第八話 すれ違いの昼休み。(不穏過ぎる)

 お昼休みになった。

 なってしまった。


 憂鬱な気持ちを引き摺りつつ、俺は教室を後にする。

 ようやくクラスメイト達からの視線が断ち切れ、どこか安堵を覚えた。


 というか生徒会長が何の用だろう。

 いや、用なんて分かりきっているか。


 『生徒会長』ではなく『幾花センパイ』として見れば、そんなもの一つしかない。

 幾花なんて苗字珍しいし、幸正君はお姉さんが居ると言っていた。


 そしてこのタイミングを鑑みても——やはり、幾花センパイが彼のお姉さんで間違いない。


 何を言われるのだろうか。

 もしかして弟を助けたことを感謝されるのだろうか。


 …………あれ?

 それっていい事じゃね?


 先ほどまでは緊張で頭が回っていなかったが、今考えると素晴らしい事のように思える。

 つーか、軽くフラグ立ってたりしないのかな?

 ともすれば、この先に待っているのはラブコメ的展開なのでは?


 そうだよ。むしろこれで惚れてないって方がおかしいじゃんね。

 我、弟のピンチを救った英雄ぞ?


 みなぎってきたな。


 とにかく一度トイレに行って髪の毛を整えよう。

 近くの男子トイレに入り、鏡を見る。


 うん、側頭部の辺りに寝癖が出来ていた。

 先ほどまで寝たふりをしていたからだ。


 水で髪を整え——よし、完璧。


 今日もブサメンだ。


「……はぁ」


 よく考えれば俺が助けたのは彼女の弟であって彼女ではない。

 何を思い上がっていたのやら。


 意気消沈しながら、俺は生徒会室へとたどり着き、扉をノック。コンコン。


「あ、あの、一年の、さ、佐藤ですけど……」

「——入れ」


 慇懃な声を頂戴し、入室。

 アニメとかだと豪華なソファーとかが置かれているイメージの生徒会だが、桜越高校は違うらしい。


 折り畳みの長テーブルを二つ並べ、その両サイドにパイプ椅子が並んでる。


 その一脚に腰掛けた幾花センパイは横目で俺を捉えると、正面に座るように促してきた。


「座りたまえ」


 かっちょいい。けど普通に怖いんだよなぁ。

 だってセンパイだし。


 当然断ることなど出来るはずもなく、粛々と着席。

 最初に言葉を切り出したのは幾花センパイだった。


「早速本題なのだが、まず、キミが昨日弟を——つまりは幾花幸正を助けてくれた『兄貴』君で間違いないのかな?」


 兄貴——そう言えば、彼はそんな風に呼んでいたか。


「あ、はい。そうです」


 彼女の言葉が余りにも淡々としていたので、怖くなる。

 なに? 俺責められてるの?


 そんな思いを抱いていると、それまで真剣な表情をしていた幾花センパイは、ふっ、と朗らかに笑った。


「そうか、そうなのか……」


 センパイは納得するように二度、三度頷き——


「昨日は弟を助けてくれてありがとう」


 と頭を下げた。


「えっ、あ、いや、そんなに畏まられるほどのことでも……」

「いや、昨日家に帰ってきた幸正からずっと話を聞かされていたんだが、キミの取った行動は誰にでもできることではない。幸正も言っていたが、謙虚なんだな」


 めっちゃべた褒めしてくれるんだが。

 これだけよいしょされると気持ちがいいな。

 異世界で知識チートしてる主人公もこんな気分なのだろうか。

 羨ましいな。


「そ、そんな、俺は本当に大したことは……」

「謙遜するな。それに昨日は私自身も助けられた。キミは優しい子なんだな」


 椅子から立ち上がり、手を伸ばして俺の頭をよしよしと撫でる幾花センパイ。

 寝癖整えといてよかった。


 しかしここで問題が発生。

 彼女が前かがみになったことで、巨乳がさらに強調されている。

 どっひゃあ、これはヤバいですね。


 胸に気を取られていると、彼女は俺を撫でながら呟いた。


「そう。キミは……優しくて、強い」


 ん? 強い?

 心が強い、的な意味合いだろうか。


 確かに昨日、俺は不良にリンチされることを覚悟で幸正君を助けた。

 なるほど、確かに俺は心が強いのかもしれない。


「だが、荒っぽいことは感心せんぞ」


 幸正君は言わないって約束してくれたし、これはタックルして助けた時のことだろう。


「で、でもあれは……」

「あぁ、分かってる。幸正を助ける助けるため、だろ? でも、暴力だけが解決の糸口でもない。——なに、次からは気を付けてくれ、ただそれだけのことだ」

「……はい」


 タックルひとつでそこまで言われるのか、と落ち込んでいると幾花センパイはまた笑った。


「ふっ、そうあからさまに落ち込むな。感謝をしているのは本当だし、キミは正しいことをしてくれたと思うよ。本当に」


 優しい言葉を掛けてくれる幾花センパイ。


 つーかさっきから彼女の良い匂いが鼻孔を擽って、めっちゃ興奮する。

 美少女って匂いも良い匂いなんだね。

 体育終わりとか、ぜひとも一度テイスティングさせていただきたい。

 この場合はスメリングか?


