第21話 くたびれサンタと酔いどれメイド

「チキンいかがっすかー」


 とても商品を売り込もうとしてるとは思えない冷めた声が、俺の口から出力される。

 その声はコンビニの前をゆく人々には届かず冷たい外気に溶けていく。


「……虚しすぎる」


 ちょっとした繁華街の端っこに位置する我が勤務地の前は、人通りがまばらだ。

 こんな立地の店で店頭販売をする意味がどこにあるというのか。

 しかも安っぽいサンタのコスプレをして寒い思いをしてまで。



「ケーキいかがっすかー」


 機械的にチキンとケーキの売り込みを垂れ流す。誰もいなくても垂れ流す。 

 ちなみにかれこれ数時間やっているが、未だに一個も売れていない。というかここ数年ほとんど売れてない。


「いかがっすかー……」


 無意味。生産性皆無。それがコンビニに舞い降りたサンタの宿命。

 精気を失ったままそんな作業を続けていると――


「そろそろ一旦休憩入りな」


 店から出てきた店長から救いの一言をかけてくださった。


「っす! ざっす!」


 店へ引っ込んでいく店長の背中に礼を言って、俺はその足でビルの裏手側へ回る。

 すぐに休憩へ入れるように煙草をポケットに忍ばせておいたのだ。

 長時間の立ちっぱなしで冷えた体を温めるように早足で階段を昇っていき、


「芽依さん……は、まだいないか」


 すぐにいつもの踊り場にたどり着いたが……芽依さんの姿はない。

 まぁ、厳密に言えばまだ22時前だし待っていればくるだろう。


「……ふぅ」


 一足先に踊り場へ腰掛け、煙草に火を付けた。

 冷えた体にニコチンが染み渡り……生き返った感じがする。


「本物のサンタさんもきっとヘビースモーカーだろうよ……」


 子どもたちのために世界の空を駆けているサンタさんに想いを馳せる。

 ……なんて話をしたいけど、芽依さんはまだ来ないのだろうか。


「お」


 想いが通じたのか、8階の鉄の扉が開かれた。そこから芽依さんが――


「ヨシくぅ~ん……どこにいるのぉ……」


 千鳥足な状態で現れた。しかも……片手にビール瓶らしきものを持って。


「芽依さん!?」


 小刻みなステップが危なっかしく、俺は慌てて立ち上がり階段を昇り始めた。


「わぁ~……ヨシくん真っ赤じゃーん」


「危ないですって」


 フラフラと手を伸ばしながら近寄ってきた芽依さんの肩を支える。そのついでに、ずり落ちそうになっていたダウンをちゃんと着せてあげる。

 立たせてたら転げ落ちそうなので踊り場まで誘導して座らせた。


「ん。ごくろー」


 近くで見る芽依さんの顔は真っ赤だ。それに表情もほにゃりと緩んでいる。

 相当酔っているみたいだ。こんな分かりやすくへべれけになる人がいるんだ。


「水買ってくるんで待っててください」


「あい」


「転げ落ちないでくださいよ」


「あ。ヨシくん煙草吸いたぁい」


「あとで――」


「ちょうだぁい……ヤニが足りないんだよぅ……」


「はぁ……これ火つけたばっかなんで」


 駄々っ子芽依さんを諌めるため、自分がくわえていた煙草をつまんで差し出す。


「ぁー」


 餌を待つ雛鳥のように口を開けて俺を見上げている芽依さん。

 ちゃんとくわえられるよう、口元に狙いを定めて……


「はむ」


 よーしドンピシャ。芽依さんは無事に煙草をついばんだ。

 そしてそのまま大きく吸い込んで、白煙をモクモクと吐き出す。


「ぷはぁー……おちつく」


「じゃあ大人しく待っててください」


「あい」


 蕩けた顔で煙を吹かす芽依さんを残して、俺は昇ってきたばかりの階段を駆け下りた。


〜〜〜


「お水飲んだらちょっとおちついてきたかも」


「そりゃよかった」


