第19話 見慣れた尋問官との約束

「ちょっとツラ貸してくれますよね?」


 退勤して店を出ると後輩さんが俺を待ち受けていた。柄の悪い誘い文句だが……しかし、流石にもう驚かない。


「はい」


「今日は聞き分けがいいですね。満更でもないと言わんばかりでキモいです」


「えぇ……どうしようもないじゃん」


「適度に嫌がりながら最終的には折れるくらいの具合がちょうど良いのですが」


「高度なコミュニケーションすぎる」


 相変わらず当たりの強さ全開だ。それにすら慣れてきている自分が怖い。


「まぁ……いいでしょう。ファミレスにでも移動して話を——」


「煙草吸える喫茶店じゃないと行きたくありません」


「却下です。ああいう場所にいるだけで服やら髪やらが臭くなるので」


「じゃあ俺はテコでもここを動きません」


 どうせ精神に負荷がかかることを言われるに決まってるんだから、せめて煙草くらい吸いながら聞きたい。


「……チッ。これだから喫煙者は。仕方ありませんね、行きますよ」


 よし勝った。今日はどんな話をされても煙草があるから大丈夫だ。平常心、平常心……


〜〜〜


「美原先輩にいったいなにをしでかしてくれたんですか?」


 喫茶店で着席して飲み物を注文した直後。鋭い視線で睨み付けられた。

 その重圧は今までの非ではなく、煙草をくわえてはいるけど……全然平常心になれない。


「しでかした覚えはないんだけど……」


「嘘ですね。最近の美原先輩は明らかに様子がおかしかったので」


「なんでそれが俺のせいに直結するんだよ」


「ある日の煙草休憩終わりのタイミングが違和感の始まりだったので」


「……」


「煙草休憩であなたと会い、そこで何かがあったと考えるのが自然でしょう」


「……」


 誤魔化そうとしてみたけど、それはどう考えても俺がデートに誘った時じゃん。


「その沈黙、肯定ととります。白状してください、なにをしたんですか」


「なにをって言われても……」


 デートに誘って、実際に行ってきましたと素直に話すのも、なんだか恥ずかし——


「通報する準備はできています。どんな犯罪行為を行ったのか、懺悔しなさい」


「デートしただけだよ! 通報されるようなことはなんもしてねぇ!」


「なっ……なっ……」


 無実を証明するための自白を聞き、後輩さんは目を見開いて震え始める。そして……


「なんてことを……!!」


 地の底から響くような低い声で俺を糾弾してきた。


「あなた……いいましたよね。ただの煙草友達だと」


「言いました」


「私、いいましたよね。いい『友達』でいてくださいと」


「言ってました」


「いいましたよね。その言葉を違えた時、あなたを地獄送りにすることになると」


「言ってなかった気がするけど!?」


「……チッ」


 危ない、過去のやり取りを都合よく捏造されるところだった。

 刺々しい視線を受け流しながら煙を吹かしていると、注文していた飲み物が運ばれてきた。

 ストレスで喉からからになっていた俺はすぐにアイスコーヒーをすする。


「……デートって、なにをしたんですか」


 ホットココアをちびちびすすりながら、恨めしげな視線を向けてくる後輩さん。


「映画見てご飯食べただけだよ」


「そんな……とんでもないことを……!!」


「え? それくらいよくない?」


「良いわけがないです。キモいです」


「酷い言われようじゃないの」


 嫌われすぎている……というよりは、この子が芽依さんを病的なまでに好き過ぎている。


「ま、ままま、まさか……その勢いで愚かにも告白したりしてないですよね?」


「……」


「なんの沈黙なんですか!?」


「いや、してないです……」


 しても良さそうな雰囲気はあったけど。俺はまだ踏み込んでいない。


「はぁなんですけど!?」


「どういうこと!?」


 理不尽に怒鳴られた……告白なんてしてないのに。俺は一体何を怒られているんだ?


「なんでしていないんですか!?」


「え? したほうがよかったの?」


「あ。いや、それはその……」


 突如として後輩さんの様子が変わる。天井知らずな激情から、真意が読めない困惑に。

 しどろもどろとしながらココアをかき混ぜている姿を眺めながら、続く言葉を待つ。


「芽依さんに覚えた違和感は別に……ネガティブなものではなかったので」


 後輩さんは弱々しい声で語り始めた。


「最近の芽依さん、楽しそうだったといいますか……浮き足立っていたといいますか」


 いつになく静かなトーンで語られるせいなのか、その言葉は妙に真実味がある。


「だからてっきり、愚かにも、既に恋仲になっているものかと思っていたんです」


「……なるほど」


「なので。本当のところ……一応は驚いてみせたりもしましたが、今日は事実確認にきたつもりだったんですよ」


 一応驚いてみせた意味は分からないけど、それ以外の言葉にはなんとなく得心がいく。


「不本意ですが……もしそのような事態になってしまったのであれば、私は見守って祝福するほかないので」


 芽依さんに近づく俺のことは嫌いだけど、それはそれとして芽依さんが楽しそうならそれが一番……なのだろう。


「案外常識人なんだな……」


「は? 案外とは? いつ私が非常識な行動を取ったというんですか?」


「初対面から非常識なことのほうが多かった気がするんですけど……?」


「私はいつだって、美原先輩の後輩として恥ずかしくない常識的な行動を心がけていますが」


「正気か?」


 ま、まぁ……ちょっとおかしいけど芽依さんに対する思いやりは本物なのだろう。だからこうして芽依さんに近い俺を精査するために突っかかってきているんだから。


「人知れずあなたを殺害して埋めることも考えましたが、それでは芽依さんが悲しむので控えた程度には常識的です」


「どこが??」


 一瞬でも人殺しが手段のひとつとして思い浮かぶ時点で非常識だろうに。

 本当にちょっとおかしいだけだよな? 俺の判断、間違ってないよな?


