第25話 ゆく年を想って

「ヨシくん、今年もありがとうございました」


 クリスマスから二日後。通常営業に戻った俺たちはいつも通り非常階段で縮こまりながら喫煙していた。


「年の瀬ではありますけど、早くないっすか」


「うちの店今日で今年の営業最後だからね」


「……え? まじで?」


 長年コンビニでアルバイトしている身としては、そういう時節柄の休日があることに違和感しかない。


「年末年始は店長が海外旅行に行っちゃうから店じまいなんだよ」


「ブルジョアだ……でも、店長はいなくてもメイドさんたちがいればいいのでは?」


「うちの料理は全部店長が作ってるから。メイドはいても喫茶がなくなっちゃうんだぁ」


 なるほど。確かに問題だ。メイド喫茶の存在意義が半分くらいなくなってしまう。


「じゃあ、今年芽依さんに会えるのは今日で最後ってことになるんですね……」


「そ。だから忘れないうちに最後の挨拶をしとこうと思ったのさ」


「そういうことなら……こちらこそ、今年もありがとうございました」


 煙草をくわえたまま、軽く会釈をする。芽依さんからも「御丁寧にどうも」と返ってくる。


「くわえ煙草しながらだから少しもご丁寧じゃないっすけどね」


「あはは、言えてる。まー私たちらしくていいんじゃないかな」


「俺たち顔を合わせりゃいつも煙草吸ってますからね」


 芽依さんと一緒に喫煙するために会いにきているんだから、それが当たり前なんだけど。

 最近はともかく。芽依さんと出会ってから毎週毎月、小刻みに顔を合わせては——


「あれ。今年『も』っていいましたけど、知り合ったのが今年ですね?」


「……あれ? そーだっけ?」


 ……シフトが被ってるときは絶対会ってるから頻度が高くて忘れがちだったけど。


「はじめてあったの今年の3月くらいじゃなかったでしたっけ」


「言われてみればそうかも。もっとずっと一緒にいたような気がしてたよ」


 宙を漂う紫煙を眺めながら、芽依さんは首を傾げている。昔を思い出しているんだろう。

 俺も煙を吐き出しながら過去の自分たちに想いを馳せる。いやぁ、懐かしいなぁ。


「割とすぐ打ち解けたよね。はじめてあった時から普段のノリの片鱗あったかも」


「気が合ったから俺はこうして通い詰めてるわけですから」


「まだ1年経ってないのに3年分くらいお喋りした気分。濃縮還元って感じ」


「濃縮還元ってそういう意味なんですか?」


「んーん、知らない。なんとなくの字面イメージで適当に使ってるの」


「芽依さんそんなんばっかりですよね……」


 ノリと勢いと気分。それが煙草休憩中の芽依さんを構成する要素の全てだ。そんな適当さが心地よいんだけど。


「ヨシくん、今年はどんな年だった? せっかくだし年の瀬トークしようよ」


「どんな、どんな年かぁ……ふむぅ……」


 俺の人生なんてバイトと睡眠の無限ループがメインで、その間に芽依さんとだらだら喫煙する時間が差し込まれてるくらいで——


「強いていうならば、芽依さんと煙草吸ってた一年間でしたね」


 まじでそれだけの年だった。悪い意味じゃなくいい意味で。俺の人生、芽依さんがいなかったら空虚そのものだった。


「ん、一緒だ。私もそれくらいしか特筆すべき点のない一年だったよ」


「流石になんかあるんじゃないですか?」


「私もかなーり人生スカスカな全身スカスカ人間だよ」


「なんだそりゃ」


「ヨシくんとだらだら煙草吸ってお喋りするのが一番楽しいってこと」


「それは……俺もそうですけど」


 やっぱり、はっきりと自分の存在を肯定されると照れ臭い。

 来年も芽依さんと楽しく過ごせたらいいなと未来を想像しながら煙を吹かしていると……


「そだ、ヨシくん。今年のうちに聞いときたいことがあるんだけど」


「はぁ、なんでしょう」


 来年の仕事始めの確認だろうか。確かに来年最初に会うのがいつになるのかは俺も気になるところではある——


「ヨシくんはいつ告白してくれるの?」


「はぁ!? げほっごほっ!!」


 想像よりも深くえぐり込んでくる質問にテンパって、煙を吸い込み過ぎて咽せる。

 咳き込みながら芽依さんを確認してみる。その顔に浮かぶのは落ち着いた表情……茶化すつもりで聞いているわけではなさそうだ。


「ここ最近、自分でも少し引くくらいに好き好きアピールしてきたんだけど」


「は、はい」


「もしかしてヨシくん気づいてない? 気付いてる風で実は気づいてなかった系男子?」


「い、いえ……気づいてました」


