第24話 聖夜の2人 実食編

「……んあ」


 まぶた越しに感じる眩しさと、鼻腔をくすぐるいい匂いに手を引かれ目を覚ます。

 横たわったままぼやけた視界を擦ると、見知らぬ天井が目に映った。


「ヨシくんおはよ」


 聴き慣れた声が聞こえて、俺はようやく状況を思い出す。

 イブの夜、なんやかんやあって芽依さんの家に上がり込んで……気絶するまでゲームしてたんだった。

 芽依さんがかけてくれたであろうブランケットをどかして体を起こす。


「ふぁぁ……おはようございます」


「ん。まだおねむって感じだね」


「自分の家だったら二度寝してますわ」


 自動で閉じてしまいそうなまぶたをこじ開けながら芽依さんを探すと、その姿はキッチンにあった。

 コンロに向かう後ろ姿と、漂ってくるいい匂いが料理中だということを教えてくれる。

 ここからはジャージ姿な芽依さんの背中しか見えないから、内容は伺いしれない。


「何作ってるんすか」


「お昼ごはん」


「なるほど。……ん? お昼?」


「食べるでしょ」


「あー、それはいただきますけど……」


 疑問を覚えて時計を見やると、時刻は14時を過ぎていた。かなり寝ていたらしい。


「ヨシくんお仕事大丈夫?」


「休みにしてます、昨日夜勤だったんで」


 芽依さんの問いに答えながら、とりあえず煙草をくわえて火をつけた。起き抜けの一服はボヤけた頭をクールにしてくれる。


「ふぅぅぅぅ……」


 冴えてきた頭でまず思ったのは……俺は何をナチュラルに芽依さんの家にお泊まりしてやがるんだということだ。

 帰るタイミングなんていくらでもあったのにゲームに夢中になりやがって。と数時間前の自分に悪態をつく。


「……すみません芽依さん、お邪魔した上に泊まっちゃって」


「謝ること? むしろ家にあげたのは私だし引き止めたのも私なんだけど」


「……確かに」


「そのお詫びも兼ねて、こうして私はお昼ごはんを作っているのさ」


「なるほど……それは尚更頂かねば」


 勝手に罪悪感を覚えていたけど、全然俺悪くないな。結果的にゲームしてただけだし。

 そう考えるとだいぶ気が楽になる。芽依さんが作ってくれているお昼ご飯を食べて一服くしたらサラッと帰っておしまいだ。


「もうちょっと待ってねー」


「お気になさらずー」


 芽依さんの作業音を聴きつつ煙を吹かす。自炊しないし、実家を出て久しいし、こうして料理音を聞くのは久々だ。

 かちゃかちゃと調理器具がぶつかる音、なにかを炒めているジューーという音。不思議とそういう音を聴いていると心が落ち着く。


「ゲームの続きとかしないの?」


「今始めたら帰れなくなるんで」


 寝落ちする前の最後の記憶だと、芽依さんが最初のボスを倒してから、次のボスに挑みはじめて……死にまくってた気がする。


「もう一泊……んーん、クリアするまで帰れません企画にするのはどう?」


「俺かなり下手なんでそんなことしたら年越しちゃいますよ」


「一生クリアしなくていいからそのまま一緒に住も?」


「そんなダイナミックな同棲の誘い方あります??」


「あははっ。冗談だよ。……って言っとくね」


 含みを持った言い方。冗談なんだろうけど半分くらいは本気で言ってそうだなと思う。


「ヨシくんはオムライスの卵はとろとろなやつが好きなタイプの人類?」


「そういうタイプの人類です」


「ん。予想通りだよ。練習の成果をばっちし見せてあげちゃうからねー」


 ……ということは、芽依さんが今作っているのはオムライスか。言われてみれば確かに、ケチャップを焦がしたいい匂いが。

 好物だし、寝起きに食べるにも重すぎるわけでもない。心が躍って腹も鳴る。


〜〜〜


「ほい。いっちょあがり」


「おぉーー」


 目の前におかれたオムライスを見て、感嘆の声が漏れる。


「美味そう」


「ふふ。前に言ったでしょ、上手になったら振る舞うって」


「あー。そうでしたね」


「今がその時なのだよ。私のオムライスは一旦完成形に至ったのさ」


 2人分の配膳を終えて俺の対面に座った芽依さんは得意げに笑っている。

 完成形……その言葉はあながち嘘でもないようで、お皿を彩る金色に輝くとろとろ半熟卵はお店のものと言われてもおかしくない。


