第10話 11月下旬のある日 22:10

「最近はどこも禁煙っすよねえ」


 芽依さんと隣り合って過ごす喫煙タイム。紫煙をぼんやり眺めて呟く。


「吸えるとこ探すほうがむずかしーよね。時代の流れってやーつだ」


「それですよ。この前行った夜中のファミレスですら禁煙でビビりましたわ」


「今までオッケーだったとこで吸えなくなるのが一番嫌だよね、裏切られた気分」


「ルールだし従うしかないんですけど……」


「誰かクーデター起こしてくれないかな。喫煙革命! 喫煙席を取り戻せー! って」


「そんなやつ現れたら世論は更に嫌煙に傾いてスモーカーは絶滅ですよ」


「そんなぁ……この革命すら嫌煙派の陰謀だってことなんだね……かなしい」


「この先も居場所は失われ続けますよ」


「必死に歩くしかないんだぁね……砂漠でオアシスを求めるように……」


 およよと嘘くさい泣き真似しながら煙を吹かす芽依さん。


「少なくとも、もうわざわざファミレスには入らないかもね」


「そっすねぇ。俺も1人だったら喫煙席ない時点で店出てましたわ」


 よっぽど食いたいものがありでもしない限り煙草優先で動くのがヘビースモーカーなのだ。


「ツレが吸わない人だとことの重大さ伝わんないよね。誰と行ったの? 友達?」


「……あー」


 何気なく雑談を広げてようとした芽依さんの言葉に不覚にも言い澱んでしまう。


「なになに。言えないことなの?」


 友達とですと言えばそれで済んだのに、芽依さんはすでに興味津々だ。

 どうしよう、後輩さんと会ったことはまだ芽依さんには話していない。


「うーん」


「えーなになにめっちゃ気になるよ?」


 いやしかし隠すのも変な話だよな。やましいことは何もないわけだし。

 むしろここで隠したら思わぬところで拗れてしまうかもしれない。


「実は……芽依さんを慕う後輩さんに半ば無理矢理連行されまして」


 どんな反応をされるだろうと表情に注視してみると、芽依さんはキョトンとしていた。


「芽依さん?」


「ふーーーん。そーなんだ」


 芽依さんは目をパチクリしながら平坦な声音でそういうと、煙草を口元に運ぶ。

 初めてみる顔だ。割とわかりやすく喜怒哀楽を出す芽依さんには珍しい……無の表情。


「もしかして怒ってます?」


「ううん。怒る理由ないもん」


「じゃあその表情は……?」


「単純に気になっただけだよ。いつどこで知り合ったのかなって」


「芽依さんが風邪でいなかったとき待ち伏せされまして」


「ふーーーーん」


 長めのふーんに徹底した無の表情。これはどう考えても……怒ってるよな?


「芽依さんにちらつく俺の影が気になってたみたいで正体を確かめにきたそうで」


「ふーーーーーーん」


「それで身分と関係を証明させられまして」


「なんて答えたの?」


「えーと、煙草友達です、みたいな?」


「ふーん。ま、そうだもんね」


 まだまだ無表情。どうすればいいんだこれ。今までにない難しさだぞ……


「その話するときにファミレス行ったの?」


「いや、それはまた別の日に……」


 こうなってしまったらもう素直に全部話してしまうしかない。大丈夫、やましいことなんて何にもないんだから。


「そのときは何してたの?」


「プリン食べるのに付き合わされまして」


「ふーーーん。プリン、食べたんだ」


「お、俺はオムライス食べました!」


「そ」


 一通りゲロったわけだが、芽依さんはそれ以上何も言わず煙草を吸っている。

 俺も事実以外の余計なことを言わないように黙って煙を吹かす……気まずい時間が流れる。

 その沈黙を破ったのは、芽依さんだった。


「あの子、かわいかったでしょ」


「へ?」


「前に話したじゃん、かわいい後輩ちゃんがいるって。あたってたでしょ?」


「ま、まぁ……美人な部類には入るかと」


「だよね」


 どういう感情かは分からないけど、そう呟いた芽依さんは小さく微笑んでいた。

 咥えた煙草の明かりに照らされた姿は、脆いガラス細工のように儚げで。俺は——


「芽依さんのほうが可愛いですよ」


「っ……」


 思わず口走っていた。黙っていたら芽依さんが消えてしまうような気がして。

 そしてすぐに正気に戻る。俺は本気トーンで何を言っているんだ。


「そ、それにほら……俺ロリコンだし」


 慌てた俺はとりあえず誤魔化そうと変なことを重ねてしまった。芽依さん煙草を咥えたまま目を丸くしていたが……


「……ふふっ、なにそれ。別に私小柄なだけでロリじゃないし」


 小さく噴き出して微笑み、灰皿に煙草をグリグリと押しつけた。

 よかったのだろうか? 分からない、正直なんも分からない。だから俺は——


「芽依さん、俺は——」


「そろそろいかなくちゃ。変なこと言ってごめんね」


「え? ちょっと待っ——」


「またね、ヨシくん」


 芽依さんは静止する間も無く去っていく。そんな背中を見送り、しばらく呆然とする。

 思考が戻った後。いつのまにか燃え尽きた煙草を灰皿に放り込み、新たな一本を咥えた。


「もしかしてこれ……あー、いや……」


 ……もしかしなくとも。まずいことになってるよな。煙で肺を満たしながら考える。


「……まぁ、なるようになるか」


 芽依さんは「またね」と言っていたし、今は何も考えずにヤニを摂取するのが正解だ。


「別に思考放棄じゃないからな、うん……」


 そう自分に言い聞かせて、今はボーッと喫煙に興じるのだった。

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