第十三話 我ら思う、故に彼有り。(不穏)

 私、曽根川冬華は自身の鼓動が早くなるのを感じていた。


 裕司は地元では負けなしの暴れん坊だった。

 それを、一瞬で倒してしまったのだ。


「佐藤、景麻君……」


 彼の名前を呟く。

 凄い人物だ。

 彼はいったい何者なのだろう。


 そう言えば、ある噂を聞いたことがある。

 今年の一年の中に『オーガ』と呼ばれる最強の不良が居る、という噂。


「彼が?」


 眉唾ものだと思っていた。


 しかし、あの動き——私には全く見えなかった。


 私が視認できたのは、彼が悠然と立ち上がった、ただそれだけ。

 それ以外は何もしていないようにしか見えなかった。


 なるほど、裕司が秒殺されるわけだ。


 思考を巡らしていると、シフトの時間も終わりに差し掛かり——と、そこでようやく目を覚ましたのか裕司がコンビニにやってきた。


「おい、何があった?」


 彼の顔は憤怒で染上がっていたが、何故か先ほどの様な恐怖心を抱くことは無かった。

 私は、告げる。


「アンタは一瞬でやられたのよ」

「あぁ!? そんなはず、いやでもめっちゃ顎いてぇ」

「分かったらさっさと帰って。そして、もう二度と関わらないで」

「冬華、てめぇ……」

「……『オーガ』って知ってる?」

「……っ! オーガ、だと? そいつは最強って噂の……まさか奴が!? ——クソが!」


 全てを悟ると、裕司はレジカウンターを一度蹴りつけてから、退店した。


 二度とくんな、バーカ!


 裕司が消え、一人になる。

 するとしばらくしておじさんが一人やってきた。

 次のシフトの人だ。


「曽根川さん、お疲れ様」

「あ、はい」


 私はバックヤードに引っ込み、着替えてから店を後にする。


 帰り道、不意に空を見上げた。

 綺麗な満月が、私を照らしている。


 これは、見る価値があるなぁ。

 なんて思いながら、私は再度一つの名前を口にする。


「佐藤、景麻君……」


 気になる。

 明日、彼に話しかけてみよう。

 そう思いながら、スキップで家に帰った。


  †


 ——俺、麻生徹は自室のベッドの上で、その日のことを思い出していた。


 生徒会長が陰キャの佐藤に何の用だ?


 そう思った俺は、ネタの為に二人を付けた。

 そうしてドアに耳を当て中の様子を盗み聞く。


「弟……助けて……ありがとう」


 会長の弟を、佐藤が助けたのか?


「私……も……助けられた」


 会長自身も助けたのか?


「強い……荒っぽい……暴力……は気を付けてくれ」


 暴力が発生したのか?

 しかし、強いってなんだ。

 佐藤が強いのか?


 つまり、佐藤が二人を『何か』から『暴力的行動』で助けた、しかしやり過ぎたために会長から注意を受けている、そう言うことなのか?


 ならばいったい何から助けたのか?


 考えられるのは不良とかか?

 となれば不良を暴力で……いや、佐藤は陰キャだ。そんなことできるはずがない。


 でも会長は強いって……うーん?


 いや、そもそも不良と決まったわけでは無いか。


「お弁当……一緒に……そこで食べよう。早く来たまえ」


 どんどん扉に近づいて来る声。

 俺は思考を中断し、物陰に隠れる。


「まったく、キミはなぜそんなにオドオドしているんだ? 『兄貴』、なんだろ?」

「そ、そんなこと言われても」


 兄貴ってどういうことだ?

 会長の言葉を理解しようと頭を巡らせていると、最後に会長はとんでもないことを告げた。


「ふふっ、こうして見ると六人の不良・・・・・相手に一歩も引かなかった男には思えないな」


 そうして離れて行く二人の姿。


 ……え? 不良相手に一歩も引かなかった?


 つまり『何か』とは『不良』で、『暴力的行動』とは『喧嘩』。


 そして扉越しに聞こえて来た、強い、荒っぽい、暴力は気を付けろ、という言葉。


 ——そう言えば、聞いたことがある。

 今年の一年の中には『オーガ』と呼ばれる最強の不良が居るという噂を……。


「……っ! そういうことか! こりゃ、えらいこっちゃやで」


 ベッドから起き上がりスマホを取ると、いつメンのグループRINEにメッセージを送る。


「『うちのクラスに佐藤っているけど、あいつ不良の『オーガ』やで。ソースは会長』っと」


 ふぅ、面白いネタが出来たぜ。

 俺はニヤニヤしながら既読が付くのを待った。

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