「練習用に買ってた材料しかなかったから、付け合わせのサラダとかないけどごめんね」


「全然問題ないっす。……んじゃ、いただきます——」


「あ。ヨシくんちょいまち。何か忘れてはいませんかねー?」


 そう言って芽依さんは背後に隠していた赤い何かを「じゃーん」と掲げた。それは、


「あー。ケチャップかかってないですね。忘れてましたわ」


「ただかけるだけじゃダメ。メイドのオムライスと言ったら文字書かなきゃでしょ?」


「中学時代のジャージきた今の芽依さんをメイドと呼ぶかは謎ですけどね」


「メイドっていうのは心の在り方だから私がそうだと思ったときはメイドなんだよ」


「かっけぇ……」


「だからメイド服着てる時でもメイドじゃないことがあるんだよ」


「かっけぇけど自分に都合が良すぎる」


「あはは。ある程度そうやって生きたほうが人生楽しいかんね」


 それは確かにそうだけど。やっぱりジャージ姿だとメイドって感じはしない。


「なんて書いて欲しいか考えてある?」


「……考えてないっすね」


「もー。考えといてって言ったのに」


 なんだかバツが悪く、口を尖らせる芽依さんから目を逸らす。


「こういうのって自分でオーダーするの恥ずかしくないですか」


「そう? お客さんは嬉しそうにいろんなこと書かせてくるけど」


「客じゃないからなぁ……俺」


 書いて欲しいことなんてないし、強いていうのならば——


「おまかせで」


「わー、いるよそういうスカしたお客さん。別に興味ないですけど? みたいな」


「スカし……恥ずかしっ。そういう客の時はなんて書いてるんですか?」


「そのまんま『おまかせ』って書くよ。言われた通りにね」


「クレバーな対応……」


 なんの気なしに言ってしまったけど、そういう客と被ったのは素直に恥ずかしい。


「まーしょーがないからヨシくんにはちゃんと私が考えて書いてあげるよ」


「ありがたき幸せ」


 やれやれと首を振りながら、芽依さんは俺の前に置かれていたお皿を引きよせた。そして容器を構え、ケチャップを垂らし始める。


「んんん〜〜♪」


 鼻歌をさえずりながら手際よく文字を書いていく芽依さん。これが本職の技か。ソワソワしながら待っていると——


「はいできた。ヨシくんどーぞ」


「ありがとうございま……」


 再び戻ってきたオムライスに書かれていたのはただ一言『好き』というあまりにもストレートな文字だった。


「……す」


 その攻撃力の高さに思わず呆けた面を晒してしまう。


「営業トークとかじゃないからね。ヨシくんお客さんじゃないし」


「……というと」


「私が常々思ってることをそのまま素直に書かせてもらいましたってこと」


「な、なるほど……」


 直接『好き』と口にしてないだけで、こんなのもうほぼ……


「ささ、食べよっかヨシくん。冷めちゃう前にどーぞ」


「ハイ」


 その後食べ進めたオムライスは、美味しかったのは間違いないけど……照れ臭さで味の子細どころではなかったのだった。


〜〜〜


 呆然としたままオムライスを食べ終え、少しばかりのお礼をすべく皿洗いを買って出……それをも片付けての一服。


「これ吸ったら帰りますわ、流石に」


「ん。流石にね」


 相変わらず密着気味な位置で同じく一服している芽依さんに声をかける。

 オムライスの文字のせいで、昨日の夜よりも緊張感がすごい……


「今年は楽しいクリスマスだったよ」


「まだ当日っすけど」


「ヨシくん帰っちゃうならおしまいじゃん?」


「まぁ……確かに」


 なんやかんや……緊張感はあったけど俺も楽しく過ごすことができた。やっぱり、芽依さんといるだけで楽しい。

 家に帰ってもクリスマスは続くけど、孤独にボーッと過ごすだけ。そう思うともう少しだけここにいたくなるが……それは言わない。歯止めが利かなくなりそうだから。


「また遊びにきてね」


「……はい、また」


 その時はちゃんと恋人同士になって……という言葉は胸にしまって、俺は紫煙をくゆらせるのだった。

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