第十六話 勘違いを解きたい!(脱不穏)

 教室に戻って来てしばらく、五限目の授業が始まった。


 俺は窓の外へと視線をやったり、黒板へ視線をやったりしながら、こっそりと阿知賀さんを見る。


 彼女はいつもの無表情で授業を真面目に受けていた。


 ……他の人に訂正の言葉をいきなり言う勇気はないが、彼女ならあるいは。


 そんな思いが昼休みから胸中を渦巻いている。


 同時に、一日仲良くしただけで他の人と何が変わるのか、と不安に思う自身も居るには居るのだが、それでもあるいは……。


 希望的観測を信じてみようかな、と思う程度には阿知賀さんに対して特別な思いを向けているのかもしれない。


 まぁ、今まで友達が出来たことのないボッチが、優しくされて懐いたという話なのだろうが。


 俺は机の下でスマホを起動。

 RINEを開いた。

 昨日、溜まりに溜まっていた通知は——零。


 あれば怖いが無ければ悲しい。

 何とも天邪鬼なボッチだこと。


 ——『あの、阿知賀さん』


 とりあえずそんなメッセージを送ってみる。


 すると、スカートにスマホを入れていたのか、彼女も机の下でスマホを立ち上げた。


 そして送られたメッセージを確認し、ジト目で俺をこそっと見つめて来た。

 その瞳に、若干の怯えがある物だから、噂というものは怖いものだ。


 ——昔話をしよう。

 中学の頃、クラスの陽キャ君が俺の肩に手を乗せて、言った。


『佐藤って○○のこと好きだろ?』


 正直に言おう。あんまりだった。


 彼女は可愛かったが、さらに可愛い子がクラスには居て、俺はそいつのことが好きだった。

 だってさらに可愛かったから。


 俺は可愛い子が好きだ。

 それは人と接することを苦手とする俺にとって、相手を判断する唯一の指標だからだ。


 よく、顔より性格だとか、家庭的なところだとか口にしている人が居るが、それは俺には分からない。


 だって、性格を知るほど仲良くなることがないし、家庭的な面を見るほど親密にもならない。


 だから、俺は可愛い子が好きで、陽キャ君の口にした女子のことは何とも思っていなかった。


 陽キャ君の言葉を、俺は否定した。

 が、その時以降、ある噂が流れた。


『佐藤、○○好きなんだってよ』


 というものである。

 以来、何故か俺は○○のことが好きという風に扱われ続けた。

 それは全く話したことのない相手でも。

 関係のない、相手でも。


 つまり何が言いたいのかというと、一度流れた噂とは、空気になるのだ。


 空気を読む、とかの空気。


 噂の発信源が上位カーストであればあるほど、噂は空気となり、伝播する。


 まぁ、その空気が読めないボッチ代表である俺は、噂の中心であるにもかかわらず、それを知ったのが卒業式の数日前という嬉しいのか悲しいのかよく分からないオチが付くのだが。


 話は逸れたが、つまり俺は噂というものにあまりいい印象を持ってはいないのだ。

 不利益しか被らないからな。


 ——『えっと、何ですか』


 ようやく返ってきたのはそんなメッセージ。

 最高に距離を感じるじゃんね。

 せっかくのお友達ががが。


 ——『話があるんだけど、放課後暇かな?』


 それにしてもRINEっていいな。

 噛んだりしないから超絶楽。


 相手の顔が見えなかったら機嫌を伺い知ることが出来なくて、それはそれで不安になりそうだが、今という状況に置いてはこれ以上の物はない。


 ——『えっと、ごめんなさい。放課後はちょっと……』



 ——『その、噂のことなんだけど、その誤解を解きたいんだ』



 ——『いや、あの会長を助けたってのは凄いと思う』

 ——『でも』

 ——『やっぱり暴力的なのはちょっと』

 ——『その、昨日のことも無かったことにしてくれたら嬉しいです』


 やっぱり、朝避けられていたのは暴力によって不良を倒し解決した、という噂のせいか。


 まぁ、それにしても過剰反応な気がするが……俺の価値基準を彼女に当てはめても仕方が無いか。


 ――『その暴力を振るったって言うのが誤解なんだ。だから、放課後に一度話せないかな?』


 何この文章。

 本当に俺が打ったの?

 マジでRINE最高。

 RINEなら何でも言えそうだわ。


 リアルだと何も言えないのにね、ははっ。……はぁ。


 ——『じゃあ、昨日と同じ時間に同じ場所で』


 その返答に俺は机の下で小さくガッツポーズをしてからスマホをしまう。

 そして窓の外へと目をやった。


 今日はサッカーか。揺れてるな。


  †


 ガチャコ、と現れた阿知賀さんは、ジト目で俺を見つめて来る。


「き、来てくれて、あり、ありゃが、ありがとう」


 ……ふむ。やはり、リアルは難しいな。

 緊張したら舌が回らねえじゃんね。


「えっと、それで話って?」

「まぁ、その。噂について何だけど……」


 そうして俺は身振り手振りで彼女にお伝えした。


 あの噂は嘘であるということ。

 実際は会長の弟さんが危険な目に遭っていたので、身代わりとなって逃がしたということ。

 俺個人はリンチされてボロボロにされたということ。


 噛みまくるし、何度も何度も誤解のないように言葉を選びながらしゃべっているつもりが、思ったこととは違う言葉が口を付くしで大変だった。


 結局、十分ほど説明する結果となり。


 しかしながら、その効果はあったのだと思う程度には、彼女の表情から怯えと言ったものが消えているように思えた。


「じゃあ、本当に暴力とか、そう言うのはしていないと?」

「だ、大体さ、俺、見たまんまの根暗ボッチだし」

「でも最近はラノベとかでハイスペックボッチって流行ってるじゃん」


 なにそれ。そんなジャンルあるのかよ。

 ラノベ作家だからそういうのに敏感なのだろうか。


「ハイスペックボッチとは?」

「根暗な主人公が実は超ハイスペックって話」

「うらやま」

「そういう主人公ってよく、不良に絡まれたヒロインが居たら、不良共を制圧してヒロインを助けたりするんだ」

「凄いなぁ」


 何だか俺の妄想のまま過ぎて恥ずかしいんだが。

 どこかで見ていたりするの?


 こう、胸のというか胃というか。

 そこがきゅっと締め付けられる感じがする。


 まぁ、そういう話があるのなら今度調べてみよう。好きだし。


 因みに中学校の時分は、授業中にテロリストがやってこないかな、と妄想していたタイプだ。


 これって案外多いらしいね。

 でも仕方ないよね。楽しいし。


「とにかく、佐藤君は普通の、そこら辺に居る陰キャってことでいいの?」

「こ、言葉に棘がある気がしないでもないけれど……はい、陰キャです」


 正直に頷くと、阿知賀さんは「はぁ……」と大きく息を零した。


「うん、よかった……その、私暴力とかが本当に嫌いで……あっ」


 安堵の表情を浮かべた彼女は、何かに気付いたのかこちらを向くと、優し気なジト目で告げた。


「おはよう、って返してなかったね。ごめん」


 …………。

 んふっ、可愛い。

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