第27話 今年の抱負バトル
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくね、ヨシくん」
「御丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いします」
無事に年も明け、まったく休んだ気のしない三が日も過ぎ去った1月のある日。
今年初めて芽依さんが出勤している日ということで、俺は勇足でいつもの踊り場へとやってきていた。
「じゃあそういうことでヨシくん。新年の醍醐味……お年玉ちょーだい?」
挨拶も済ませたところで、唐突にアホなことを言い始める芽依さん。
頭が痛くなってきた俺は、久々に拝む芽依さんのメイド服姿を眺めて平静を保つ。防寒用に羽織ったダウンでほぼ隠れてるけど。
「なんでもらえると思ってるんすか。いい歳した大人が」
「だってヨシくんちっちゃい女の子にお年玉あげるの好きでしょ?」
「どういう趣味だそれは」
新年早々年上のお姉さんにお年玉をたかれるとは思ってなかった。たしかに背丈だけで言えばちっちゃい女の子だけど。
物欲しそうに俺を見つめている芽依さんは煙草をくわえ「くれくれ」と催促しながら煙を吹かしている。
「喫煙が許される年齢のお姉さんにあげるお年玉は持ち合わせていません」
「けち。年末年始働けなかった分のお賃金を補填しようと思ったのに」
ぶぅーと口を尖らせる芽依さんは、そこだけ切り取ってみれば子どもっぽいが……ぽいだけだ、こんなヤニ臭い子どもはいちゃいかん。
「むしろ芽依さんは年齢的にあげる側なんじゃないですか?」
「だーれが年寄り老害メイドだ。親しき仲にも越えちゃいけないラインがあるんだよ?」
「あんたが勝手に越えたんでしょーが! 俺はそこまで言ってねぇ!」
「あははっ。やっぱりヨシくんを怒らせるのは楽しいね。今年始まったなって感じ」
けらけら笑う芽依さんを見ながら、ため息と一緒に煙を吐く。久々に芽依さんとくだらない応酬を繰り広げるこの感じ、身に染みる。
「たしかにあげなきゃいけない親戚の子たちはそれなりにいるけどねー」
「あげてないんすか?」
「そもそも遭遇しないように実家帰ったりしてないからね。抜かりなしよ」
「せこい気もするけど正しい処置っすね」
「まー。それを抜きにしても実家なんて帰らないけど。家族と仲悪いし」
そういえばそうだった。美大に進学するときに揉めたって言ってたし……それからずっと仲悪いままなんだろうな。
「ヨシくんは実家帰ったりしたの?」
「帰ってないっすね。そもそも年末からずっとシフト入ってたんで」
「わお。働き者だね」
「24時間営業の呪いっすよ。誰かが貧乏くじを引かなきゃならない……」
「ヨシくん……みんなの幸せのために……」
「他にやることもないんでまったく苦じゃないんですけどね」
「それはそれで……悲しいね」
「……ですね」
俺たちは枯れた人生に想いを馳せ、空を見上げて煙を吹かす。楽しくもない仕事に没頭出来てしまう無の人生って……
「年末年始は何して過ごしたんすか?」
「なーーーーんにもしてない。家でずーっとお酒飲みながらテレビ見てたぁよ」
「自堕落の極みじゃん」
人生を憂いる哀愁タイムを吹き飛ばすべく別の話題を提供しようとしたけど、この話もいずれ哀愁に通じてしまいそうだ。
「あ。辛うじてお雑煮だけ作って食べたよ。私のお正月っぽいことはそれだけかも」
「十分過ぎるでしょ。芽依さん、あなたはお正月マスターだ」
「やたっ、新たな称号承っちゃった。お正月マスターはどんなすごいことが出来るの?」
「いや……特に。ちょっと名誉があって俺に尊敬されるってだけです」
「やったー! めいっぱい尊敬してくれたまへよ、ヨシくん」
「喜んじゃうんだ」
ガッカリさせようと思ったのに。何が嬉しいのか分からないけど、芽依さんは煙草をくわえてニコニコしている。
「そーいやさ。ヨシくんは今年でいくつになるんだっけ?」
「多分……5月で22っすね」
「多分て。ヨシくん物覚えおじいちゃんだね」
「自分の歳わかんなくなりません?」
「全然わかんなくなるね」
「なるんじゃん。物覚えお婆ちゃんじゃん」
「あははっ、年寄り同盟だね」
「嫌な同盟すぎる……」
一応俺たち20代前半なのに、もう脳みそ年寄りだなんて認めたくない。
「ヨシくんが22ってことは私は25かー。もう折り返し……ほぼ三十路……」