 俺がダッシュで買ってきた水をぐびぐび飲んでいる芽依さん。

 まだ呂律が怪しいところもあるし、顔も赤いけど……少しはマシになった。


「何でそんなに酔っ払ってるんすか。仕事中でしょうに」


「今日はお店もお祭り騒ぎの日だからね、メイドも飲むんだぁよ……」


「にしたって飲みすぎでしょうが」


 焼き肉食べてたときはほろ酔いくらいだったのに。……別に嫉妬してるわけじゃない。


「まさか無理やり飲まされたり……?」


 だとしたら俺はサンタの格好をしたまま店に乗り込まなくちゃ——


「んーん。お仕事やだからさっさと酔っ払って気を紛らわそうと思って自主的に」


「……はぁ。とんでもないこと考えますね」


「その結果……頭がぐるぐるしてもっとお仕事やになった」


「本末転倒すぎる」


 まぁ、自業自得なら俺に言えることは何もない。


「ヨシくんものむ?」


「俺は勤務中に飲めないタイプの労働者なんで」


 脇に置いていたビール瓶をおもむろに差し出してきたので、やんわり押し返す。

 瓶を置き直した芽依さんは不満そうに口を尖らせ煙を吹かした。


「あ。ヨシくんサンタさんのかっこしてる」


「今気がついたんすか」


「なんか赤いなーってくらいには思ってたよ?」


「どんだけぼーっとしてるんだ……」


「わ。やすっちー生地の衣装だぁね」


 興味津々な様子で、服を……というか俺のお腹のあたりを撫で回す芽依さん。

 酔っぱらい効果で無遠慮にワサワサされてちょっとくすぐったい。


「よーしよしよし。ダメダメな生地ですねー」


「そんなペットみたいなノリで。……というか触り過ぎでは?」


「ヨシくんも触っていーよ。私のメイド服はいい生地だから」


「なぜそうなる」


「ごわごわしてないよー。さわり心地よくてきもちーよ?」


 芽依さんは撫で回す手を止めてダウンの前をガバっと開いた。

 隠されていたメイド服があらわになり、俺も自然とお腹の部分に視線を向ける。


「ほらほらー。お好きにどーぞ」


「しませんよ」


「生地のよさ気にならないの?」


「このサンタ服の酷さを思い知るだけなんで嫌です」


 確かにくくりは同じコスプレ衣装だろうけど、商売ができるレベルのメイド服とドンキで購入されたであろうサンタ衣装を比べたくはない。


「そーいわずにさ、お腹なでなでしてー」



「しませんって。……ん? 目的がすり替わってません?」


 服の生地触らせたいんじゃなかったんかい。

 酔っ払っているからだろう、芽依さんはそんなことには気づかず——


「なでなでしろぉー!」


「脅し!?」


 恫喝してきた。いわゆる絡み酒、あきらかによくない酔い方だ。

 正直全然触れたいけど、酔っ払ってる女性相手に流石にそれは駄目だろう。


「あ。もしかしてさっきのお水がサンタさんからのプレゼント……?」


「急に話が飛びましたね?」


 酔っぱらいの言動に意味なんてないのかもしれない。

 とはいえ、撫でる話が終わったのは俺としても助かる。


「お水がプレゼント……私、もらえただけでうれしーよ……」


 煙を吹かしながら水のペットボトルを眺める芽依さん。


「大切にするね、ヨシくん……」


 そして、しみじみと呟きながらペットボトルに頬を擦りつけ始めた。

 今日の芽依さんは知能指数が著しく低いな。


「あぁ……ちべたい……寒いよヨシくん……」


「なら今すぐそのペットボトルを置きましょう」


「うん、そーする。もういらなーい」


「執着ゼロ!?」


「あはははっ」


 ついさっき大切にすると言ったペットボトルを雑に床へ置いて笑う芽依さん。


「ヨシくんはサンタさんとして何を配ってるの? 夢と希望?」


「チキンとケーキを売るタイプのサンタです」


