第十九話 曽根川冬華の望み。(不穏)

 私、曽根川冬華は佐藤君の家を出て、階段を上る。

 その際、踊り場から外に月が見えた。


 不意に、今夜は月が綺麗ですね、なんて言葉が脳裏に浮かぶ。


 と言っても、その言葉を向ける相手は、私には居ない。


 私は自室に戻り、シャワーを浴びる。

 シャワーを浴びながら、私は先ほどのことを考えていた。


 今日、彼――佐藤景麻君の部屋に赴いたのには二つの理由がある。


 一つ目が彼と仲良くなる、と言う物だ。

 そのために私は手料理を振舞った。

 昔から男を捕まえるときは胃袋を捕まえろと言う。

 誰かに手料理を振舞うなんて初めてのことだから緊張したが、クックパ○ドは優秀だった。


 ドキドキしたけれど、彼は美味しいと言ってくれて嬉しかったし、実際個人的にもおいしかった。


 そして、もう一つの理由が――彼が『オーガ』であるか否かの確認。


 そのために私は飲み物に睡眠薬・・・を混入させた。


 初めてこういう事をしたが、成功したようで、彼はぐっすりと眠ってくれた。

 その隙に、私は部屋の中を物色した。


 中学の時の資料でも、他の何でもいい。


 とにかく私は調べられるだけのことを調べた。


 しかし、『オーガ』であるという証拠はついぞ出てくることは無かった。


 佐藤君の指紋を使ってスマホの中ものぞいたが、両親らしき連絡先と他一名の者しか入っていなかった。


 と言うか、同じクラスの阿知賀さんだった。

 どうして阿知賀さんと佐藤君が? 

 通知が四十二も溜まっているのは何故?


 分からないが、勝手に既読を付けるわけにもいかない。

 関係ないと割り切り、他を捜索するが何も見当たらない。


 検索履歴も確認する――『友達』『作り方』『仲良くなる方法』『発声練習』。


 涙が出そうになった。


 他には男子高校生らしいえっちなサイトばかり――『複数』『美少女』『ハーレム』。


 ……み、見なかったことにしよう。


 私は自然の頬に熱が昇っているのを自覚しながらスマホを閉じる。


 結局そこには何もなかった。


 それからも部屋中を調べるが、何も怪しいものは無い。

 無駄足だったか。と落胆した、まさにその時、ガタッと佐藤君が体を揺らす。


 よく見ればリビングの机に突っ伏す形で眠っており、あれでは起きた時に辛いだろう。


「佐藤君、佐藤君」

「んぁ、……」

「寝るならベッド行こ」


 眠らせた本人が何を言っているんだ。


 内心でそう思いながら声を掛けると、彼は寝ぼけた状態で立ち上がりふらふらとベッドへ向かっていく。


 なので彼に肩を貸して、私もついていき、寝かせた。

 これで大丈夫かな。

 眠らせたのは私なのだから、これくらいは当然だ。


 掛布団を掛けて、私はリビングに戻る。

 そこには完食された料理の皿。


「……案外、嬉しいもんなんだね」


 そんなことを呟いてから、食事の後片付けを終わらせた。


 そして、全てが終わり、帰る前に一応彼の様子を見に行くと、ちょうど目を覚まして、先ほどに至る。


 ――私はシャワーを終えて、脱衣所に。


 タオルを巻いて自室のリビングに行く。

 佐藤君の家と同じ間取りのはずなのに、住んでいる人によってここまで変わる物なのか、と思いながら着替える。


 結局本日の収穫はゼロ。

 普通に楽しくお食事をしただけになった。


「……楽しい、か」


 どうしてだろう。

 佐藤君は明らかに根暗で、顔もあまりよくない。むしろ悪いと言えるだろう。


 クラスでも悪い意味で浮いていて、それこそ、中学の時の私なら、絶対相手にはしなかった。

 きっと、陰キャ、キモい、とか言って……。


「何様だよ、お前」


 過去の自分を殴り飛ばしたい。

 そうやって調子に乗って、同じようにクラスカーストのトップ層とつるんできた結果が、ゴールデンウィークだ。


 あの恐怖は今でも覚えている。

 幸い何も無かったが、心に負った傷が今でも痛い。


 だから、だから佐藤君と仲良くならなきゃいけない。

 彼なら、あの強さを持つ彼なら助けてくれるかもしれないから。


「……だから、何様だよ」


 自己嫌悪自己嫌悪。


 矛盾した自分が多すぎて、どれが本当なのかわからなくなる。


 佐藤君と居て、楽しかった自分か。

 佐藤君を利用しようとしている自分か。


「はぁ……」


 ため息を吐いて、私はベッドに潜り込んだ。

 私の望みは、一体何なのだろう。

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