第十二話 月光夜の珍客。(不穏)

 続けて二口、三口と食べ勧め、緑茶に口を付ける。

 そして、一息を入れた。

 まさにその時だった。


「おめぇかぁ!」


 一人の男が声を掛けて来た。

 浅黒い肌のムキムキマッチョだ。


 ガラの悪い彼は、しかし昨日の六人ではない。

 見覚えのない顔だし、何より彼の髪の毛は赤く染められている。

 あの六人の中に赤髪は居なかった。


 でも、彼もまた不良であることは間違いないだろう。

 どうしてこんなに絡まれるんだ。


 せっかくの満月が台無しじゃないか。

 俺は胸中で落涙した。


  †


 私、曽根川冬華がコンビニでバイトをしていると、クラスメイトで一つ下の階に住んでいる佐藤君が買い物に来た。


 ぼさぼさの髪に、あまり整っていない顔。


 所謂、陰キャとか根暗とか、そういう部類で、実際クラスでもボッチの生徒。


 浮いているというよりは沈んでいる。

 でも、私個人としては別に嫌いではない。


 一生懸命に人と会話をしようとしているのは伝わるから。


 まぁ、それがキモいっていう人が居るのも知っているけど。

 少なくとも私は適当に返されるよりは好感を抱く。


 佐藤君にお弁当を選ぶと、彼はそれを買って帰っていった。


 何とはなしにその後姿を追っていると、コンビニと道を挟んだ反対にある児童公園に腰掛けてお弁当を食べ始めた。


 空を見たり、雑木林——多分海を見たり、そう言えば以前一度だけ佐藤君が非常階段で昼食を食べているのを見たことがある。


 気になって、彼が居なくなった後に上ってみたら、そこから見える景色は凄いの一言だった。

 佐藤君は、綺麗な景色を見ながら食事をするのが好きなのだろう。


「青春してるなぁ~」


 思わず笑みが浮かぶ。

 誰かと遊んだり、誰かと付き合ったり、部活に励んだり、恋愛をしたり。


 それだけが青春のカタチではない。

 彼は、他の人とは青春を——一人の青春を謳歌しているのだろう。


 そんなことを考えて居たら、一人の男が店に入ってきた。


「……っ、裕司ゆうじ

「冬華、話があるんだけど」

「いや、無理だから。帰って」

「なんで……、電話も着信拒否にして……話ぐらいいいじゃねえかよ!」


 大声を上げてレジカウンターを叩く裕司。

 浅黒い肌に染められた赤髪。

 腕には刺青いれずみらしきものも見つけられた。


「……っ」


 怖い。

 この男が、たまらなく怖い。


「なぁ、冬華!」

「い、いやぁ」


 私はぎゅっと眼を瞑り、誰かに助けて欲しくて、無意識のうちに、一縷の望みをかけて佐藤君の方を向いた。

 向いて、しまった。


「何見て……なんだ、あいつ。あんなとこで。……っ! まさか彼氏かよ!」


 肯定すれば、彼はあきらめて帰ってくれるだろうか。


 私は、怖かった。

 怖かったから、ゆっくりと首を縦に振ってしまった。


「……ぅ、うん」

「——チッ! ぶっ殺してやる」

「…………え?」


 裕司は眉間に皺を寄せながら、コンビニを後にする。

 私はその場にへたり込んでしまった。

 緊張の糸が切れたのだ。

 過呼吸になる。

 鼓動が早くなる。


「はぁ、はぁ……! ……っ! 佐藤君!」


 でも、すぐに立ち上がる。

 今の裕司なら殺しはしないまでも容赦なく暴力を振るうだろう。

 立ち上がって公園を見ると、裕司が佐藤君に話しかけ、腕を振り上げていた。


「ぁ、あぁ……っ!」


 殴られる——そう思った瞬間。

 裕司の身体がぐらりと揺れて、ピクリとも動かなくなる。


 残ったのは、何事もなかったかのように立ち尽くす佐藤君だけ。


「……え?」


 私の脳は、疑問で埋め尽くされた。


  †


 あー、びっくりした。


 不良に話しかけられたかと思ったら、いきなり「ぶっ殺してやる!」とか言って殴りかかってきた。


 俺は逃げようとして立ち上がり――。


 しかしその前に、彼はタイヤが半分埋まった遊具に足を取られて勢いよく転倒した。


「あっ、ばっ、――ガッ」


 転んだ先には別のタイヤがあり、そこに顎を強かに打ち付け倒れ込む。


 うわ、痛そー、ってか動かないんやが。


 もしかして気絶したの?

 バカなの?


 結局何がしたかったのかも一切判明しなかったんだが。


 まぁ、暗くて見えにくかったのだろう。


 月明かりがあるとはいえ、暗闇に目が慣れて居なかったら見落とすことはあり得る。


 単純に足下がお留守だっただけかもしれないが。


「さ、佐藤君!?」


 と、そこに声を掛けられる。

 なんぞやと視線を向けると、そこには曽根川さんの姿。


 目を驚愕に見開いている。


「その人……」


 倒れ伏すマッチョを指さし、何かを言おうとする曽根川さん。


「ご、ごめん、もし、もしかして知り合い、とか?」

「うん、知り合い……」

「な、なんかいきなり殴られそうになったんだけど」

「それは、私のせい……ごめん、巻き込んで」


 何が一体どういうことだ?

 さっぱりわからんぞ。


「えっと、とりあえずこの人どうしたらいい?」


 さすがにこの状況で弁当の続きを食べる気にもならないので、出来るならこの場を離れたいのだが。


「そいつは……うん、放っておいていいよ。それより怪我とかなかった?」

「あ、うん。そ、それは大丈夫」

「……っ! そ、そう」


 なにやら難しい表情の曽根川さん。

 それでもかわいいとか最強過ぎない?


「えっと、それじゃあ、お、俺はこれで」

「帰るの?」

「さ、さすがにこの状況じゃあ」

「それもそっか。うん、じゃあ、また明日」


 そう言って手を振ってくれる曽根川さんに背を向け、俺はそそくさとその場を後にした。


 不意に振り返ってみると、曽根川さんは横たわる不良君を一瞥した後、何もせずにコンビニへと戻っていく。


 一体どういう関係なのだろう。

 彼氏とかだろうか。

 だったら嫌だなぁ。


 そんなことを思いながら、俺は家路についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る