Prince→ss

@kuro_ohmy

プロローグ

走る、走る、ただ地を蹴り、全神経を研ぎ澄まし、ただ、無我夢中で駆け続ける。


背後から迫る複数の気配から逃れる為、息が乱れようとも、血を吐こうとも、今は脚を止める訳にはいかない。


奴らに捕まれば無事では済まない、それは明白、故に全速力で街灯の薄明かりのなかを駆け抜け続けた。


どうして、こんなことになってしまったのだろう。


どうして、僕、がこんな目にあわなくてはいけないのだろう。


いったい、僕が何をしたというのだろう…。


自身の問いかけに応える声もなく、疑問が浮かび上がっては重りのように蓄積されてゆき、脚の動きを阻害してくる。



「っ!!?しまっ!!うわっ!!」



側溝の僅かな段差、その窪みに足並みが乱れ、そのまま転がるようにコンクリートの上の倒れ込んだ。



「よっしゃあ!!追いかけっこもここまでだぜ!お嬢ちゃん!!」

「かかか、可哀想だけど、これもお仕事なんだな。」

「恨むんならてめぇの腐れオヤジを恨むんだな!」


「くっ…!!ちくしょお!!離せっ!!離せよこらぁ!!」



三人の男どもに組み敷かれ、身動きがとれない。もはやこれまでなのか…、僕の日常は、あの平凡な日々は、今日で終わってしまうのか…。



「借りた金も返さねぇ、そのうえ、返せねぇとなりゃてめぇの娘まで差し出すたぁ…嬢ちゃん、あんたのオヤジもとんだ鬼畜野郎だなぁ、同情はするがよぉ、こっちも仕事なんだ。悪く思うなよ。」



親父…そう、数年前に僕を放って家を出たっきり、知らない間に多額の借金を負い、僕は自分も知らない間に親父の借金の担保代わりにされていた。


その話を聞かされ、書類を目の前にした時の感情は「信じられない」の一言であった。


何かの間違いだと言っても聞き入れて貰えず、有無を言わさずに僕を車の中に押し込もうとした男たちを振り切って逃亡、だが決死の抵抗も虚しく捕縛され、今に至る。


そしてこの男たちはひとつ、大きな勘違いをしている。


僕は…【お嬢ちゃん】などではない。



「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんって!!ふざけるなっ!!僕は、男だぁっ!!」



僕の名前は北宮 伊織(きたみや いおり)、正真正銘の男子だ。



「へっ?」

「何言ってんだこのアマ」

「どっからどう見ても、女の子なんだなぁ。」



ちっくしょうっ!!絶対信じて貰えねぇと思ってたけどなぁ!!っていうか普通は担保にされてる親族の性別くらいは把握してるもんじゃねぇのか、こういう奴らは!!



「おいおい風俗が嫌だからってそんなデタラメが通用するとでも…」


「本当だって!なんなら触って確かめて見やがれってんだ!!男同士だし恥ずかしくもねぇからよ!!オラァ!!触れよ!!オラァン!!」



ガバッと両手を上にあげ来るなら来いと言わんばかりの無抵抗さを見せる。



「いや、触れって、おまえ、そんな、」

「どどどどうするんだなっ、兄貴がいかないならオイラが…」

「あ!!デブてめぇ!!なに抜けがけしようとしてんだ!アニィ!!俺がいっちょ揉んでやりますぜ!!胸だけに!!」



こいつら…完全に僕を女の子だと信じて疑ってねぇな…おい、赤面してんじゃねぇよ、キョドってんじゃねぇよ、そしててめぇは鼻息が荒ぇんだよ。キモイぞ。



「…いや、なんかキモイからあんた以外で頼むわ。」

「なぁんだよそりゃぁ!!ふっざけんなよおい!!寸前でお預けとかどんなプレイだオラァ!!触らせろや!!えぇやんけ!ちょ、ちょっとだけやさかい!!さきっちょだけ、さきっちょだけやから!!な、なっ!!?」



血走ってる!!眼が血走ってるから!!こえぇよ!!絶対さきっちょじゃ終わんねぇよこいつ!!



「----お待ちなさい」



僕の胸板に男の両手がワシワシと蠢きながら迫る、だがその刹那、静かながらも凛とした声が響き、男の動きが止まる。


その場にいた。すべての者達の目が、視線が、その声に導かれるように一点に定まる。


月光に反射する蒼い双眸、風に靡く金糸のような長髪、そして…。



「嘘…だろ…。」

「あら…。」



そこには、今日まで毎日のように顔を合わせてきた、見覚えのありすぎる顔、鏡写し、とは正にこのことだろうか。



「…僕、なんで…。」

「あらあら、これは、ふふっ、なるほど、これぞ導きというやつね。」



思えば、親父の借金も、担保代わりにされたのも、必死でここまで駆けてきたということさえも…



「ねぇ、私のそっくりさん、あなた…私として生きてみる気はないかしら?」

「…へ?それってどういう…?」



すべては『彼女』に出会うために、何者かの導きによる、偶然という名の必然であったのかもしれない。





「…デカい、何もかもが…これがセレブって奴なのか…。」

「あら、このくらいは普通だと思うけれど?」



あれから色々あり借金取りの魔の手から救い出された僕は、命の恩人と言って差し支えない彼女、鷹ノ宮 鈴華(たかのみや りんか)に連れられ、彼女の実家に保護されることとなった。