 ……自重しよう。


「話は以上だ。……ふむ、ところで、キミお昼は?」

「こ、この後食べようと思って、持ってきてますけど」

「そうか。それはよかった。実は私はお弁当なんだが、よければ一緒にどうだ?」


 マジで? やったー!

 美少女と昼食とか最高じゃんね。

 そう喜ぶ自分が居る反面、初対面の人と食事とかマジ無理です、と緊張とストレスで胃をキリキリさせてる自分も居る。


 だが俺は彼女曰く(心が)強い人間だ。

 不良に立ち向かえたのに、美少女に立ち向かえない道理はない!


「ぜ、ぜぜ、ぜひ、ご一緒させてください!」


 ほんと、この噛むのどうにかしたい。

 家に帰ったら発声練習でもしようかしら。


「ちなみにキミはこの後どこで食べる予定だったんだ?」

「さ、三階の、非常階段、です」

「……ふむ、そんなところがあるのか。……よし、ならばそこで食べようか」


 言って、彼女は立ち上がり生徒会室の扉を開けた。


「ほら、早く来たまえ」


 優しげな表情を受けて、俺はそそくさと立ち上がり着いて行く。


「まったく、キミはなぜそんなにオドオドしているんだ? 『兄貴』、なんだろ?」


 生徒会室を施錠しながら茶化す幾花センパイ。


「そ、そんなこと言われても」

「ふふっ、こうして見ると六人の不良相手に一歩も引かなかった男には思えないな」


 薄く微笑むセンパイ。

 その際、物陰から一人の生徒が盗み聞きしていたことに、俺達は気付かなかった。


  †


 私、幾花玲愛は佐藤との昼食を終え、教室に戻ってきた。


 自席にて考えるのは先ほどの彼のこと。

 お世辞にもカッコいいとは言い難い容姿をした、佐藤のことだ。


 朝、登校した私はまず初めに生徒会室で彼に着いて調べた。

 結果、彼が一年五組と言うことを知った。


 幸正が『兄貴』と呼んでいたり、あからさまに鍛えた不良を秒殺した、という話から、てっきり私と同じ二年生――あるいは三年生と思っていたが、違ったらしい。


 一年五組に赴き、彼を見て私が最初に思ったことは――あれ? 昨日の一年生だ、と言うもの。


 先生に頼まれてノートを運んでいた時、うっかり落としてしまったのを助けてくれた。


 だからこそ、幸正の言う『優しい』というのには納得を得ることが出来た。


 しかし、不良を秒殺、と言う部分にはいささか懐疑的な印象を抱いた。

 とてもではないが、喧嘩に強いと言う風には見えなかったのだ。


 言い方は悪いが、根暗だとか陰キャだとか。

 不良では無く、むしろオタクっぽい印象を抱いた。


 なので、とりあえずは生徒会室に呼び出し、そこで再度尋ねることにした。

 わざわざ他の生徒の前でする話でも無かったしな。


 生徒会室に現れた彼は常にびくびくとしており、まるで小動物を相手にしている気分だった。


 話してみても、彼が本当に『六人の不良を秒殺した』のかどうかは分からなかったが、弟の言う兄貴が彼であることは間違いないだろう。

 素直で、優しい。


 しかし優しい人、というのは分かっても、危険かどうかは分からない。

 もう少し接して確かめなければ。


 そう思った私は話を切り上げ、彼を昼食に誘った。

 すると彼が向かったのは非常階段。

 ここは校則で、緊急時以外の立ち入りが禁止されている場所だ。


 生徒会長相手に、何という胆力。

 不良を相手取ったというのは本当らしい。


「こんなところがあったのか。よく知っていたな」


 とりあえず様子を見る。

 すると彼は、海の方を向いて、薄く笑みを浮かべながら言った。


「ここは、人が来ませんからね」


 その笑みは、自己を卑下するような、哀愁の漂うもの。

 長い間、一人で戦い続けた者だけが出来る、そんな笑み。

 普通の生徒が、果たしてこんな顔をできるだろうか。


 ——いや。


 私は確信する。

 彼は、ただものではない、と。

 そして同時に、優しい人物でもある、と。


「キミは変わった人だな」

「そう、ですかね?」


 それからも、昨日のことを話題に出してみるが、のらりくらりと避けられる。


 肉体だけではなく頭もそれなりにいいらしい。


 そこで、私はある噂を思い出した。

 クラスメイトが話していた、一つの噂。


 今年の新入生の中に『オーガ』と呼ばれる不良が居るという、噂。


 圧倒的力を持ち、頭が切れ、誰も止めることのできなかった破壊神。


 ——彼がそうなのか?


 いや、オーガは血も涙もない男と聞いた。

 あの少年からはそんな雰囲気は感じられない。

 別人……なのか?


 だとすれば、彼と『オーガ』が出会わないように監視しなければならない。

 優しい彼と、破壊神オーガが出会えば、何が起こるか分かったものでは無いからな。


 例え、彼が『オーガ』だとしても、最悪私が止めればいい。


 喧嘩ではどうしようもないが、私は生徒会長だ。

 うまくやれば停学に追い込むことは造作もない。


 昼食の終わり時、私は彼に告げた。


「また一緒に食べよう」


 私は佐藤景麻を監視することに決めた。

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