第十八話 パエリア。(平穏)
「ふんふふ~ん♪」
緊急事態発生、緊急事態発生。
ビービーと脳内でボッチ首脳会議が開催される。
議題は現在進行形で俺の部屋のキッチンでお料理をする曽根川さんについて。
——これは一体どういうことだ!?
…………。
答えは返ってこない。
そもそもボッチ首脳会議は文字通りボッチなので議論などしようがない。
つまり、これには何の意味もないという訳だ。使えねぇ。
俺は落ち着かなくて、リビングを片付けたり、テレビを付けたりとあたふた。
「そんなに緊張しなくてもいいじゃん。ただのご近所さんなんだしさ」
それもそうだな。ふう、落ち着いた。
ってなるかよ。
無理に決まってるじゃんね。
だって、女の子が俺の部屋のキッチンで料理してるんだぜ?
エプロン付けて、包丁で野菜切って、カチャカチャと器具を使って何かを作ってるんだぜ?
この世の幸せを詰め込んだみたいな状況に、落ち着きを持って対応なんて出来るだろうか? いや、出来ない。つーか出来ていない。
「そ、その何か手伝おうか?」
「ううん、座ってていいよ」
「あ、はい」
言われた通り着席。
マジでどうなってるんだ?
確かに彼女の言う通り俺たちはご近所さんだ。
しかし、こんなことってあるのだろうか。
分からない。ボッチだから……あぁ、いや、ボッチだったから。
そう言えば俺って、もう友達いるしボッチじゃないんだよね。
付け加えるなら今度デートもするしね。
ふははっ、何だか全国のボッチにマウントを取っている気分で気持ちが良いぞ?
さらに現在進行形で、クラスで一番かわいい子が料理を作っている。
これはリア充ですね、間違いない。
そうこうしている内に、曽根川さんが皿を持って現れる。
並んだのは見たことも無い料理。
何じゃこれ。わっといずでぃす?
「こ、これは?」
「パエリア」
ぱぱぱ、パエリア!?
何じゃそのおシャンティな名前は。
聞いたことも無いが、有名なのだろうか。
しかし、はうとぅーぱえりあ? と尋ねるのも、無知蒙昧をひけらかすようで気が引ける。
きっとイタリアとかそのあたりの料理だろう。
因みに俺の中ではお洒落な料理だったらイタリアかフランスのどちらかである。
ピッツァとかね。あれはイタリアだっけか? 宅配しか食ったことねーわ。
パエリアの他にも、サラダと肉ががが。
きっとこれにもおシャンティな名前があるに違いない。全く分からないぜ。
「食べたことある感じ?」
無い感じ。聞いたことも無い感じ。
「ん、ん~名前は、き、聞いたことあったんだけど、食べるのは、は、初めてかな。楽しみ」
告げると、曽根川さんがにこっと微笑んでから、俺の正面に座る。
因みに今の彼女は私服だ。
それもばっちりお洒落、という訳ではなくラフな格好。
気を許してくれている、なんて勘違いはしない。
しそうになるけど、自意識をしっかり持つことが大切なのだ。
「それじゃあ食べよっか」
言って、彼女はパエリアを取り分けてくれる。
めっちゃ気が利くじゃんね。惚れそう。
加えて飲み物なんかも注いでくれて……、何この子。結婚しない? しようよ。ね?
手渡された皿を受け取る。
二人そろって両手を合わせ。
「「いただきます」」
パクッと一口。
ほう、食ったことのない味だ。
食ったことのない食べ物だから当たり前だけど。
咀嚼して、味わって、飲み込む。
うめーわ。
相も変わらず語彙が死んでいるが、そうとしか言いようがない。うめーわ。
無言で、二口目、三口目を口にする。
と、そこで曽根川さんがジッと見つめていることに気が付いた。
え、なに? そんな可愛い顔で見つめられたら惚れちゃうよ? 3、2、1、ぽかん。はい、惚れちゃった。好き好き好き好き。
って、そうじゃなくて。
口の中の物を飲み込んでから、曽根川さんに尋ねた。
「な、なに?」
すると曽根川さんは、小首を傾げて。
「どう?」
あ、そう言えば感想言ってなかった。
「す、すごくおいしい。その、何といったらいいのか分からないけど、……口に合う」
いや、もうほんと申し訳ない。
○○の宝石箱や~、とか言えたらいいんだけど、俺にはこれが精いっぱい。
「そう? だったらよかった」
ニコッ、ポッ。
因みにニコ、が曽根川さんで、ポッ、が俺。
チョロインより惚れやすいな。
そう言えば、以前ネットで女性向けの男の落とし方、という記事を見たことがあった。
イケメンの落とし方、ワイルド系の落とし方、そして、陰キャ君の落とし方。
陰キャ君の落とし方にはこう書かれていた。
——挨拶をしましょう。以上です。
これがガチだから笑えない。
なのに今、曽根川さんは俺の部屋で、同じ料理を食しながら、ニコッとしているのだ。
もぅマヂ無理。惚れちゃう。
聖母や主神も可愛いけれど、曽根川さんの顔ほんと大好き。
俺は、顔が可愛い子が大好きなのだ。
結局出された料理は全ておいしくいただきました。
「ごちそうさまでした。お、美味しかったよ曽根川さん」
「うん、それなら良かったかな」
はい、また笑顔頂きました。
もう本当に可愛くて――ふわぁ。
っと、欠伸が出てしまった。
食事を終えて満腹になったからだろうか。
でも、寝るわけにはいかない。
せめて曽根川さんを部屋まで返してから……。
気が付くと、俺の思考は微睡に呑まれていて――。
次に目を覚ますと、背面に眠り慣れたベッドの感触を確認した。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
曽根川さんはどうしたのだろうか。
部屋に戻ったのだろうか? 片付けは?
起き抜けではあるが考えることが多い。
とりあえず時刻を確認しようと上体を起こして――。
「あ、おはよう」
こちらを覗き込む、曽根川さんを確認した。
天使だ。
寝起きに天使の顔を見ると、これほどまでに心安らぐ思いになるのだと、今俺は知った。
きっと美少女幼馴染に毎朝起こされているラノベ主人公はこんな気持ちなのだろう。
死ねばいいのに。
でも彼女が毎朝起こしてくれるのなら、それは天国と言って間違いない。
出来うることなら「朝ご飯で来たよ」と笑顔で起こしていただきたいな。
そんな妄想を、曽根川さんでしてみようとするが、普通に失礼だしキモすぎるのでやめた。
自重自重。
俺は何でもない様に状態を起こし、曽根川さんの方を向く。
「ご、ごめん、なんかめっちゃ眠くて」
「ううん、一時間ぐらいだったから大丈夫。片付けはしといたから」
天使! 圧倒的天使!
ご近所の天使様にダメ人間にされそう。
もうダメ人間だけどね。
「あ、ありがとう」
「いいよいいよ、元はと言えば私が押し掛けたんだし。じゃ、そろそろ帰るね」
そう言って、曽根川さんは帰って行った。
つーか、マジで。何で俺寝てたんだ?
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