第二十話 青春的デート。(平穏)

 土曜日である。


 曽根川さんが料理をしに来てくれた日から数日後のことだ。


 学校では偶に阿知賀さんと喋ったり、幾花センパイと喋ったり、あとは毎朝果たし状が下駄箱に投函されていたり、周りから避けられたりと、それはもう色々なハプニングがあるのだが、そんなことはどうでもいい。


 果たし状は職員室に届けているし、周りから避けられるのもボッチの時とそれほど差は無い。


 むしろ阿知賀さんや幾花センパイとトーキングできる現在は最高と言って差し支えないだろう。


 曽根川さんとは家に帰った時などにばったり出くわすとおしゃべりするぐらいだが、彼女の顔は俺にとってクリティカルヒットなので、これくらいの頻度の方が心が落ち着いて楽だ。


 っと、そんなことを考えながら駅前で時計を見ていると、遠くより接近するジト目を発見した。


 サイドテールをぴょんぴょこ揺らして非常に愛らしいですね。百点。因みに十点満点です。


 女子の平均身長よりも若干低めの彼女は、俺を見つけると駆け足で近付いて来た。

 可愛い。超可愛いよ我が主神。


「ごめん、待った?」

「ううん、今来たとこ」


 言ってから気づく。これ、マジでデートじゃね?


 男女が並んで出かける×待ち合わせの時に「ごめん、待った?」「ううん、今来たとこ」は確実にデートだ。


「それじゃあ行こっか」


 そう言って歩き出そうとする阿知賀さん。


 彼女の服装はなんだか春っぽい感じのいい感じの服だった。

 これは、おしゃれしているとみていいのだろうか。


 ボッチ的にそう言うの全く分からない。


 俺が今着ているのだって、無地の白シャツに、薄めの黒を羽織るという、超絶シンプル仕様なのだ。

 服の種類なんてわかるはずがない。


 パンツズボンの違いも分からないじゃんね。


 でも、阿知賀さんの服装は、なんというか似合っていて、超いい感じ。

 褒めるべきだろうか?


 正直恥ずかしいが……褒めると良いというのはさすがの俺でも知っている。

 ならば、あとは勇気を出すだけ。


「あ、あの! あ、あち、阿知賀さん!」

「え? な、なに?」


 困惑する阿知賀さん。

 やべーよ、声の大きさ調整ミスっちゃったよ。

 周囲の視線が軽く刺さる。


 当然、そんな中言えるわけも無くて――いや。


「そ、その服似合ってるね」


 言った。言ってやった。


 すっげぇ恥ずかしいし、顔暑いけど、言ってやった。

 背中をへんな汗がつたって、表情も定まらない。

 あぁ、キモい。俺超キモい。


 絶対引かれ――。


「あ、ありがと」


 そう言って、頬を掻く阿知賀さんは、まぁ、何というか。

 俺の予想が外れていないのであれば。


 きっと、照れていた。


「う、うん」


 こちらも気恥ずかしくなって、空を見上げる。

 今日も晴れ。

 絶好のデート日和なのだろう。きっと、おそらくは。


  †


「そ、それで、これからどこに行くの?」


 照れをもみ消すように阿知賀さんに尋ねる。

 今日のデートコースは全て彼女に任せていた。

 事前の話では映画でも見ようか、ということだったが。


「とりあえず美容室に行こっか」

「……? 美容室?」


 そうして電車を乗り継ぎ辿り着いたのはお洒落な外観の美容室。

 黒と白のモダンな雰囲気で、天井にはくるくる回る扇風機みたいなのがくっついていた。


 お洒落だ。

 あれがあるだけでお洒落度が+50位されるから不思議。

 うちにも一つ取り付けようかしら。


 お上りの観光客よろしくキョロキョロしていると、阿知賀さんがカウンターにて

「予約していた阿知賀ですけど」と声を掛けていた。


 そうして現れたのは茶髪の女性。

 髪を片側耳にかけたその姿は、出来るキャリアウーマンって感じ。


 因みに超美人だった。


「阿知賀ちゃん。いらっしゃい。この間来たばかりじゃなかったっけ?」

「今日は私じゃなくて……」


 そうして飛んでくる視線はこちらの方へ。

 後ろを確認してみるが何もない。


 あ、俺か。


「彼氏?」

「ち、違います! こほん、とにかく彼の髪をどうにかしてください」

「ふむふむ、なる程ねぇ」


 テクテク近付いてくる女性は俺を見て——


「彼氏?」

「ち、ちが、ちがいまひゅ」


 すんげー美人なんですけど。

 大人の魅力がむんむんって感じ。


 水科先生と同い年くらいだろうか。

 それにしては雰囲気が全然違う。

 両者ともに仕事ができる女性、って感じがするが、何故だろう。


「彼氏じゃないんだぁ。あっ、私、木島きじまって言います。それでえっと……」


 木島さんは阿知賀さんの方へと視線を戻して尋ねる。


「何かリクエストとかある?」

「私じゃなくて彼に聞いてください」

「はいは~い。それじゃあ、えっと……」

「?」

「名前聞いてもいい?」


 あ、そう言うことか。

 そう言えばまだ名乗ってなかったっけか。


「佐藤です」

「おっけー、佐藤君。とりあえずシャンプーから始めようか」


 そうして、俺の初めての美容院が始まった。

 案内された椅子に座り、シャンプーを受ける。

 丁寧な指使いに感動しつつ、俺は先ほどのことを思い出していた。


  †


 今回のデート、最初に赴くのが美容室と聞いて、俺は向かう電車の中で阿知賀さんに尋ねた。


「な、なんで?」

「前にも言ったけど、その髪をどうにかしたほうがいいと思って」

「ふむ」

「私の行きつけの所なら着いて行ってあげられるし、幾分か大丈夫でしょ?」


 さすが阿知賀さん。

 俺と同じ、オタクで根暗の気質を持つ者なだけある。


 端的に言うと、根暗ボッチとは行きつけの場所以外出来るだけ行きたくない。


 加えてそれが美容室であるならその想いは倍プッシュ。

 美容室に一人で行くなど死んでも無理だ。


 電話で予約するだけでも、噛みまくって緊張する自信があるぞ。


「で、でも散髪何て近所の——」

「陽キャになるんだから、駄目」

「え」

「言ったでしょ? 佐藤君を陽キャにするって」


 あの話、まだ続いてたんだ。


「陽キャになるのに千円カットはダメ。いいとこでイイ感じに切らないと。お金のことは気にしないで、これでも一応作家だから」

「い、いや、別にそれくらい大丈夫」


 俺は、実は陽キャ貯金というものを行っている。

 友達や恋人が出来た時に遊びに行くためのものだ。

 なので、別に散髪くらいは大丈夫である。


「……そう?」

「うん、せっかく考えてくれた案だしね」


 陽キャになる、というのはかなり難しい話であるだろうが、しかし、阿知賀さんが準備してくれたのだ。

 ならばこちらも出来うるだけの努力をするというのが、誠意であろう。


 そうして俺たちはどんな髪型がいいのかネットで検索しながら、美容室にやって来たわけだ。

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