「……真面目な話。あなたは美原先輩とお付き合いしようと企んでいるんですか?」


「悪いことしてるみたいな言い方やめて」


「はぁ……悪いことではあるのですが、一旦そこは目をつぶって円滑に話を進めましょうよ」


「釈然としねえ……」


 が、しかし。質問自体には今答えておいたほうが後腐れがなさそうだ。


「ゆくゆくはそのつもりだけど」


「煮え切らないですね。……美原先輩はこんな男のどこがいいんだか」


「一応なんも考えてないわけじゃないから!」


「チッ……では、どんな違法な手段でお付き合いを始める算段なんですか?」


 いちいち言い方にトゲがありすぎてツッコミたくなるけど、キリがないから我慢しろ俺。


「キモいかもしんないけど、付き合うなら芽依さんの助けになれる……人生に責任を持てるような人間になってから……かなと」


「うわぁ、重っ……」


 後輩さんは口元に手を当てて大きくのけぞった。引かれてしまった……かなり露骨に。


「——重いですが。私はそういうの、嫌いではありませんよ」


「意外と好感触……?」


「適当に考えているチャラい男が芽依さんにまとわりつくより、幾分かマシですから」


「よかった……許された……」


 後輩さんに許される必要があるのかは置いておいて、ひとまず安心だ。


「というわけなので。フリーターを脱したら告白しようかと……」


 ずっと考えていたことだけど……いざ口に出してみるとずっしり肩にくる条件で、胃のあたりが縮こまる。それを誤魔化すように、煙草を吸い込んだ。


「ではそれまでの間に美原先輩を洗脳してあなたを嫌いになるように仕向ければ私の勝ちということですね」


「話さなきゃよかった」


「流石にしませんが。そのような技術の心得はありませんので」


「あったらしたのかよ」


 この子なら本当にするかもしれないという圧があるのが恐ろしい。


「もうお分かりだと思いますが、あなたが美原先輩に害なす存在だと判断した時は……容赦なく社会的に殺します」


「社会的にってところがガチだ」


「なので。行動には気をつけてください。いつでも私の影に怯えて震えろ」


「これ許されてないな……?」


 芽依さんへの思い入れ故の狂気なのか、元々ぶっ壊れてるのか。どちらにせよヤバいことには変わりないけど。

 ふと。前に話したことを思い出す。後輩さんから芽依さんへの想いに関する話だ。


「あー、そうだ。前会ったとき、昔芽依さんに救われたって言ってたけど……それってイラストレーターだった頃の話?」


「……流石にもう知っていましたか。ええ、そうです。私は美原先輩の絵に救われました」


 後輩さんと話したことと芽依さんから聞いたこと、それらが繋がって導き出した答えだけど……正解だったらしい。


「やっぱりさ、芽依さんはすごいイラストレーターだったの?」


「何をもってすごいとするのかは謎ですが、私にとっては今でも偉大な人です」


 そう語る後輩さんの瞳は、いつになく輝いている。睨んでばかりいないでずっとそういう目をしていればいいのにな。


「塞ぎ込み……ずっと引きこもっていた私が社会復帰出来たのは、美原先輩のイラストに活力をもらったからなんです」


「引きこもってたんだ」


「…………あなたにこんな話をしてしまうなんて。人生の汚点です、記憶を消してください」


 芽依さんの話をしたいばかりにうっかり口を滑らせたらしく、さっきまでの輝きは消え、冷めた視線が貫く。


「い、いいじゃん引きこもり。生き方は自由だと思うぜ」


「……はぁ。とにかく。美原先輩の絵は私に刺さって、救ってくれたんです」


「なるほど、やっぱり芽依さんはすごいな」


「ええ。すごいんです」


 うんうんと頷き合う俺たち。芽依さんを称える言葉だけは、想いを共に出来た。


「……不本意にも話しすぎました。私はこれで失礼します。私の言葉、忘れないように」


「肝に銘じます」


 言いたいことを言い終えたのだろう、後輩さんはさっさと立ち上がって去っていく。

 お代は……置いていっていないけど、喫茶店がいいとごねたのは俺だし良しとしよう。


「ふぅ……」


 せっかく入ったんだしと、俺はもう少しゆっくりする腹づもりで新たな煙草に火をつける。

 そして今日後輩さんと話したことをぐるぐると頭の中で反芻して——


「……なんで芽依さんはイラストレーター辞めたんだろ」


 最後に話した件が、引っかかった。人を救うほどのエネルギーを持った絵を描ける人が、筆を折った理由……


「まぁ……それはいいか」


 それこそ、余計な踏み込みだ。詮索しないほうがいいことはある。

 今は自分のことだ。成り行きとはいえ今後の目標を後輩さんに話してしまったし、有言実行しなければ。


「就活就活……」


 自分で決めたことだけど、気は重い。それでも今回くらいは……最後までやり切ってみようじゃないかと自分に言い聞かせるのだった。

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