第十五話 勘違いされているらしい。(不穏)
こ、こんなものなのだろうか。
阿知賀さんの反応に、少しさびしさを感じながらも、俺は予習を始める。
開いた教科書をちらりと見て、うん、わかるな。
俺は別に勉強が苦手ではない。
しかし、得意でもない。
ならばなぜ、分かるのか。
それは春休みの間、別段誰と遊ぶわけでもなく、だからと言って脱ボッチを志していた俺はゲームをするつもりもなかった。
その結果が、高校の勉強である。
おかげで高一の範囲は大まかにだが理解している、という訳だ。
そうしていつも通り一人で過ごしていると、ガラガラッ! と先日も聞いたような勢いでドアが開かれた。
視線を向けると、何ということだろう。
幾花センパイが巨乳を——じゃなかった肩を揺らしてそこには立っていた。
クラスメイトはそれを視認すると、そのまま視線を俺の方へ——いや、なんで。
「さ、佐藤!」
いや、俺も予想していたけれどさぁ。
幾花センパイはスタスタと近付いてきて、机にバァン! と手をのせる。
「昼休み、生徒会室に来てもらってもいいか?」
二日連続? と思わないでもないけれど、不良とやり合った、なんて噂が流れているのだから当然か。
どう考えても昨日センパイと話したのが理由だろうし。
「は、はい」
「なんかもう、いろんな意味ですまない」
彼女はそう言い残すと教室を去っていった。
†
昼休み。
昨日はトイレに寄って髪を整えるという恥ずかしい勘違いをしてしまったが、今日は違う。
菓子パンの入ったコンビニ袋を手に、俺は席を立った。
すると、集まる視線。
くっそ、恥ずかしいな。
俺は顔に熱が昇っているのを自覚しながら、生徒会室へと向かった。
昨日も訪れた生徒会室の扉を、昨日と同様にノック。コンコンコン。
ガチャッと扉が相手、中から生徒会長がこんにちは。
「入れ」
「は、はい」
入室すると、昨日と同じ場所に腰掛ける。
「噂のことは耳にしているか」
「は、はい大まかには。お、俺が不良とやり合ったって」
「そ、それだけか?」
「? は、はい」
素直に頷く。
それにしても、センパイは今日も綺麗だな。
付き合うとかじゃなくて結婚したい。
養ってほしいという欲望が沸々と沸き上がって来る。
彼女が働き、俺が専業主夫。
OLスーツの彼女を玄関まで迎えに行く。——うん、予想よりいいな。
などと妄想していると。
「本当にすまない。どうやら昨日誰かが盗み聞きしていたらしくてな……」
センパイは頭を下げた。
ふむ、それにしてもやはり誰かに聞かれていたか。
「せ、センパイのせいじゃないですよ」
「うむ、そう言ってくれると助かるのだが……じ、実は、噂が勘違いして広まっていて……もにょもにょ……なんだ」
そこでセンパイは少し顔を赤くしながら俯き、何事かをぼそぼそと呟く。
俺は難聴ではないが、普通に聞こえない。
え? 何だって? と心の中で思いつつ、丁寧に尋ねた。
「すいません、もう一度良いですか?」
センパイは、一度大きく深呼吸すると、今度は顔を正面に向けて——。
「だ、だから噂が勘違いして広まって——わ、私が不良に襲われそうだったところを、キミが一瞬で不良を倒し助けてくれて、そ、それで私がキミに——ほ、惚れている、と……そういう風に広まっているのだ!」
な、なんだって!?
何という勘違いだ!
俺が不良を倒した、だと?
そんなわけあるか、こちとら根暗陰キャの日本代表選手だぞ。
そんなことが出来るわけがない。
——あ、そうか。
だから朝、阿知賀さんは俺を避けたのか。
暴力魔だとわかったら普通近付きたくないだろう。
オタクの気が強い阿知賀さんならなおさらだ。
くそ、それで主神に嫌われたというのか?
許さねぇぞ、盗み聞きした奴め。
「それは、ひ、酷いですね」
「う、うむ。私も生徒会長という立場上そういうのは不順異性もにょもにょ……」
なんかさっきからもにょもにょが多い気がするんですが?
「せ、センパイ?」
「——ハッ! と、とにかくだ! 出来るだけ早急に噂を撤回しないといけない。私も頑張るから、キミも尋ねられれば撤回していって欲しい。お願いできるか?」
「も、もちろんです!」
生徒会長として、一生徒に過ぎない俺の噂を気に掛けてくれるなんて、なんて良い人なんだ。
めっちゃ尊敬しちゃう。
何はともあれ、センパイという協力者を得れたことと、事態を理解できたことは収穫だ。
そう思うと、今朝来栖君が話しかけてきたのも、唯一俺と喋ったことがあったからみんなを代表して聞いてくれた、ということなのだろうか。
さすがだ。今日もクールだぜ。
その後、本日は非常階段へは赴かず、生徒会室にて二人で食事と相成った。
幾花センパイが弁当箱を広げ、「何でも好きなものを食べるといい」と言ってきたので、卵焼きをチョイス。
ふんわりふわふわのだし巻き卵。
俺は高級食材とか、料理のうまさとかが分からない貧乏舌ではあるが、それでもうまい。
普通においしい卵焼きだった。
「お、美味しいです」
「そうか、幸正も喜ぶよ」
……あ、そっかぁ。
幸正君が作ったのかぁ。
ふざけんじゃねえよ!
「ちなみにこっちのからあげは私が作ってみた」
食え、と差し出してくるので、遠慮なく手づかみで。
「うま」
簡素な感想で申し訳ない。
しかしながら俺は変に言葉を取り繕って褒め称えるということが苦手なのだ。
というか、そもそも料理を褒められるほどの舌を持っていない。
異世界転生して無双する主人公とか、一人暮らしのラノベ主人公とか、みんな料理が趣味でめっちゃ上手って設定多いけど、あれホント羨ましい。
俺はトースト焼いてバターとジャムが精々だしね。
「そうか、自信があったからよかったよ」
ニコっ、と笑う幾花センパイ。
ポッ、となっちゃう。
ニコポされちゃうよ。
まじで恋する五秒前。
マジでこの人聖母だわ。
そんなことを思いながら、お昼休みは過ぎて行った。
昨日よりは緊張しなかくて楽しかったです。
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