第七話 美少女が教室に来た。(平穏じゃない)

 夜が明けて翌日。

 今日も今日とて学校だ。


 正直昨日のリンチのせいで体中がまだ痛い。

 朝鏡を見たら青あざになってたし、マジ最悪なんですけど。


 憂鬱気分で駅に向かい、電車に乗る。

 すると、同じ車両に曽根川さんの姿を発見した。

 片手を口に当てて欠伸を噛み殺している。

 今日も可愛いな。

 そう思うだけ。


 昨日、俺と彼女は確かに言葉を交わしたけれど、あれで友達になったなどと思い上がりはしない。

 それにそもそもこっちから話しかけに行くとか無理じゃんね。


 だから話しかけてくれないかなー、ちら、的な感じで彼女を伺ってみるけれど……無理っぽいわ。

 結局、視線一つ合うことなく学校の最寄り駅に到着した。

 ま、こんなもんか。


 教室に到着すると、隣の席の阿知賀さんが、友達と話すことなく自席にて文庫本を読んでいた。珍しい。


 彼女は結構友人の女子とお喋りしていることが多い。

 案外読書が好きなのだろうか。

 俺は別に読書が好きという訳ではないけれど、ライトノベルは好きだ。

 というか、萌えられるキャラが好き。


 つまり、媒体は関係ないのだ。


 ——何の本読んでるの?

 と、聞いて彼女とお友達になりたい。


 曽根川さんの方が美少女だけど、彼女も十分に美少女だから。ジト目系美少女だから。


 でも話しかける勇気は湧いてこないんだなぁ、これが。ボッチだしね。


 なのでこれ見よがしに俺も横でラノベを開いてみた。

 昨日も読んでいた異世界物のラノベだ。

 因みにブックカバーは付けている。

 だって表紙が巨乳のエルフだから。


 俺はボッチ脱却を目指している。

 巨乳エルフが表紙の本を、教室で堂々と読んでいて、ボッチが脱却できるだろうか?答えは否である。

 だからブックカバーをつけた状態で読書。


 さぁ、今です! 話しかけるなら今ですよ! 阿知賀さん!


 そんな面持ちで読書をしていると——何ということだろう。

 お隣から視線を感じる。


 お隣とは当然阿知賀さんの席なわけで……え、まさか俺の『読書で友達作ろうぜ作戦』が成功したということなのか?


「……ぁ」


 そうしてついに彼女が何かを言いかけた——まさにその瞬間のことだった。


 ガラガラッ! と勢いよく教室のドアが開く。


 余りにも音が鳴ったので、何だと視線を寄せてみると、そこには巨乳センパイが居た。

 俺がよく視姦——げふんげふん。見守っている彼女だ。


 桜越高校の可愛いことで有名な女子制服を、容赦なく下から押し上げるおっぱいの何と大きなことか。

 聖母かな?

 この学校には天使だけじゃなくて聖母も居るらしい。

 そのうち神様とか出てきそうで怖いんだぜ。


 一人思考していると、クラスのトップカーストのグループを仕切っているイケメン君が彼女に話しかけた。

 彼の後ろには来栖君の姿もある。

 今日もクールだ。


「幾花玲愛センパイ、ですよね? どうされたんですか?」


 ほーん、中々有名なんか?

 まぁ、それも当然か。

 だって巨乳で美少女だしな。


「あぁ、一人の生徒に用があって——。えっと、佐藤は居るか?」


 そうして巨乳センパイはイケメンに尋ねた。

 マジかよ羨ましいな佐藤の奴。

 いったいどいつだよ。

 俺ボッチだからクラスの奴の名前覚えてないんだよなぁ。

 ……。


「え? 俺?」


 このクラスに佐藤君は二人も居ない。

 日本で一番多い苗字らしいけど、このクラスでは一人だけ。

 リ○ル鬼ごっこが始まったらすぐに終わっちゃうよ。


 じゃなくて。

 俺のつぶやきにより、周囲の視線がワイに集中しちゃったンゴ。

 めっちゃ恥ずかしい。

 こう、注目されるのに慣れてないから、心音とかめっちゃ早くなるんよね。


「えっと、佐藤はどいつだ?」


 再度呼ばれる俺の名前。


 クラスメイト達が「聞き間違いじゃなかったのか?」「なんで生徒会長が佐藤君に?」「佐藤、っていうのか、あいつ」とざわつく。


 最後の奴だけおかしくない?

 いや、俺もお前の名前知らないけどさ。


 というか巨乳センパイ——いや、そろそろ名字で呼ぶか。幾花センパイは生徒会長だったらしい。——あれ? 幾花?

 何処かで聞いた名前だな。


 思い出そうと腕を組んでみる。

 そうだ、たしか昨日助けたがり勉君がそんな名前だったな。


 などと考えていると、気が付いたら幾花センパイが眼前に立っていた。

 巨乳の下で腕を組み、——えっろ。

 ほんとに女子高生かよ。


「佐藤景麻君。で、あってるかな?」

「は、はいぃ……?」


 もう緊張で声が震えまくるんだが。

 何でだろうね。ほんと嫌になる。


 すると幾花センパイは一瞬訝しげな表情をした。

 どうしたんだろう。


「本当に……? いや、でも名前が……」

「あ、ああ、あの?」


 尋ねてみると、彼女は「ふむ」と一息ついた。

 リアルでふむとかいう人初めて見た。


「とりあえず、今日の昼休み生徒会室に来てくれ」

「ふぇ、ひ、昼休みぃ?」

「む、何か用事でもあったか?」


 もちろんない。

 高校に入学してから用事なんて一度も出来たことがない。悲しみ。


「い、いいいい、いえぇ……」

「では、また昼休みに」


 そう言って、幾花センパイは教室を去っていった。

 何か、もう許容範囲を大幅にオーバーして、脳がショート寸前なんだが。


 周囲から向けられる奇異の視線がキツイ。

 陰キャなクラスメイトに学内でも有名な美人が話しかけたのだから、当然と言えば当然か。

 はぁ……。


 いつもは楽しみのはずの昼休みが、今日は今から憂鬱だ。

 俺は視線から逃げるように、慣れ親しんだ寝たふりのポーズに移行した。


 というか、もしかしたら阿知賀さんが話しかけてくれていたかもしれなかったのに、それが無くなったことが今一番悔しい。

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