第12話 なんでも言うこと聞く券
「どうしたんすか、芽依さん」
「……」
いつものように非常階段を昇り終えると、芽依さんが直立した状態で待ち受けていた。
気をつけの姿勢で微動だにしていなかったが、一個下の踊り場から見上げる俺が声をかけると突然——
「すみませんでした!」
勢いよく頭を下げた。長い黒髪がバッサァと舞う様子は中々に芸術的な光景だった。
「え? なんの謝罪ですか?」
ピンときていない俺が訝しげに尋ねると、
「この前、私キモかったから……」
頭を下げたままの状態で、おずおずと説明してくれた。それを受けてよくよく思い返してみる。
キモかった……芽依さんがキモかったことなんて、出会ってこの方あっただろうか。
「あーもしかして後輩さんの件で……?」
「左様でございます、ご主人様」
「ご主人様て」
芽依さんは今どんなロールプレイをしているんだ。いや、メイド服着てるしピッタリなんだけど。
「わたくし、美原芽依は上官殿を不快にさせるようなとても気持ちの悪い態度をとってしまったことを大変申し訳なく思っている次第であります。サー」
「キャラブレがすごい」
メイドとかそういうんじゃないなこれは。軍人っぽいけど軍人ってほどキッチリもしてないし。
謝罪したい心が暴走しておかしくなっているのか?
「むしろキモいの俺じゃないですか?」
「なんで?」
「知らん間に自分の後輩と会ってた奴、キモくないですか?」
芽依さんと俺は別に付き合ってる訳でもないし、怒られるようなことじゃないのは確かだけど。それはそれとして芽依さん視点ではちょっとキモいのは間違いないはず——
「それはたしかにキモいしウザかったけど私が言うことじゃなかったから……」
「キモいしウザかったんかい!」
自覚はあったけどいざ言われるとちょっと効く! 余計なこと言わなきゃよかった!
「だけど私の態度もキモかったから……すみませんでした。とても反省しています。もうしません」
「芽依さん……」
謝られるようなことじゃないけど、受け入れないとおちおち煙草も吸えやしない雰囲気だ。
「分かりましたから、頭を上げてください」
「ヨシくん……」
「そもそも芽依さんのが高い位置にいるんで、頭下げてても俺よりずっと頭が高いですよ」
「ヨシくん!?」
その言葉でようやく芽依さんが頭を上げた。そして何やら考え込む素振りをみせると、
「ちゃんと足元で土下座しろってことだね……」
階段を降りてこようとする芽依さん。
「違うから! 冗談! 別に怒ってもないから!」
「そう? 女を土下座させて優越感にひたりたくないの?」
「ひたりたくない! だからもう座って煙草でも吸いましょうや!」
ようやく謝罪モードが解けたのか「そーだね」と頷き、芽依さんはいつものように踊り場に座ってくれた。
ふぅ……これでようやく俺も一服出来る。
「土下座して欲しくなったらいつでも言ってね」
「もしかしてしたいの?」
隣に腰掛け煙草を咥えて火をつけたところで芽依さんがそんなことを言い始めた。
芽依さんは「まっさか」と笑ったので、冗談だろう。ようやくいつもの調子に戻ったという訳だ。
「お詫びの品も用意してあるから渡しておくね。はいどーぞ」
同じく煙草を吸い始めている芽依さんが、何かを差し出した。薄い紙っぺらのようだけど……なんだろう。
「なんでもいうこと聞いてあげる券、3枚セットだよ」
「ええ……」
「お茶買ってきてくれたときのに2枚足してきたよ」
若干引きつつ確かめてみると、確かにそう書かれている。ご丁寧にデフォルメされた芽依さんらしきメイド服のキャラクターイラストまで添えて。……無駄に絵が上手いけど直筆なのかな。
「ちゃんと署名して実印も押しといたからね」
「そこまでする?」
裏面をみると、言葉の通り美原芽依という署名と判子が全ての券に施されていた。可愛げがあるんだかないんだか分からない。
かかっている労力と熱意に若干引くも、芽依さんはやったった感丸出しの満足そうな表情を浮かべている。
「めっちゃ重たい肩叩き券みたいな……?」
「お望みとあらば肩でもどこでも叩きますとも」
「うーん……?」
肩以外に叩いて欲しいところも思いつかないし、何なら他のお願いも何一つとして思いつかない。
「ほんとに何でもいいからね。暗殺とかも請け負うよ」
「券の効力が強すぎる」
「むしろ暗殺は私的にもしてみたい部類かも。必殺仕事人メイドってなんかかっこよくない?」
「確かにかっこいいけどいい大人が憧れちゃダメですよ」
「もしそれで捕まっちゃったら面会に来てね……ヨシくんが来てくれるのを心の支えに獄中生活を送るからね……」
「覚悟もすごい……」
暗殺も可ならこの券に秘められたパワーは無限大。まじで使い道
が思いつかない。
「芽依さんだったら何に使います?」
「私がヨシくんにお願いするとしたらってこと?」
「誰でもいいですけど、なんでも言うこと聞いてあげるって言われたらどうすんのかなって」
「んー。そーだねぇ……」
ゆっくりと煙を吐きながら、真剣な顔で思案している。そして芽依さんが出したのは——
「女の子相手だったらパンツ見せてもらうかな」
「エロオヤジかよ」
真剣な表情に似合わない最低な答えだった。思わずため息が出てしまう。
「ぶっちゃけた話、『なんでも』って言われたら真っ先に性的なこと考えちゃわない?」
「だいぶぶっちゃけましたね」
「お茶のとき、なんでもって言った途端ヨシくんが猛ダッシュし始めたから『エロいことされる!』って内心震えたよね」
「俺をなんだと思ってるんだ!」
「ヨシくんがってよりは男ってそうなのかなって」
「漫画の読みすぎっすわ!」
飢えた中学生じゃないんだから、そこまで性に素直な行動を取る訳ないのである。
「そりゃあ考えなかった訳じゃないですけど、常識的に考えて真っ先に除外しましたね」
「やだ、ヨシくん常識人……」
「いいことでしょ。何が嫌なんすか」
「相対的に私がエロいことばっかり考えてる痴女みたいじゃん」
「はしたないこと言うな!」
こんな薄暗い場所で痴女を自称するメイドさんなんて存在しちゃいけない!