「日本にはそっちのタイプのサンタさんの方が多そうだよね」


「大勢寒空の下に立たされてるでしょうよ」


「あはは。まートナカイで空飛んでるよりは寒くないんじゃない?」


「たしかに」


 ……というか、ようやく芽依さんの受け答えがはっきりしてきたな。


「酔いさめてきました?」


「ちょっとだけ。ペットボトル冷たくて現世に引き戻されたよ」


「そりゃよかった」


「でも……なんかどっと疲れた。お酒で逃避してた分一気にきた感じ」


 喋りからさっきまでのふわふわした感じが弱まり、いつもの芽依さんに近づく。

 丁度よく煙草も吸い終えたらしく……今度は自分の煙草を取り出して火をつけた。そして煙を吹かして、


「ヨシくんちょっと肩借りるね」


 トン、と寄りかかってきた。右肩のあたりに芽依さんの体温を感じる。


「大丈夫ですか……?」


「だいじょぶ。ここでヨシくん成分を補給して後半戦がんばるよ」


「それならいいんですけど……無理なら無理って言ったほうがいいっすよ」


「やさし。ほんと平気だよ、ヨシくんが肩貸しててくれれば」


「いくらでも使ってください」


 芽依さんが少しでも安らげるように、なるべく身動ぎしないように煙草を吸う。こうして身を寄せていると、俺の疲れも吹き飛ぶ。


「これは弁明なんだけど」


「はい?」


「私、酔っぱらったら誰にでもあんな風に絡むわけじゃないからね」


「あんな風?」


「お腹触らそうとしちゃったのはヨシくんだからなんだからね」


「そりゃ……安心しました」


「ん」


 流石に酔っ払ったら誰にでもあんな感じなのだとしたら……落ち着いてチキンも売ってられない。

 そんな言葉を交わしてから、芽依さんは静かになる。本当に休憩しているんだろう。

 ゆったりとした息遣いに耳を傾けながら、俺も残りの業務に向けて英気を養う。


「……ほんと、今年のイブはヨシくんが働いてくれててよかったよ」


 そろそろ煙草も燃え尽き休憩時間も終わろうかという時、芽依さんが口を開いた。


「俺も芽依さんいなかったら心が冷え切ってチキン売りながら死んでました」


「伝説になりそうな死に様だね。チキン売りのサンタ、コンビニで墜つ……みたいな」


「そんなんで伝説になりたくねぇ……そもそもサンタの格好したただのコンビニ店員だし」


 伝説もなにも、コンビニ店員が業務中に死亡したただの事件になってしまう。


「ヨシくんはサンタさんだよ。私にプレゼントくれたし」


「水の件まだ引っ張るんすか」


「ううん。お仕事辛いときに会ってお喋りできたことがプレゼントだよ」


「…………また恥ずかしい台詞を」


「あはは、酔っ払いの特権だよ」


 そう笑って、芽依さんの体が俺から離れた。


「ちょっとはマシになったしお仕事に戻るよ。終わったらここで待っててね」


「いくらでも待ちますよ。あーでも、次はもうちょい素面でお願いします」


「善処しまーす」


 ビール瓶を持って立ち上がった芽依さんを見上げて、こいつ飲む気だなと内心で苦笑いする。


「また後でね、ヨシくん」


 階段を昇っていく芽依さんの足取りは、さっきよりはずっとシャキッとしている。この分ならとりあえずは安心だろう。


「さてと……俺も働きますか」


 いつもなら芽依さんを見送った後もしばらくゆっくりするのだが……今日は俺にも後半戦がある。まったく売れもしないチキンとケーキを売り込む不毛な仕事が。

 それでも、階段を下る足取りは軽い。残りを乗り切ったら芽依さんと会えるから。

 それをモチベーションに、俺はチキン売りのサンタ役に戻るのだった。

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