彼女、鈴華は僕と同い年の女の子で、市内の高級住宅街、通称【丘】に豪邸を構える鷹ノ宮家の令嬢。


鷹ノ宮は所謂成金というもので彼女の父親である鷹ノ宮 誠二(たかのみや せいじ)の手によって一代で巨万の富を築き上げた。


金に愛されし寵児、経済界の麒麟児、と持て囃されメディアに引っ張りだこの有名人を父に持ち、故に、一般庶民の僕からすれば…この豪邸も光り輝く家具も、キングサイズのベッドも、映画館のスクリーンのようなテレビも…挙げたらキリがないが、そのすべてが規格外そのものだ。



(そりゃ、指を鳴らしただけで札束の入ったジェラルミンケースが出てくるわけだよ…)



彼女に食ってかかった借金取りを黙らせたのは瞬時に現れた黒服たちと、彼女が彼らに示して見せた【金の力】であった。


親父の借金額+誠意、というとんでもない額を指鳴らしひとつで用意させ、無言の圧力によって彼らを退散させた。


書類かなにかの手続きは良いのか、と聞けば一言。



「あとは大人がいいようにやってくれるでしょう。」



彼女の後ろに控えていた黒服のひとりが手に持つスマホで何処かに連絡を取っていたが、おそらく『いいように』取り計らってくれていたのだろう。



「それで本題だけれど、伊織、貴方には明日から私の代わりとしてココへ通って頂きます。」

「有無を言わさずって感じなのな、まぁ僕は君に買われたわけだから良いけどさ…って、ちょいまち。」


「あら、何かしら?まさか今更無しなどとは言わないでしょうね。」

「いや待てよ、無しっつーか不可能だよコレは。」



彼女がスッと僕に差し出したのは一枚の書類、そこにはこう記されていた。


ーーーーーー聖ユリアンネ女学院



「僕は男ですが…?」

「えぇ知っているけれど?」


「女学院って書いてあるけど?」

「そうね、書いてあるわね。」


「…僕は男ですけれども…?」

「だから知っていると言っているじゃないの。」



…何言ってんだこいつって表情で僕を見る鈴華、いやそれを言いたいのはこっちだよ!!



「女学院に男が通えるわけないでしょ!!?」

「あら、貴方なら大丈夫よ。私に瓜二つだもの。」



いやそりゃ見た目は似てるよ、認めたくないけど、目の前にいる鈴華は髪型や髪の色、瞳の色が違うだけで僕とは鏡写しだ。


幼少の頃から女の子に間違われ、男扱いされずに歯がゆい思いを抱きながら生きてきた。


この女顔は僕にとってはコンプレックスそのものだ、だが目の前にいるまるで生き写しのようにそっくりな彼女は、彼女の纏う雰囲気や気品も相まって【美術品】のように美しく感じる。


僕が、彼女の代わりに、この学院へと通う。


決して不可能では無いのかもしれない、だがそれを持続出来るかとなれば話は別だ。


僕は生まれも育ちも一般庶民で、彼女は違う。


絶対にボロが出る。



「見た目だけの問題じゃないって!!」

「所作なら問題はないと思うわよ、私だって学院では普通に過ごしていただけだもの。そもそも印象にすら残っていたかも怪しいわ」


「いやだからそう言うのは簡単だけど…ん?」

「何か?」


「だけ、とか印象に残っていたか怪しいってのはどういうことだ?」

「…学院には入学して数日過ごして以降、暫く行っていないのよ。所謂不登校生徒というやつね。」


「なんで不登校になったんだよ。」

「別に、よくある話よ。単に馴染めなかっただけ、父さんに言われるがまま進学したのは良いものの、独特の雰囲気や間合いに嫌気がさしたの。」



あぁ、なんとなく分かるかもしれない。こういう金持ち学校ってエスカレーター式の人が多いから雰囲気とかも完成されちゃってる感じするもんな。みんながみんな、そこに馴染めるってわけでもないだろうし…。



「で?なんで僕みたいな男を身代わりに仕立ててまで学院に留まろうとするんだよ、君のような金持ちのご令嬢なら学歴なんて関係ないように思えるけど?」

「うちは代々の資産家では無いの、それ故に余計なやっかみも多いのよ。」



メンツってやつですか…。



「勿論、何も卒業まで通い続けろとは言わないわ、そうね、二学期末までにしましょう。それまでには私もメンタルを整えておくわ。」

「結構期間長いのな…。」


「あら不満かしら、ならこの話は無しで良いわよ、でも困ったわね。貴方を買うのに使った資金、父さんから私の起業のために頂いたお金だったのよ…。ぜぇんぶ無駄になってしまうわねぇ…。」

「ぐっ…くっ…。」


「まぁ大した額では無いけれど、それでも無駄金のままで終わらせるのも癪だわ、伊織、貴方、返すあてはあるかしら?返せるものなら返して欲しいのだけれど?」

「あ゛りません…!!」


そうよねぇ。っと頬杖を付き、試すような視線を僕に向ける鈴華、確信したよ、この女は借金取りの奴らよりもタチが悪いってことを!!



「…います…。」

「あら、よく聞こえなかったわ、もう一度お願い出来るかしら?」



ギリィ、と歯が軋む。この女、いつか覚えておけよ、という感情を押し殺しながら言葉をつむぎ出した。



「通わさせて頂きますぅ!!あなたの代わりとしてぇ!!」

「あらぁ嬉しいわぁ。では早速準備に取り掛かりましょうか、何しろ明日からお願いするわけだものね。」



親父に担保として扱われ、救われたはずが、僕は明日から女の子として数ヶ月間生きる事となりました。


とんでもない地獄に突き落とされた気分です。


僕は明日から一体どうなってしまうのだろうか、と、ウキウキしながら僕の身体を黒服さんに採寸させる彼女を見ながら、ふと思うのでした。








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