第7話 プッチンするやつしないやつ
「……お。なんだろ」
勤務後。バックヤードで着替えながらスマホを見ると、芽依さんからラインが来ていた。
これから会うというのに、わざわざなんなのか確認してみると……
『プリン買ってきて〜』
おつかいの依頼だった。なるほど、これは確かにこのタイミングで伝えないとだな。
ライン増やそうと話してから、まじで地面平らとかしか送られてこなかったが、これは有意義な使い方だ。
着替え終えた俺は短く『りょ』とだけ返して売り場に出る。向かうはデザートコーナー。
「プリンって言ってもなぁ」
昨今の品揃えだと、プリンだけでもいくつもある訳だが……迷っていたら芽依さんの休憩が終わってしまう。
というわけで俺の好みでチョイスしたやつを二種類手に取り、レジへ。
「先輩プリンなんて珍しっすね」
「甘味の気分なんだよ」
夜勤の安中と雑談しながらちゃっちゃと会計を済ませて、店を出る。目指すはもちろんビルの裏手、芽依さんの待つ非常階段だ。
「寒っ……」
暦は既に11月に突入し、冷え込む一方だ。自然と非常階段を進む速度も早くなる。
「はぁ……ぜぇ……やっぱしんどい……」
「ヨシくんおつかれー。相変わらず貧弱だね」
「いくら昇っても慣れませんよ……」
「あはっ。体あったまっていいじゃん?」
「傍観者の意見ですわ……」
ヘトヘトになっている俺を肴に煙を吹かす芽依さんの隣に腰掛けて一息つく。
「さて……ヨシくん。例のブツは?」
「言い方のせいで怪しさがすごい」
ニヤリと笑う芽依さんの姿と、薄暗い場所も相まって後ろ暗い取引感が醸し出される。
「はぁ、はぁ……ヨシくぅん……私もう我慢できないよ……早くアレちょうだい?」
「中毒者ムーヴやめれ。ちゃんと買ってきましたよ」
例のブツ……じゃなくて、プリンが入ったレジ袋を差し出す。
「やったねー。あんがとヨシくん」
ニッコニコで受け取った芽依さんが袋を漁りプリンを二種類とも取り出す。
「これはどっちでもいいやつ?」
「好きな方をどうぞ」
「気が効くねー。メイド向いてるよ」
「メイドはあんたでしょ」
「あはは、そーだった」
冗談を言いながらも、芽依さんはプリンを眺めて真剣に悩んでいる様子だ。
「んー。こっちにしよっと」
芽依さんが選んだのは所謂焼きプリンと呼ばれる種類のやつ。
残ったプッチンするプリンを「ほい」俺に渡すと、さっさと蓋を剥いて、袋の底に入っていたプラのスプーンも取り出し臨戦態勢に。
「んあ。煙草どうしよ」
「置いときゃいいじゃないっすか」
「消えちゃうからなー。吸いながら食べよ」
「強欲」
芽依さんは火のついた煙草を器用に右手の薬指と中指で挟みながら、同じ手の親指と人差し指でスプーンを摘むという曲芸染みた構えを取る。
「いただきまぁす」
チビっとすくった一口を食べると、芽依さんの顔がほわっと緩む。手元から立ち上る煙を除けば、少女のそれだ。
「うまい!」
女の子らしい表情とは似合わない男らしい感想を述べ、同じペースでちびっとずつ食べ進めていく芽依さん。
プリンの気分じゃなかったけど、美味しそうに食べる姿を見ていると影響されるな。
俺も蓋を剥がし、プリンを食べ始める。うまい。冷たいのはいただけないけど、労働後の体に糖分が染みる。
「プッチンしないの?」
「しませんよ」
「でもプッチンするやつってプッチンしないと負けた気がしない?」
「分かるけどプッチンする場所がないでしょ」
「んー。手のひらとか」
「正気か?」
どこの世界にいったらそんな食い方する奴がいるんだよ。
「私の手使う? 受け止めてあげるよ」
「…………」
「一応言うけど冗談だからね」
「……分かってますよ」
「その割にはなんか残念そうだけど?」
「……」
絵面を想像して「正直少しありかも」と思ったなんて口が裂けても言えない。
「あっはは。ちょっとありかもなんてやっぱりヨシくんはマニアックだぁね」
「……口に出てました?」
「顔に書いてあったよ」
「そんなバカな……」
「まーもししたくなったらプッチンしたくなったらお店来なよ。お金払ったらしてあげる」
「そんなメニューあるんですか!?」
「あるわけないじゃん」
「弄ばれた……」
「あはっ。やっぱヨシくんおもしろい」
俺がまるで変態みたいな流れになってしまったけど、芽依さんは楽しそうだからいいや。
一通り俺いじりを楽しみ、芽依さんはプリン掘削作業を再開する。
プリンを掬い、食べる。掬い、食べる。そして煙草を吸う……
「普通食いながらヤニ吸います?」
