えた。


 しかし、やはり露出した顔が——こんな公衆の面前で自身のブサメンをお見せするなど、非常に恥ずかしい。


 俺は周りにペコペコしながらお会計を済ませて美容室を後にした。

 お値段は学割で三千円。女子だったらもう少しするらしい。


 女の子の髪の毛事情は大変だな、なんて思いながら、駅前に向かった。


  †


「ほ、本当に大丈夫かな、これ」

「うん、絶対前よりいいって」

「で、でも」

「まぁ、髪の毛切った直後って、不安になるよね。でも、本当にイイ感じだから、ね?」


 次の目的地に向かってる最中、阿知賀さんがめっちゃ褒めてくれる。

 それほど良くなったのか、酷くなったのか。


 でも、彼女の顔は非常ににこやかで……なら、信じてみるのが、友人というものなのだろうか。


「うん、分かった。……それで、次はどこに行くの?」

「適当に軽く腹ごしらえしてから映画」


 俺たちが向かったのは、これまたお洒落なカフェ。

 阿知賀さんって結構こういうの知っているのだろうか。


 手慣れた様子で注文&購入を済ませた彼女は店内の椅子に着席。

 俺も倣って着席をする。


 彼女はハムカツサンド。

 俺はパスタである。

 非常にお洒落だ。


 今日は本当にお洒落なところしか来ていない気がする。

 リア充って毎日こんなことをしているのだろうか。妬ましいね。


「阿知賀さんって結構こういう所に来るの?」

「まぁ、友達に誘われて、とか。あとは取材でとか」

「取材……さすがラノベ作家」

「頭に『売れない』が付くけどね」


 それでも、十分にすごいと俺は思う。


 高校生でライトノベル作家、というのがどれほどの人数居るのかは知らないが、少ないのは確かだろう。


 少なくとも、教室の隅でいつもグラウンドを眺めている俺とは比べようもないほどに上の存在であることは間違いない。


「俺も、ラノベとか書いてみようかな……」


 それは何とはなしに口を付いた言葉。

 しかしながら、阿知賀さんはキラキラとした目で顔をぐいっと寄せて来た。


「うん、良いと思うよ」

「え、あっ、で、でも文章とか書くの苦手だし、小説も書いたことないし」

「教えるよ? それに、小説を書くのってすごい楽しことなんだ。例えば、アニメとか見てて、この展開なんか嫌だなーとか、こうすればもっと面白い話になるのにーとか、他にもこんな設定の作品無いなーって思うことってあるじゃん? そしたらそれを自分の手で作る。作って楽しむ。それが出来るんだよ。別に漫画でもいいけど、それでも、パソコン一台……ううん、ノートとペン一本あればそれが出来る。それが、小説なんだよ」


 キラキラ、キラキラ。

 ジト目フェイスで熱く語る阿知賀さんは、凄く生き生きとしていた。


 彼女のセリフのすべてを理解したという訳ではないけれど、彼女がここまで熱中する程、小説を書くことは楽しいのだろう。


「……あっ、ごめん。語り過ぎた」


 しゅん、と気を落とす阿知賀さん。

 俺は苦笑を浮かべながら、彼女に伝えた。


「い、いや、そんなことない、よ。噂の解消が出来たら、そ、その時はぜひとも教えて欲しいな」

「! う、うん! 任せて」


 ニコッと笑顔を浮かべる阿知賀さんは、非常に可愛らしい。

 俺たちはそのまま昼食を終え、映画館へと向かった。

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