「ん。流石にそうだよね。自分で言うのもなんだけど露骨だったもんね、私」


「露骨でした……」


 だからこそ俺は、気づいた上で流されないように努めてきたわけだし。

 芽依さんは「うんうんそうだよね」と推理中の探偵のような神妙さで頷いている。


「ヨシくんまさか私から告ってくるのを待ってたりする? 受け身系男子なの?」


「そ、そういうわけでは……」


 次々と疑問を投げかけてくる芽依さん。犯人を追い詰める単体のような顔つきで俺の証言を集め「ふむふむ」と頷き煙を吹かす。

 まさかこんなにはっきり聞かれるとは思ってなかったので、俺は気が気じゃない。

 今何を言ってもテンパって要領を得なさそうなのでしばらくは聞く側に——


「じゃあ舞い上がってたのは私だけで、ヨシくんは別に私のことなんて——」


「それは違います」


 ……回ろうと思っていたのに。芽依さんの表情が一瞬だけ寂しげに曇ったのを見て、つい力強く口を挟んでしまった。

 芽依さんは煙草をくわえたままキョトンとしている。


「どう、違うのかな?」


「……芽依さんのことは好きです」


「そか。……ありがと」


「ただその……個人的な問題というか、気がかりなことがありまして」


「気がかり? もしかしてヨシくんは不治の病であと3ヶ月で死んじゃうとか?」


「いやいや、そんな重い設定ないですよ。アニメじゃないんだから」


 芽依さんは真面目な話の中にも余念なくボケを放り込んでくるから油断ならない。


「その……今からめっちゃ恥ずかしいことを言うんですけど……」


「いーよ。私もだいぶ言った気がするし」


 歯切れの悪い俺の言葉を芽依さんは待ってくれる。曇りのない瞳俺を見つめ、紫煙をくゆらせながら。


「芽依さんの人生に責任を持てるような人間になってから告白しようと思ってます」


 ……我ながら何を言っているのやら。告白しますって告白するのはもう告白なのでは? ゲシュタルト崩壊しそうだ。


「……」


 芽依さんは相変わらず煙草をくわえつつキョトンとしている。……伝わってるか?

 大事な話をしてる途中だが……照れ臭くて逃げ出しそうになる心を保つため、吸い殻を捨てて次の一本に火をつける。


「具体的に言うと……フリーターやめて就職してから……という、風に思ってます」


「——ふふっ。そんなこと気にしてたんだ」


 しばしの間を置いてから、芽依さんは小さく笑った。そりゃ笑う……自分でも口に出すと恥ずかしくて顔から火が出そうだし。


「私そんなこと気にしないよ? ヨシくんがフリーターでも無職でも、なんでも」


 芽依さんは短くなった煙草を灰皿に捨てながらそう言って、新たに煙草をくわえた。

 ライターの火に照らされたその顔は、優しく微笑んでいる。


「一緒にいてさえくれれば。私にとっての『何者』かであってくれれば……それで」


「……」


「もし無職になったりしてもさ、私が養ってあげるよ? 家で煙草でも吸っててくれればそれでいいからさ」


「俺は……」


 そう思ってもらえるほど、自分のことを好いてくれているのは純粋に嬉しい。けど——


「やっぱりそういうんじゃなくて。ちゃんと芽依さんを支えられる人間になりたくて」


「そか。……そっかぁー。ふぅーーん」


 恥ずかしさを堪えて、芽依さんの顔を見てみると……真っ赤になっていた。煙草こそくわえているものの、目は泳いでいて見るからに照れくさそうだ。

 そんな芽依さんの姿を見て、俺もさらに恥ずかしくなり……さらに顔を熱くする。

 お互い照れくささから視線を合わせられないまま、黙々と煙を吹かす。

 しばらく続いたそんな沈黙を破ったのは、俺では芽依さんだった。


「ヨシくん案外硬派なんだね。……じゃあ待ってるよ、ずっと」


「……待たせてすみません」


「あ。ずっとって言ってもおばあちゃんになるまでは待てないかも?」


「がんばります」


「んっ」


 芽依さんは大きく頷いて、灰皿に吸い殻を放り投げて勢いよく立ち上がった。見上げるその表情は、とても晴れやかだ。


「ヨシくん、良いお年を」


「はい。良いお年を」


 去っていく芽依さんを見送る俺の胸中も不思議と晴れやかだった。いうなれば……告白予告というとんでもないことをやらかしたわけだけど。言ってよかったと思う。


「……がんばろ」


 年の瀬、明確になった来年の目標を胸に抱きながら、俺は静かに煙を吐くのだった。

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