「えー。お行儀悪いかな?」
「別にいいですけど味ぼやけませんか」
「火ぃつけちゃったから仕方ないもーん」
「そりゃそうですけどね」
「それに休憩時間も無限じゃないかんねぇ。お行儀よくしてたら全ては手に入らないのさ」
「確かに。まぁ俺は食ってから吸いますけど」
「ずるいー私ももう帰りたぁい」
甘い物を食べてる最中だというのに渋い顔になる芽依さん。
「そういやなんでプリンなんですか?」
「悲しい事件が起きたんだよ……」
「ほう?」
楽しげな方に話をずらそうとしたのに、渋い顔から憂いを帯びた表情に。
「うちの店長がね、店の子たちにお土産のプリンを買ってきてくれてたのさ」
「あー……もしや……」
「私、楽しみにしてたのに……休憩入る頃には全部なくなってたんだぁよ……」
「おいたわしや……」
「滅多に買えない高い奴だって聞いてたから期待がすごかったのに……」
あると思ってた物がない。楽しみにしていたことが消滅する。単純だが心にズンと来るタイプのバッドな出来事だ。
「そんで、行き場をなくしたプリン欲を発散するためにヨシくんに連絡したの」
「納得ですわ……そりゃ誰でも食わずにはいられませんよ」
「もし今食べれなかったらプリン欲が体内に溜まりすぎて死んでたかも……」
「そんなに?」
「うそ。そんなにではない」
「なんだよ」
「でも食べたかったのはほんと。今日ほどヨシくんがいてよかったと思った日はないよ」
「プリンがマックスなの悲しいな」
「うそうそ。最大は他にあるよ」
「じゃあいつですか?」
「んー。教えない」
「まぁ……プリンじゃないならいいや」
芽依さんにとって『俺がいてよかった日』なんて、正直かなり気になる。
だがそれも今は聞くべきじゃないことのような気がして、俺は引き下がった。
「甘いの食べるとさ、元気出るよね。働きたくないけどいくらでも働けそうな気分」
「くっくっ……心とは裏腹に体は正直ですね」
「ヨシくんのえっち。顔がいやらしーよ」
「いやいや他意はないですよ」
「ほんとにー?」
「嘘です」
「あははっ。やっぱりえっちじゃん」
「ごめんなさい」
「セクハラすんのは私だけにしときなよー」
「そうします……っていいのかよ」
「ん。たまにならね」
いいと言われると逆に怖い。なんとなく話を変えたくての発言だったけど、しばらくはやめておこう。
「ふぅ」
ともあれ。プリンを食べ終えた俺は、空容器をレジ袋に放り込む。そして煙草を咥えて火をつけた。
甘い物を食べた後の口で吸う煙草も、また良いものだ。
「ヨシくん食べんの早いね」
「さっさとヤニ吸いたかったんで」
「煙草に取り憑かれてんね」
「芽依さんもでしょ」
「だね。そーじゃないとプリンのお供に吸わないよ」
そうこう話しているうちに芽依さんはプリンを食べ終えていた。
「ヨシくんごちそーさま。プリンありがとね」
「どういたしまして」
「お代は——」
「いらないっすよこれくらい」
「じゃ、お言葉に甘えちゃおっかな」
「むしろ高いやつじゃなくてすみません」
本来であれば芽依さんが食べるはずだったのはお高くていいプリン。
俺が買ってきたのはコンビニの100円そこいらのやつだし、満足感には天と地ほどの差があるだろう。
「値段じゃないよ。ヨシくんと話しながら食べたって付加価値があるもの」
「……それはよかった」
この人は本当、ときたまドキッとすることを言うから困る。
「じゃ、そろそろ行くよ。ほんとはもう一本吸いたかったけど……」
内心ドギマギしている俺をよそに、芽依さんは名残惜しそうな顔で立ち上がった。
「ゴミ捨てといてもらってもよい?」
「お任せあれ」
「あんがと。お礼に私の使ったスプーンお持ち帰りして舐めたりしてもいいよ」
「しないわ! なんだと思ってるんだ俺を!」
「あははっ。じゃーねヨシくん」
笑いながら走り去る芽依さんをいつものように見送った。
「まったく……」
火をつけたばかりの煙草を強く吸い込み、肺いっぱいに煙を入れる。
そうして吐き出した紫煙を眺めながら思うのはさっきの芽依さんの言葉。
「クソ……この前後輩さんに会ってから変に意識しちゃってんな」
俺と一緒に食べたことに価値がある、か。プリンを食うより甘ったるい言葉、受け取り方は色々あるけれど……
「ま、なんでもいいか」
難しいことは全て煙と一緒に吐き出して、考えなことにした。現状維持、俺は芽依さんと煙草いを吸えればそれでいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます