第26話 本年最後の尋問タイム


「あざしたー」


 年間通してやる気のない俺ではあるが、今日の挨拶には特に気合が入らない。

 理由は単純で、大晦日にシフト入れられて気持ちよく労働出来るほど人間できていないからである。


「ふわぁ〜あ……」


 時刻は21時付近。退勤まであと1時間ほどあるが、店内に客の姿はない。

 きっともう俺以外の全人類は引きこもってそばでもすすりながら年末の特番を見ているのだろう。

 今日は仕事を終えても芽依さんには会えないし、モチベーションは地の底だ。

 もう業務は片付けてしまったし、出来ることといえばレジに突っ立ってぼーっとするくらいなのだが、意識が持つかどうか。


「……っと」


 暇すぎて立ったまま気絶しそうになっていた俺を、入店時のテレテレテレーンてな感じの電子音が現実に引き戻した。


「いらっしゃいま——」


 入店した客はまっすぐに俺の立つレジまで向かってきて、


「はぁ……何故いまだにこんなところで働いているんですか?」


「せ?」


 不愉快そうに声をかけてきた。……見覚えある顔、どう見てもいいとこのお嬢様然とした小綺麗な服装。間違いない、いまだに名前は知らないが芽依さんの後輩さんだ。


「……暇かよ」


「はぁ? 忙しいのですが?」


「忙しいなら大晦日に嫌味を言いに来るな」


「重要な確認をしにきただけです」


 その言葉に疑問符が浮かぶ。後輩さんに確認されるようなことなんてあったっけ?


「例の喫茶店で待っているので、勤務が終了したらすぐに来てください」


「嫌——」


「チッ……来なさい」


「……はい」


 舌打ちをして、後輩さんはさっさと店を出て行った。なんか買ってけよと思いつつ、俺の口は自動で「あざしたー」と言葉を吐く。


「…………はぁ」


 ただでさえ気が重い大晦日勤務なのに、最後の最後でド級のゲンナリ要素がやってきてため息を吐かずにはいられないのだった。


〜〜〜


「お。ちゃんと喫煙席だ」


 大人しく指示に従って喫茶店にやってきた俺を、後輩さんは喫煙席でココアをちびちびすすりながら待っていた。


「煙草吸えないと嫌だと泣き叫ばれても面倒でしたので」


「俺をなんだと思ってるんだ。……まぁ実際泣き叫ぶだろうけど」


「ほら、やっぱり」


 そんなことで勝ち誇った笑みを見せつけられるのは癪だが、事実なので仕方ない。

 着席早々、水を運んでくれた店員さんにアイスコーヒーを注文しつつ煙草に火をつける。


「で。確認事項ってなにさ」


「就活の調子を聞いておこうかと」


「……なんで?」


「まさか、自分の言葉を忘れたのですか?」


「いや……忘れちゃいないけど」


 だからってわざわざ確認しにくるか? 就職したら芽依さんに告白するという話を後輩さんにしたのは迂闊だっただろうか。


「クリスマスイブの日、あなたは美原先輩と過ごしていましたね?」


「……なんで知ってんの」


「店長が言っていたので。あの日、美原先輩が泥酔していたけど男が迎えにきてるらしいから大丈夫だったと」


「……」


 なんてことだ。そんなルートから情報が漏れるだなんて。迂闊すぎるぞ芽依さん。……別に隠してもいないんだろうけど。


「どうなんですか?」


「まぁ確かにあの日は芽依さんの部屋に上がり込んだけどやましいことは——」


「はぁぁぁぁぁ!?!?」


「……あ。しまった」


 言わなくていい部分まで言ったかも。店内に轟くようなデカい叫び声の後、後輩さんは目を見開いてワナワナ震えている。


「私の推理だと酔った美原先輩を家まで送っただけだったのですが!?」


「それだけど——」


「上がり込んだと言ったじゃないですか!? 何故上がり込む必要があるんですか!?」


「俺もわかんない」


 後輩さんがさらに追求を続けようとしたところで、店員さんがアイスコーヒーを運んできてくれて、流石にトーンダウンする。


「分からないのに? イブの夜に? 女性の部屋に上がり込みますか?」


 ……しかし、冷静な声音で問い詰められるほうが精神的にキツイな。俺は逃げるようにアイスコーヒーをすすった。


「言い訳じゃないけど、芽依さんに上がっていけば誘われてつい……」


「あなたはアホなので知らないかもしれませんが、世間ではそれを言い訳というんですよ」


 確かに。


「常識的に考えて、交際していない女性の家に上がり込むのはナンセンスでは?」


「おっしゃる通りだと思います……」


 非常識というか、軟派な行いだとは思う。自分でも今は反省しているし。


「そもそも。私が今日ここにきたのはその件が気がかりだったからです」


「気がかり?」


「イブ一緒にいたということは、あなたが誓いを破ったのではと思いまして」


「あー……」


「もう一度確認しますが、上がり込みはしたが何も間違いは起きていないのですね?」


「もちろん。ゲームして帰ったよ」


 オムライス作ってもらった件はあえて言わないでおく、怒られそうだったから。


「……今回限りはその言葉を信用し、実刑判決は撤回しましょう」


「実刑モノだったんかい」


「ですがそうなってくると、もうひとつ気になることが浮上しますが」


「なんだそりゃ」


 一旦は無実を証明出来たらしいが、後輩さんに向けられる疑念の視線は消えない。


「あなたはいつ就職するつもりなんですか?」


「いつって……そりゃ、近いうちに」


「チッ……漠然としていますね」


「う」


 正直、耳が痛い。責任を持てる人間になるべく就活を決意したのは今月の話だが、事実として今年はまだ行動に移せていないから。


「そんなこと言ったってお母さん。動こうって気持ちはちゃんとあるんだよ」


「誰がお母さんですか。本当に気持ち悪いんですけど」


「すみません冗談です……」


 芽依さんの関係者だと思うと、つい芽依さんに対してと同じノリで冗談を言ってしまう。

 心底嫌そうな……虫けらを見下すような顔をされて、傷つきながら煙を吐く。


「……あなたが就職してから告白しようとしていることを美原先輩は?」


「この前話の流れで伝えたから、知ってはいますね……はい」


 それを聞いた後輩さんは、何やら考え込んでいる様子だ。珍しく言葉を選んでいるのだろうか。


「私が言いたいのは、あまりに美原先輩を待たせるようなら殺すということです」


「選んだ結果それかよ」


「前も言いましたよね、美原先輩に害なすことは許さないと」


「聞いたけど……待たせるのもダメ?」


「チッ……ダメに決まってるでしょう。人間に与えられた時間は有限なんですよ」


「……確かに」


「女性に対して、具体案もないのに就職したら告白するので待っててくださいなんてあまりにも酷な話だと自覚してください」


「…………確かに」


「それ故に、私は確かめにきたんですよ。あなたが具体的にいつ事を成すのか。案の定無計画なようですが」


「すみませんでした」


 おっしゃる通り過ぎて耳が痛いので素直に謝罪をする。


「あなたのような愚図は物事を決意時点で満足してしまう傾向にありますから。大事なのは決意の後の行動と結果だということをくれぐれも肝に銘じておきなさい」


「……本当に君年下?」


 しっかりし過ぎていて怖い。というか漠然と生きてしまっている自分が情けない。


「うーん、うん。決めた、来年中には絶対就職する」


「その言葉、忘れないように。ちゃんと録音しておいたので」


「ガチじゃん」


「いざという時のためにあなたとの会話は全て録音しているに決まっているじゃないですか」


「ガチじゃん!?」


 この後輩、だいぶそこ知れない。だけどまぁなんというか……


「……いろいろありがとう」


「はぁ? 何のお礼ですか。キモいです」


「尻を叩いてくれる人がいるってのはだいぶ助かるからさ」


「あなたのお尻を触るぐらいなら死んだほうがマシです、気持ち悪い」


「どう考えても比喩だろうが! あとキモいっていうな! 傷つくから!」


 感謝の気持ちを伝えることも許されないなんて酷すぎる。


「感謝されるようなことではありません。全て美原先輩が不幸にならないために手を回しているだけですから」


「それも、ありがとう」


「……チッ、美原先輩は俺のものだみたいな物言いするのはやめてください。不愉快です」


「そんなつもりなかったけど!?」


 相変わらず距離感が掴めない。この子は俺に対してどういう感情で接しているんだ。


「——来年1年間、あなたの定めた期間はしかと確かめたので、私はこれで失礼します」


「はい」


「このままだらだらしているとあなたと年を越すという最悪な事態になりますし」


「余計なこと言うな!」


 俺のツッコミなんてなんのその。後輩さんはさっさと店を出ていった。今日のここの会計は俺持ちらしい。どういう基準なんだろう。


「しっかし」


 勢いで期限を決めてしまった。来年から本腰入れて動こうと思ってはいたが、ほとんどノープランだったのに。

 まぁ……後輩さんのいうことは全て正しい。俺だって芽依さんを待たせたいなんて思ってないし、悲しませるつもりもない。

 数時間後から始まる勝負の『来年』に備えて、俺は煙草とアイスコーヒーで英気を養うのだった。

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