「いやいや。流石にそれは言い過ぎでしょ。芽依さんまだまだピチピチっすよ」
「ふっふっふ……21歳には分からないよ、折り返しの重みはね……」
自分から年齢の話をしておいて、芽依さんの表情はどんどん青ざめていく。乾いた笑い声と共に揺れる紫煙も哀愁を誘う。
「まさか自分で凹むために年齢の話をし始めたんすか?」
「んーん。新年の頭だし聞いてみたくなっただけ。スタート前の確認的な?」
「なるほど?」
「というわけでヨシくん。22歳になる年の抱負を聞かせてくださいな」
「抱負……抱負かぁ……」
ワクワクした様子で微笑みながら、俺の言葉を待つ芽依さん。
どう言葉にしたものか真剣に考えるべく、短くなった煙草を灰皿に放り込み、新たな煙草に火をつけて新鮮なニコチンを摂取する。
「今年の抱負。んー……」
「むずかし?」
俺の顔を覗き込んでくる芽依さん。
抱負と言えることは決まっちゃいるけど、芽依さんに言うのは恥ずかしい。
恥ずかしい。恥ずかしいけど——
「今年中に就職して芽依さんに告白する……のが抱負です」
思っていることをそのまま素直に伝えた。
改めて宣言することで自分に発破をかけるためにも。
「……そ、そか」
キョトンとした目をして、芽依さんはプイっと顔を背ける。
チラリと覗く頬はわずかに紅く染まっていた。
「俺がそう答えるって分かってて聞いたんじゃないんすか?」
「んーん。油断してたかも……普通の雑談のつもりでしたわよ」
「でしたわよって」
「あ、あーら。いつも通りの語尾でしてよ?」
「それだとメイド側じゃなくて主人側でしょうに」
「おほほほ」
しばらくお嬢様みたいなおほほ笑いを続ける芽依さん。
俺の抱負は芽依さんの新たなテンパり方の扉を開いてしまったらしい。
「おほほ……ふぅ」
メイドなのかお嬢様なのか分からないテンパりを披露する芽依さんだったが……
新しい煙草に火をつけた頃にようやく収まり、落ち着いた微笑みを向けてくれる。
「……お返しに私の抱負も教えてあげよっか」
「お。聞きたいですね」
「ヨシくんの抱負を聞いて思いついたんだけど——」
言葉を区切り、芽依さんは間を置くように煙草を吸い……
「私、イラストレーター復帰してみよっかなって」
ゆっくりと煙を吐きながらそう言った。
「いいと思いますけど、関連性がイマイチ分からんのですが」
「だってヨシくんさ、就職失敗したら私と付き合ってくれないんでしょ?」
「う……」
「ヨシくんが無職の落ちこぼれになっても気にならないくらい手に職つけよかなって」
「そうならんように祈ってくださいよ……」
「あはは。祈りつつ保険をかける強かな女なんだよ、私は」
そう言って笑い、芽依さんは紫煙をくゆらせる。冗談で言っているようではなさそうだ。
「ヨシくんの硬派な目標に則って、私も君の人生に責任持てるようになったら告白するから」
「っ……」
「私は別に今すぐお付き合い初めてもいいんですけど? 好きな人の意志は尊重したいし?」
「……あ、ありがとうございます?」
こういうことを言われると、なんで俺たちまだ付き合ってないのか疑問になる。大体全部俺が悪いんだけど。
「どっちが先に『ちゃんと』するか……勝負だね、ヨシくん」
隣から俺を見つめる芽依さんが、優しく、しかし力強く微笑んだ。
言いたいことを言い終えて満足したようで、芽依さんは美味しそうに煙を吹かす。
「負けないように頑張ります」
「ん。男らしくて大変よろしい」
「というかこの勝負どっちが勝っても——」
「それは言わないお約束だよ?」
「……あい」
芽依さんの忠実なる僕である俺は、言いつけを守って黙って煙を吹かす。
「今年はいい年になりそーだね」
「ですね」
微笑みながら吸殻を捨てて立ち上がる芽依さんに、俺も微笑み返す。
「じゃーねヨシくん。改めて。今年も……昨年以上によろしく、ね?」
「こちらこそ。……お仕事頑張ってください」
階段を昇っていく芽依さんにねぎらいの言葉をかけながら煙を吹かす。その背中が見えなくなるまで見送り、そして——
「くぅー……やっぱ芽依さんといると落ち着く……人生に必要な要素過ぎる……」
大きく煙を吐き出しながら天を仰ぎ、年末から久方ぶりになった芽依さん成分補給を噛み締めるのだった。
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