「じゃあさ、何目的でお茶買いにいったの?」
「あー。なんて言えばいいんだろう……」
煙草片手に、キョトンとした目で見つめてくる芽依さん。素直に説明するのは恥ずかしいけど……
「最初からお茶買いにつもりだっただけですよ。どのタイミングで行くのが面白いか探ってただけで」
と、大人しく白状した。そう俺はただウケ狙いで動いただけだから、芽依さんに『なんでも』を求めていた訳じゃない。
ウケたくてやったという恥ずかしい真相を聞いた芽依さんは——
「……はぁぁぁぁぁ」
「なんのため息ですか」
「ヨシくんは優しいなと思ってさ」
「……?」
どこに優しさの要素があったのか分からないので、とりあえず聞き流して煙を吹かす。
「そもそも『なんでも』を真に受けてたのは私だけだったってことだね……」
「その文脈が許されるのは漫画の中だけですから」
「それに比べて私は……パンツ見せろって言われてもいいように見せてもいいやつ選んで履いてきちゃったよ……」
「正気か?」
芽依さんは「はぁはずかし」とため息と共に煙を吐く。この人、ちょっとおかしくなってないか?
常識的に考えて仲良くしてる女性に「パンツ見せろ」なんて色々なリスクを考慮した上で要求する訳がない。
……いやしかし待て。芽依さんはそれを想定していたということは、そこまでは要求してもいいということなのでは?
「……」
「ヨシくん眉間にシワが寄ってるよ。どーしたのさ」
「すみません、パンツのこと考えてました」
「さっきまで常識人ポジション気取ってたのに???」
「言われたら気になってきて。ちなみに何色なんですか?」
「黒いやつだよ」
「なるほど」
晩ご飯の献立を聞かれたくらいの気軽さで答える芽依さん。煙を吹かすその姿には恥じらいの欠片もない。
「見る? 見たい? 見ちゃう?」
むしろ見せたいくらいの勢いで、スカートの裾を摘んでチラチラ
上下させる芽依さん。
そもそも短いスカートなので、もう少し捲られたら本当に見えてしまいそうだ。
ひらひら揺れ動く布切れに視線が吸い込まれてしまうが——
「俺くらいになると見ないほうが興奮するんで大丈夫です」
「常識人ってより高度な変態さんって感じだね」
「埃被ってた宝の地図も確かめたのなら伝説じゃないんですよ」
「なるほど。ひとつなぎの財宝ってやつだね」
「そういうことです」
自分でもどういうことなのかイマイチ分からなくなってきたけどつまりそういうこと(?)なのである。
「個人的にはむしろ見せたくなってきてたところだったけど——」
「見せたくなるなよ」
「まっ。ヨシくんが見ないっていうなら秘めておくとするよ」
「そうしてください」
「でも、せっかく作ってきたんだからその券の使い方は何か考えてみてほしいな」
「確かに……」
紫煙をくゆらせつつ、手元のなんでもいうこと聞いてあげる券に視線を落とす。なんでも、なんでもか……
「質問に答えてもらう系の使い方をメインにします」
「というと?」
「俺の質問に絶対答えてもらうということです」
「年収とか?」
「んな生々しいもん聞くつもりないわ」
だが方向性としては間違っていない。俺は芽依さんのことを知っているようで知らないから。
せっかくだし、その穴を埋めるために使ってみよう。
「質問によってはパンツ見せるより難しいかも」
「たまに芽依さんの尺度が分からなくなりますわ」
「まーでも承知したよ。なんでも聞いてくれたまへよ」
「今すぐには思いつかないんで大事に使います」
「ん。待ってるよ」
会話が途切れようやく訪れた静寂。俺はそんな時間を肴に煙草を楽しみながら、どんな質問をしようか考えるのだった。
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